第11話 乙女心と初夏の夜2

「ではいくぞ」

「うん」


 二人、深夜の寂れたシャッター通りを歩む。

 静けさがやかましく、先ほどまでの会話の忙しなさを際立たせる。俺は今日、いい出会いをしたのかもしれない。ふとそんな思いが頭をよぎる。


 角を曲がり、平凡な道をまっすぐ進む。

 彼女の家は近いらしい。本人が嫌だというのでご両親には会わないが、大人としての課題が残ったと思えばいい。一足飛びでなれるものでもない。


「なんか、今日は無茶しちゃったなあ」


 零れるよう、彼女は呟いた。


「初めてお客さんが来て、なんかイケメンで、あり得ない占い結果が出て、四分の一引いちゃって……」


 さぞ疲れたろう、明日学校を遅刻したとて誰が責められようか。責められるは俺と呪いだ。というか呪いってなんだ。どういう経緯かいずれ確かめねば。


「うん、やっぱりフェアじゃない」


 うむ、中学生に呪いなど不要である。もし犯人がいるとればいかがせん。成敗つかまつりたいが、ご法に触れる。むぅ、大人としてどうすればよい。


「私は仕事だけど顔も見たし、連絡先も本名だって知ってる」

「知ってるというか教えたし見せただけだな」

「年下君かあ……」


 それ、絶対押し通す予定なのね。


「これからもその大人設定に付き合うと思うと、こちらも少々気が滅入る」

「いやそれこっちの台詞かも」

「どっちなのだ、かもなのかそうなのか」

「知らない」


 むぅ、さすが乙女心と初夏の夜。早速使う時が来るとは。


「好きにすればいい。私は大人だ、終始余裕しかない」

「そっか、じゃあやっぱりフェアじゃないから今日すませる」


 フェアネス精神を持つのは良いことだ。ノーサイドの精神も持てば更に良い。君はいずれ、大人の階段をトントン拍子で昇るだろう。


「よしっ」


 と言って、彼女は立ち止まった。


「む、近くに着いたかね。玄関まで見送るべきと、やはり思うのだが」


 街灯の下、彼女は一人佇んでいる。


「どうした、軽妙なトークなら明日でも出来る。時間を考えれば会話より帰宅と充分な睡眠だ」

「話すのはね、明日でもきっと出来る。信じてるし、感じてる」


 なんか占い師っぽいこと言い出した。

 街灯の灯りに包まれた彼女はどこか、魔法使いを思わせる。異世界になど行ったからだろうか。俺も疲れているらしい。


「はい。今日は送ってくれてありがとう」


 彼女そう言うとぺこり頭を下げ、それから耳に手をやりマスクを外してみせた。

 手を伸ばせば届く距離、真っ直ぐな目でこちらを見ている。

 しばらく、見つめ合う時間が続いた。

 時間が止まっているのだろうか。その光景は静止画のようで、暗闇の中鮮やかに彩られている。

 さすがに間が持たなかったらしい、彼女はわざとらしく咳をして、


「そっか、感想はなしと」


 ついとそっぽを向いてみせる。思わず、


「いや、美しい」

「へ?」

「見とれていた。見惚れたのかもしれない」

「え、あ、いや、それは期待以上……というか想定越えてる……」

「む、気に障ったか。確かに、年下に美しいは適切と思えない。待ってくれ、今適切な表現を用意する。しばし待て」

「いい、いい! ありがとうございますお世辞でも嬉しいよ!」


 ぶんぶんとかぶりを振っている。

 せっかく美しかったのに、おてんばな奴だ。

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