第18話 立花綾瀬は敵である2

 敵味方の区別すら付かない大人がどこにいる。

 だが話が違う、用があると聞いたのだが。とりあえずと、危険な物体と対話を続ける。


「何を読んでいる」

「歴史小説だけど」

「歴史に塗れているのか」

「そう、なのかな」

「結構。用がないならこのまま去る。福原の勘違いだろう」

「風香……あ、ごめん分かった。思い出した」


 思い出すなよ未確認危険生命体め。俺がハリウッドアクション俳優なら、よく分からない原理を用いた兵器で粉々にしているぞ。

 我々は敵対しているのだ。

 そう、男塗れを読まされたあの日から。

 いや、あれは異性だった。そう、そうして乗り切った。

 トラウマが胸に刺さる。


「用とはなんだ」

「ええっと、大したことじゃないんだ」

「そちらにそうでもこちらにそうとは限らない」

「どうして、そんな棒読みなの……」


 お前が敵だからだ。愛らしいとは言わないが、そのルックスに見合わぬ凶悪性、まさかこいつも自覚がない。どいつもこいつも、なぜ自覚出来んのだ。

 新型コロナは人間の認知能力すら奪ってしまったのか。


「なんかずっと、避けられてるような気がする……」


 立花は零れるよう言葉にした。本来控えめな彼女が落ち込むと消失してしまいそうだ。

 が、油断はしない。


「そんなわけなかろう」

「その話し方いつからだっけ。私、きっかけ知らなくて」

「生まれた頃からこうだ」

「そうなんだ」


 納得されたよ。やはり敵だ。カナタや福原なら否定している。


「もし避けられていると思うなら、何か心辺りなどあるのか」

「うーん……さあ?」


 まさしく「さあ」と、彼女はまた首を傾げる。とりあえず「さあ」と言う彼女に付いたあだ名が「サア子」である。綾瀬は苗字のようだ、という理由もある。その点は俺も同意するが、さすがにサア子とは呼べない。

 去れこら、なら言いたいが。


「えっとね、もし何か私が悪いことしたのなら、教えて欲しいって話なの」


 そう言って彼女は「ちゃんと顔見て話したかった」と続けた。

 部室には立花一人、文芸部の現状を表している。

 校舎の外から声が聴こえる。体育系運動部の彼らも、ようやく声を出せるようになった。

 圧迫されるよう閉じ込められていた時間が、やっと動き始めたのだ。

 静けさの中、我が文芸部は寂しげである。

 静寂が全てを飲み込み、孤独だけが居座っていた。


 これは良くない。

 致し方なく部室へと入る。

 使い古された椅子に腰掛け、長机を挟み立花綾瀬と向き合う。

 確かに久しぶりかもしれない。

 顔を見てゆっくりと口を開いた。


「コロナ禍で、こうして話すのも久しぶりだ」

「うん、この距離にまずならないよね」

「喫茶店なら、パーテーションがある距離だ」

「うん。あれ音遮るから、話しづらい」

「そうだな。で、何かあるなら言えと、そんな感じか」

「なんかごめん。もう一つあるけど、たぶん風香が言ったのはそれだと思う……」


 もう一つ。目の前の立花は、なんだか挙動不審になっている。手の動きがおろおろとして、目も逸らした。


「ん? 先にそっちをすませよう」

「う……えっと……」


 言葉に詰まる姿は、占い師カナタとは別物だ。カナタの方が年下だが、不思議と立花がより幼く見える。いや、おとなしさが際立つというところか。


「正直時間が惜しい」


 昨日もんなこと言ってたな。と思いつつ、続ける。


「用は二つ。一つは分かった。もう一つ、どうぞ」

「なんか、事務的だね……」


 当然、これは外交だ。いかに敵対してようと、外交の窓口を閉じてはならない。対話の機会を失えば、終わるものも終わらない。

 少なくとも卒業までは同級生。同学年の女子を明確に傷つければ、福原が黙っていない。

 恐らく、俺に向かいゾンビの群れを解き放つ。

 考えるだに恐ろしい。

 男同士のあれやこれが現実になりかねない。


 何より、少なくとも彼女は解決を欲している。

 本人に確認するという安直さは否めないが、姿勢としては正当である。

 待ちの姿勢、それでも圧はかけている。時間がないと示す為。

 すると、


「顔を、見てないねって話してたんだ……」


 立花は呟き視線を合わせてきた。


「俺の? 福原の?」

「柿谷君の」


 ……そうか、何事かと思った。

 手早くマスクを外し背もたれに体重をかける。それからおもむろに、


「体調に問題とかないか」

「うん、今は大丈夫。柿谷君は?」

「さあ、特に問題ないが、用心はするべきだろうな」

「そうだね。換気はするようにしてる」

「埃っぽいのは良くないからなあ」

「うん」


 他愛のない近況報告。そんなことすら直接する機会が減った。部活動での繋がりしかなければ、顔はおろか話もしない。立花と福原が話していたことはよく理解出来る。

 そもそもこの部は読むことが前提だ。

 白熱の議論は先輩の卒業と同時に去ってしまった。

 いつかまたあれが見られればと思うが、さてどうなるか。

 全てが遠い、過去の出来事のようである。

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