第17話 立花綾瀬は敵である

 カナタには、仕事の日は毎日連絡しろと確かに言った。

 加え、今日会うことも想定済みだ。

 しかしまさか、昼時に来るとは思わなかった。

 呪い、そして異世界送り。

 占い師という職も含め、危なかっしいではすまない。

 いかなる経緯か確認するに、今から仕事とはこれいかに。

 全く授業に集中出来ず、漢字どころの話ではなかった。

 七限という理不尽な縛りプレイがないだけ、今日はマシと考えるほかない。


 六限が終わったのが十五時過ぎ。終礼は儀式的で、入学以来コロナの話題が大半を占める。担当も内心うんざりしているだろうが、学級閉鎖からの休校コンボは実に痛い。

 オンライン授業からの七限連鎖となれば、部活動にも差し障る。

 今世の中は、全てが新型コロナを中心に回っている。

 令和の奇妙な冒険はいつまで続くのだろう。

 世間は閉塞感に包まれ、嫌なストレスが積み重なる。

 結果ネットやSNSではオラつく奴が増え、現実でオラオラする輩まで出る始末。まあこの辺は、いつの世でも一定数存在するのだが。


 学内の誘虫灯ゆうちゅうとうと化した福原に捕まらぬよう、終わると同時そそくさと教室を出る。

 いざシャッター街、占い殿の元、坂東武者の如く馳せ参ず。

 といかないのは、立花綾瀬たちばなあやせから呼び出しを食らったからだ。

 あれは危険人物。取り扱い注意と俺の辞書には載っている。

 事実上幽霊部員の俺に、一体なんの用かは分からないが。


 文芸部の部室は第二校舎の隅にある。真新しい西校舎、向き合う場所に漫画研究会が存在し、アクセスもそちらが近い。文芸と漫画の社会的実情を突き付ける、学校側の姿勢は実に教育的だ。格差社会は伊達じゃない。


 部室を前に気持ちを整え、呪文のように唱える。


「数の力には屈さない……理不尽な要求は断固拒否」


 コロナ禍の事件、二の舞は避けねばならん。

 ほんの少しだけ部室の扉を引いてみる。

 中を覗くと、立花綾瀬は既に来ていた。

 小柄な身体に邪悪さを宿すその姿、間違いなく彼女だ。眼鏡姿に黒い髪、おかっぱボブはいつもの如し。大人しげだが、いざとなれば押しは強い。


 なんと素早い移動だ。先回りされているとは。ぐぬ、来たけどいなかった、とこれでは言えぬ。一体今日は何を読んでいる。手元を見たいが、彼女の視線は斜め下。あの姿勢は実に良くない。スマホ首、ストレートネックを引き起こす。

 まだ学生と侮るなかれ。

 ミステリの如く理不尽に襲い掛かる。

 立て板に水のよう、理屈を並べる先輩から忠告を受けた。文芸部のラスボス的彼女がいない今、俺が注意するべきか。

 いやしかし、


「気になるが、罠かもしれない……」


 呟くと、


「柿谷君?」


 立花に気付かれた。迂闊、が好機。

 また少し扉を開き、頭と顔だけ覗かせる。


「何を読んでいる。いや、今日も一日お疲れ様。君は正しい学生だ」


 仮想敵ではあるが、出会って五秒で即開戦、などと愚かな真似はしない。対話から距離を測り、関わらぬがこれ君子の行い。危うきに近づくは、これ学内生活の為。

 だがしかし、薄きを見て読まざるは興味無きなり。これだけは譲れない。あの敗北から学び、俺はまた一つ成長した。

 立花は首を傾げつつ、


「ありがとう。お互いお疲れ様。どうかしたの?」


 疑問符を浮かべているが、警戒はおこたらない。


「用があると、歩く大名行列、福原から聞いている」

「大名……ああ、最近凄いよね。あれ、なんなんだろう」

「うん、で用とはなんだ」

「さあ……なんだっけ」


 うん? こちらにも疑問符が浮かんだぞ。立花も同様らしい。


「えっと……風香が言ったんだよね」

「左様」

「じゃあ、とりあえず入ればいいんじゃないかな」

「断る」

「なんで……」


 立花の戸惑いは儚さすら漂わせている。しかし騙されてはいけない、彼女は敵だ。

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