IV.現存する魔法の名前は知らなくても知っているようだ

 イリと逢兎は森の中を彷徨っていた。


「森の出口ってこっちでいいのかな?」

「こちら側にはまだ来たことないので、もしかするかもしれませんね」


 イリと逢兎はどんどん森の中を進んで行く。


「あれってゴブさん? 倒した方が良いのかな?」

「えぇぇ、戦うんですか? 僕嫌だよ。弱いし、貧弱だし、死にたくないし」

「大丈夫だって。今のイリなら勝てるよ」


 そう言いながら逢兎はイリを鑑定する。



イリ・レノージュ  獣人  許奴隷ツキシタガウモノ


称号:武術の使い手ファイター


スキル:危機察知A 獣話ビーストトーク 鑑定C


魔法:土魔法B 風魔法B


耐性:屈辱耐性A 恐怖耐性D




(名無し)  魔物 ゴブリン  無職


称号:


スキル:殴打Lv3 打撃Lv4 獣話ビーストトーク


魔法:


耐性:恐怖耐性?



 イリのステータスは上がっている。ゴブリンのステータスも弱い。普通に戦えばイリでも勝てるような相手だ。

 しかし、イリは全く戦おうとしない。


「そっか。でも、あそこにいたら邪魔だしな。先進めないし」

「だったらこっちからでも……」

「ちょっと待ってて。俺が倒してみるから」


 そう言って逢兎は杖を構えた。イリは逢兎の後ろに隠れている。


「燃やすとものすごく臭いから燃やしたくないんだよな。うん。この前ので懲りた。流石の鳥以上の鳥頭でも覚えてる。燃やしちゃだめだから、串刺し? 串刺しにするなら硬くて尖ったものだよね? うん。アニメでよく見る鋭利な氷の魔法の氷を石にしたらいいのかな? 多分石の方が固いよね? うん。石にしよう。貫け!『鍾乳石噴射トップストーガン』? なんか、魔法使おうとしたら勝手に名前が分かるのなんなの? 俺が想像する魔法って、実在するものを探してるの? オリジナル技とか使ってみたいよ? 厨二病治らないんだよ? いや、治せても治さないよ? この世界は厨二の知識の世界なんだから!」


 ゴブリンの頭に逢兎の魔法で飛ばされた石が貫通している。なのにも関わらず、逢兎は独り言をブツブツと言い続けている。

 イリは何も言わずにジト目で見つめている。


「ちょっと!何その目。これがリアルジト目なの? この前読んでたラノベで出てきてたけど、そんなにいいモノじゃないじゃん! 俺騙されたの? それともみんな騙されたの? なんでまだその目なの? 使役するとジトられてるって本当なの? 本当かどうかはともかく、ジトってるよね? これがジトじゃなかったら何がジトなのってくらいジトってるよね?」


 イリは何も言うことなくゴブリンの死体とは逆方向に歩きだした。


「ちょっと、無視? 俺一応使役者だよ?」


 そう言いながら逢兎はイリに着いて行く。


「あのさ、ジトジトしたまま行くの? 町に出ちゃったら困るよ。みんなに声かけられて、心配されちゃうよ。そしたら俺が疑われるって。だからその顔辞めて。てか命令したらやめる? 命令したくないんだよ? 俺ロリコンじゃないけど、ロリ好きだから嫌だよ」


