第13話 一瞬だよ?

「やめるのだ、私の立つ瀬がない」

「私も立つ瀬がないよ」

「なんと」

「なんと」


 むぅ、大人をおちょくりおってからに。同じ言葉を重ねるな、情けなさが際立つ。


「どうしてもというのか」

「うん、なんかもうどうしてもだよ」


 ダメだ、凄く嬉しそうな顔をしている。大人を手玉に取れたことが楽しいのだ。しまった、この年頃とはそういうものだ。


「世が世なら腹かっさばいてしかるべきところだが……」

「うん、じゃあ次失敗したら、考えてみよう」

「うむ、失敗の一つや二つで挫けていては、前に進めぬな。配慮いただき感謝する」

「私も感謝しかなくなってきた。ほんとに、私今嬉しい」


 そりゃそっちは満足だろうよ。こっちはどうなるのだ。

 しかし彼女は満面の笑み。

 守りたいこの笑顔。


「帰ったらメッセージを送るのだ。道中電話をかけるといい」

「かけても一瞬だよ?」

「そんなに近いなら早く帰るのだ。見送ると言うておるのに」

「だから、それが……ほんと仕方ない人だなあ」


 呆れるのも仕方ない。しかしなんだ、これでは俺が指導されているようではないか。

 そうか、やはり俺はまだまだ大人になれていない。

 ただ、大人びたことをする、それだけの存在なのだ。

 なんてちっぽけであろうか。


 それに比べれば彼女は立派そのもの。素行はともかく、占いで食べていこうと行動に移している。

 お陰で異世界送りという現実離れした目にあった。

 ……うん、これ行動に移してはいけない奴だ。

 立派と思ったが全く話にならない。俺も彼女も、まだまだこれからだ。


「帰るのだ。話せば話すほど長くなる。反省会などいつでも出来る。時間は有限なれど、それぐらいの余暇は私にもある」

「そうだね、私もあるなあ」

「返事などよい。さあ行くのだ、背中を見守るぐらい悪くなかろう」

「私が見送りたいな」

「なんという死体蹴り、容赦の欠片もないな」

「そう? そうなんだ、ごめんね」


 やはり嬉しそうだ。くそう、いずれこの借りは返す。


「今日はほんとありがと。返事はいらぬ、私は帰るのだ。いや、帰るぞよ」


 おどけているが、言葉はもう必要ない。沈黙を返答とし、促す。

 ようやくのこと、彼女は背を向けて歩き出した。さて、その背中本当に見送るべきか。

 俯き迷っていると、スマホが鳴った。


[見てるぞー早く帰りたまえ]


 顔を上げると、マスクを外した彼女が手を振っていた。全く、どこまでもマイペースな。最初のキョドりはなんだったのだ。演じおって、これだから女というものは始末に終えぬ。

 見ていれば、いつまでも手を振っていそうな印象を受ける。仕方なし、きびすを返し俺も帰路に着く。

 さて、安全は確保されているのだろうか。不安で仕方ない。


 だが世の中には送り狼という言葉もある。


 マセた彼女が、それを言っていたことぐらい俺だって気付いていた。

 その警戒心は正しい。しかしこちらは大人びている。

 来年十八歳になる者と、およそ中学校を卒業せぬ者となら慮外してしかるべし。

 二十歳と三十路の関係とは天と地ほどの差があろう。年の差なんて話ではない、安全な環境を保つことこそ社会の大命題なのだ。

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