第10話 乙女心と初夏の夜

「連絡先で良いのだな」

「うん、ちょっと待って。スマホ同じかな」


 そんな気にすることだろうか、やはり子供らしい。スマホの違いなど、二者択一な現状だ。フルーツとロボの違いがなんなのか。

 とにかくと出して見せれば、


「あ一緒! じゃ、送って」


 笑顔になっている。ことのほか好評、同類を見つけた気分かもしれないが、やはり二択だ。


「うむ、繋げば良いのだな。いやちょっと待った」

「はい?」

「端末の名前、きちんと設定しているかね」

「ええっと、きちんとバレないようにしてあります」

「ならばよかろう」

「心配性ですね」

「当然、大人は慎重を期すから大人なのだ」


 はいはい、と彼女は苦笑するが、用心を説くのもまたこれ大人の役目なり。

 交換し終わると、なぜか彼女は目を見開いている。


「あの、これ、実名っぽい偽名ですよね」

「何、名を隠すほどの者でもない」

「それ普通逆じゃないですか」

「隠した大人な客を信用出来るのかね。まあ私が客になれるかは君次第なのだが」

「そ、そうですね。うん分かった。ありがとう!」


 常連客候補を捕まえて嬉しそうだ。本当に大丈夫なのだろうか。俺は心配しかないぞ。仕事も呪いも、とても真っ当とは言えない。


「仕事の日は毎日連絡するといい」

「毎日? ほんとに、いいの?」


 ちょっとタメ口になってきているが、気の緩みと見逃してやろう。もう仕事は終わった。占い師と客の関係になれるとも限らない。


「毎日来れるとは限らない。しかし、見守っているという事実があれば少しは安心出来るのではないか」

「なんだ、毎日会え……来てくれると思ったのに」


 露骨な拗ね方、隠そうともしない。全く、最初から子供らしくしておればいいものを今更。


「努力はする。どうせ通り道だ」

「うん、そうだね、毎日待ってる。ここにいるから」


 目を輝かせているな。微妙にプレッシャーがかかるぞ。

 スマホを眺めるだけの日々が続いたら「久しぶりに占ってみない?」とか極悪な無邪気さを押し出して来るかもしれない。

 それだけはなんとしても阻止せねば。また異世界に連れていかれるのは困る。次は逝ってしまうかもしれんのだから。


「では送ろう」

「いいってば! すぐそこだって言ってるじゃん!」

「じゃんもジョーもない、子供一人帰宅させる大人がどこにいる。そんなに信用ならんなら、通報せねばならなくなる」

「またそれ!? もう……ちょっと心配性過ぎるよ」


 なんか姪っ子と話してる気分になってきた。完全に他人だが、実は親戚かもしれない。


「分かった、近くまでね」

「素直でよろしい。玄関まで見送る」

「それはダメ。いいけど、それは早い」


 どっちなの。

 女心と秋の空。移り変わりの早さをそう言う。

 乙女心と初夏の夜。矛盾していることを堂々と言う。

 うむ、辞書で調べてみる価値もなさそうだ。子供の特性であろう。


「ついこないだまで私も中学生だった」

「はいはい。どーせ童顔ですよ。マスクしてても」

「中二病に罹患し生死をさまよったこともある」

「マジで!?」

「高熱にうなされ、敵は本能寺にあらず! とか口走っていたらしい」

「本能寺の変が、光秀心変わりの変に変わっちゃうね」

「うむ、あの時実は転生しかけていたのかもしれない。今思い出しても恐ろしい作り話だ」

「そう思ってた」


 よろしい、これぐらい真に受けていては占い師など務まらない。


「ブルータス、お前もじゃん? とかはなかったの?」


 む、なんかよく分からないがシュールでいいかもしれん。万人受けする小粋なジョークを磨くべきで、そっちに行ってはいけないのだが。

 しかし俺はこちらが好みだ、それ用に取っておいてもらうか。

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