 イリの足が止まった。イリは顔を伏せている。真っ赤に赤面した顔を見られたくないのだろう。


「どうしたの? イリが一緒じゃないと俺、また迷子になるよ?」

「アイト兄ちゃんのバカ! 変なこと言わないでよ!」


 そう言いながらイリはダッシュでどこかに走り去った。


「ちょっ……」


 逢兎はイリを追いかけようとするも見失ってしまった。


「どこいったんだよ。目印とかないの?」


 逢兎がそう言うと、逢兎の視界に光の目印のようなものが見えた。


「なにこれ。こっちにイリがいるのかな? てか、イリってこっちに走り出したのか?」


 逢兎は一度も向きを変えていないのにそんなことを呟いている。

 逢兎は目印に向かって歩いていく。


「あ、居た。これ、本当に目印だったんだ」

「アイト兄ちゃん? なんでここに? いつも右も左も来た道もわかってないのに」

「たぶんそれだよ」


 逢兎はイリの手を指さしながら言った。


「たぶんその魔法陣には俺に居場所を伝える機能があるんだよ? 多分の憶測だけど、きっと間違いないよ」


 分からないといったような顔を作りながらどや顔で逢兎は言った。

 イリはきょとんとした表情で聞いている。


「じゃあアイト兄ちゃんが迷子になることはないんだね」

「俺は迷子にならないよ? 同じ道をぐるぐる回ってるだけで、迷ってないよ。ただ、ずっと同じ道を進んでるだけなんだよ」

「それを迷ってる、っていうの! 後ろに進めないのに、何で前に進んだら同じところに戻れるんですか⁉」


 イリは顔を真っ赤にして怒っている。逢兎は何も分かっていないような表情をしている。実際何も分かっていないのだ。


「いや、今迷子になってたのはイリじゃん。俺怒られるようなことしてないと思うよ?」


 逢兎は言い訳するように言った。


「僕は迷子になんかなりません! 僕は自分が通った道はわかります! 一緒にしないでください」


 イリは頬を膨らませて怒った。


 逢兎とイリはゴブリンを倒しつつ、夜を迎えた。逢兎は寝落ちするまで見張りをしていた。結局一体も寄って来る者はいなかった。

 翌朝、イリは汲んでいた水で顔を洗い、茸を食べていた。否、茸以外に食べるものがなかった。


「あ、あれ筍かな? でもぱっと見で分かる大きさって固いんだっけ? いや、毒茸みたいな茸も食べれるんだし、多分大丈夫だよね」


 そう言って逢兎は見つけた茸の方に走り出した。イリはテントと寝袋を畳んでいた。


「『最果ての筍(食用) 珍味化』って、調理用⁉ まさかの料理しないといけないの? 俺、玉ねぎのみじん切りするのに10分以上掛かるんだよ? 料理とかほとんどせずにせずに今まで生きてきたんだよ。誰か作ってくれるの?」


 ブツブツ言っているが、逢兎は見つかる限りの筍を片っ端から集めていた。視界に入る筍全てを刈り尽くした。ついでに見つけた茸も全部回収していた。『最果ての茸』と『最果ての筍』以外は特に食べられそうなものはない。試しに、近くの木を鑑定した逢兎は絶望していた。


「ちょ、なんなの? 『最果ての樹(使用不能) 異常加工化・悪実あくじき成熟』って何? 悪実あくじきって変な木の実だよね? 誰得なの? 最果てまで来てこの仕打ちは嫌だよ。てか、今更だけど、此処って最果てなの⁈ 最果てスタートなの? 俺はどこを目指せばいいの?」


 木を鑑定したはずなのに余計なところ愚痴っている。愚痴り終わると逢兎はイリを探した。探したと言っても、目印のある方まで歩いて行っただけだ。何故か使えない『最果ての樹』を伐採しながら。


「ウロチョロしないでよ。分かるって言っても、ボンヤリとしか分からないんだよ? 分からな過ぎて、伐採しちゃったよ。いいのかな? この世界も温暖化とか言われてないよね? 言われてるなら俺殺されちゃう? 俺死んじゃうの? まだ十六だよ。死ぬには早すぎるって。やっぱり異世界は理不尽な死に方するんだ。召喚された奴が元の世界に戻ったなんて聞いたことないよ! いや、俺が最後まで、ラノベの展開を知らないだけかもしれないけど。俺の聞いたことある限りでは、一つとしてなかったよ!」


 逢兎は何故か愚痴りながら言い訳している。イリは何も聞かないことにしたようだ。


「そうですか。馬鹿馬鹿しい顔で、馬鹿馬鹿しいだけの茸と筍集めてたので、先に進んでいただけですよ。待っとけなんて一言も言われてませんので、何も問題ないと思ったんですけどね。何かありましたか?」

「いや、確かにその理論だと問題ないかもだけど、俺が虐められてるんだよ。どこにいるのかも大体しか分からないのに、適当に突っ走られても困るの! 一緒に行動しよ?」


 逢兎はイリを追いかけながらブツブツと言っている。イリの歩く速度が少し上がった。

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