第9話 心配でならない
疲労も不安もあったろう、ホッとするのは当然だが、彼女は泣き出してしまった。
感情が爆発したように、涙を流し大声で泣いている。
静寂に包まれていたシャッター街に、彼女の泣き声が延々と響く。
俺の制服を掴み、声を詰まらせる女の子を見ているのは辛い。
それでもひとしきり泣いて落ち着くまで、俺は待った。
早く送らねばならないと考えはするが、心の整理も必要だろう。
「あの、すみません、ほんと、私のせいなのに……」
どうだろう、俺のせいでもある。何にせよこういう時、責任を取るのは大人の役目だ。
意図せぬこととはいえ、娘さんを異世界に連れ去るなどという危険を犯した。大人としてご両親に詫びねばなるまい。
洗い流すよう涙を流し、彼女も落ち着いてきたようだ。急かさぬよう先に伝えたことを再度告げると、
「いいですいらないです! 混乱するだけというか信じてもらえないです!」
だろうな、とは思っていた。
参った、とすれば送り届けるぐらいしか出来ない。
涙を拭う彼女を前にしてなんだが、こちらが泣きたい気分だ。いや大人は泣かぬ。
泣くのは脛をぶつけた時と「栄転だ、おめでとう」と肩を叩かれ、治安が中世レベルの外国に左遷された時だけだ。
いくら大人の私でも、豊田市の剛腕社長のように成り上がれる自信はない。
「家はどこだ。場所によってはタクシーを捕まえねばならない」
「あ、それは近くなんで大丈夫です……それより」
「ん?」
それよりなんだ。大人の責務より勝るものなどないはずだが。
「えーっと、支払いお願いします」
いたずらな目をした彼女に、俺は何を言えばいいのか分からない。異世界への移動代とか請求してこないだろうな。
「いくらだ、お試し料金以上は払わんぞ」
「頑張ったのに……」
「む、ぼるつもりか。ならんぞ、評判を落とす」
「また武士みたいな話し方して」
大人なだけだ。
「で、いくらだ」
「だったらなんですけど」
「だったらなんだ」
「ちょっとした提案があって……」
「ちょっとした提案とな」
どんな提案だ。そもそも財布にいくら入っていただろう。大人として手持ちを把握していないとは迂闊に過ぎる。であるなら問題は提案だ。体面を保つには一端聞くほかない。些か警戒していると、
「お客さんの連絡先、教えて下さい」
目を腫らした女の子が、そんなこと言うとは。
うむ、完全に常連客にしようとするキャバ嬢のやり口。
なんというマセ方。
これが令和、Z世代という奴か。
世代格差、こればかりはどうすればいいのか皆目見当も付かない。
何せ私もZ世代。格差も何もなかった。
「支払いはそれでいいのか」
「そうですね、なんか色々ありすぎてお代いただくのも気が引けますし」
「しかし、常連客になったところでだ」
「ああ、そうか……」
意識してしまう異性相手では、また呪いが発動してしまう。
「変装でもするかな?」
「来てくれるんだ!」
「なんというか、心配で仕方ない」
俺程度で心乱され呪いが発動するようでは、先が思いやられる。ここを通る男子学生はそれなりにいるのだ。全て門前払いしていては、女性しか相手出来ないではないか。
その方向でいくのも良いが、まだ客を選べるようには思えない。というか、この仕事自体どうにも応援出来ない。俺がいなければ日付が変わるまでやるつもりだったとか、危なっかしいにもほどがある。
警察に補導されるのも目に見えている。地方公務員の仕事を増やすのは心苦しい。
大人として、他の大人に配慮するのは当然のこと。子供を守るのは更に優先される。
シビアな優先順位、選択をこれからの人生でも味わうことになるだろう。
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