第16話 コロナ禍の事件

「いつまでこのマスク着けないといけないの」

「む……流行りが去った頃」

「さすが大人。当たり障りのない」


 皮肉られたが彼女の不満はよく分かる。

 中三、高一と二年も過ぎた。三年目に入っても終わりは見えない。海外辺りはウィズコロナと切り替えているらしいが、ここは日の本。世界的に見れば異世界と変わりない。


「容姿を隠すのは納得いかんか、自慢の」

「何その倒置法。嫌み?」


 嫌みと捉える辺りが福原の特徴だろうか。先程来、こちらの様子を窺っている生徒が見受けられる。その数多く、廊下も含めれば一クラスを越えている。

 昼飯時は接触の機会。なのに、目の前には俺がいる。空気を読み音速で席を離れるべきかもしれない。


「昨日も言われた。今のはわざとだが」

「わざとなの? じゃあやっぱり嫌みじゃない」


 顔をしかめているが周りに気付いて欲しい。君目当てで老若男女が勢揃い。教員までこちらを見ている。人気者の自覚がないのはどうしたものか。

 この勢いだとあらゆる生物が寄って来そうだ。犬猫にまで囲まれたらさすがに気付いてくれるだろうか。

 もう午後の授業が始まるので、痛い視線も耐えるしかなし。全く、いつもの女子達はどうしたのだ。


「そう、文芸部に寄ってってサア子が言ってた」

「だから早く戻って来たのか」


 ぞろぞろとゾンビを連れ歩く、映画の登場人物のように。


「てかさ、文芸部って何してるの?」

「文芸を極めている」

「そのきわめるはどっち?」

「究極の方だ」

「それ両方。大人なのに漢字ゼロ点」


 自覚ゼロ点の君に言われたくない。漢字とて意味は違うが一応両対応。細かすぎる。


「てかなんか人多いわね……うちのクラスこんなにいたっけ?」


 気付くのが遅い。もう手遅れだし授業が始まる。


「ほんと、サア子もあんたも何がしたいの。授業で文字読んだ後にまだ文字読むの」

「俺は形だけの在籍だ。というか、福原はスマホ見るだろう。あれも文字だ」

「私は動画派」

「そうなのか。ならギガのお化けと呼ばせてもらうよ」

「なんでお化けなのよ。ちゃんと伝えたからね。授業始まる。漢字、分からなかったらメッセージ送って。ギガ使わずに教えてあげるから」

「かたじけない。大容量の猫動画を送らせていただくよ」

「何がしたいの?」

「犬派への転向を促している」

「いや、私どっちも好きだし……」


 ま、猫ならいいか、と彼女は呟いているが本気なのか。そんな動画持ってない。

 クラスメートの中に、嫌がらせ用の猫動画を持っている奴がいるか確認しないと。持ってたら危険人物だ。


「そういや、サア子はなんであんたに用なんだろ?」

「知らんよ。お薦めの一作でもあるのかもしれない」

「それメッセージでよくない?」

「連絡先を知らん」


 サア子こと立花綾瀬たちばなあやせは同じ二年生。実に読書家で、愛好家でもある。分厚い辞書のような作品から、ペーパーのような薄い本まで幅広く読む。

 その「分厚いのに薄い本」を強く薦められた時は、さすがに「戦争だ」と応戦したことがある。

 が、文芸部内で数に勝る女子軍の猛攻凄まじく、白旗を挙げたのは去年の話だ。今は卒業した先輩の存在が痛かった。そもそもの敗因は、なぜ俺は文芸部に籍を置いているのか、というものだが。


 あれ以来「次無理難題を押し付けたら国交断絶」と綾瀬にはきつく言ってある。

 ないとは思うが、嫌な予感がするな……。

 男性同士のあれやこれやを文字で読む辛さは拷問の一歩手前。途中から性別を頭の中で書き換え乗り切った。

 コロナ禍の事件、と俺は呼んでいる。

 流行り病が皆を狂わせたのだ。


 授業が始まると同時、スマホが震えた。

 カナタと名乗る占い師からだ。

 間の悪い。連絡しろとは言ったが、何用か。


[今から仕事だよ。君は授業中かな? 頑張れ学生!]


 あの小娘っ……!

 学生は学校に通うのが本分!

 占いも薄いくせに分厚い本も持って来るな!

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