第4話 君よりは大人だ

 彼女は言葉を選びながら、語り出した。


「これは私特有の問題で、こういう場合どうしたらいいのか分からなくて。違う、分かっているのにどうすればいいのか分からなくて……」


 顔を赤くしてなんだか辛そうだ。やはり問題を抱えている?

 家計を支えるため、身バレしないようこんな地方都市まで足を伸ばさざるを得なかったであろうと推測されるのに?

 それは放っておけない。

 俺は大人びているのだ、無視出来ない。


「君は問題を抱えているわけか」

「はあまあ。あの、君、と呼ばれるとなんだか奇妙な感じがします。距離感というか、初対面というか、なんというか……」

「それは気にしなくていい。大人は頼るものだ」

「そういう話じゃないんですが……」

「大丈夫だ、その点は何も問題ない」

「それをお客さんが決めるんですね」


 首肯しゅこうすると、彼女は首を傾げて見せたがこちらは大人である。あなたと君に大きな違いはない。


「さて、問題を抱えているなら話すといい。占ってもらうためマスクを外したのに、出来ないでは君も私のマスクも行き場がない」

「お客さんのマスクは口元にしっかりありますよ」

「使い捨てなので帰ったらゴミ箱にいく運命だ。運命にはあらがえない」

「マスクの運命はどうでもいいです、話広げてごめんなさい」

「一向に構わない。問題解決の糸口になるかもしれない」

「なりません」

「そうか。さて問題とはなんだろう。解決の手段と称して、壺や霊験あらたかな護符やスマホを売り付けたりはしないから話すといい」

「そんなスマホあったら買っちゃいますよ」

「買っても契約してもいけない。大人の忠告は素直に受け取るべきだ」

「私、占い師なんですけど……」

「まだ何も占ってもらってないんだが」

「正直すいません……」


 本当に申し訳なさそうにしている。違う、俺は解決を欲しているのだ。少なくとも手助けはしたい。困った者を捨て置くなどおよそ大人の所業とは言えぬ。


「そんなに話しづらいことなのかい?」


 じっと見つめると当然目が合うわけだが、彼女はサッと視線を逸らした。そんな露骨にしなくとも。少しだけだが傷つくではないか。しかし口には出さない、それが大人というものだ。


「もちろん無理強いはしない。そんな権利も資格も私にはない」

「はい、ありがとうございます」

「しかし通報することにはなるだろう」

「それは話せということですね」

「困った時は素直に困ったと言うものだ。そうすれば自然と誰かが助けてくれる」

「今目の前のにいる人に凄い困らされているんですけど」

「これはしたり。私も困っている。さてどうすればいいものか」

「したりってリアルで聞いたの初めてです」

「何事も経験だ」

「それで押し通すのどうかと思いますよ……」


 ふむ、見解に相違はあるようだが、やはり見過ごせない。


「何も全て正直に話すことはない。仮の話ということでもいい。喩え話でもいい。きっかけさえくれれば少しは手助けも出来るだろう」


 何かしら妥協点を見つけなければ。そう思い告げた言葉が彼女に届いたらしい。マスク越しだが表情に変化が見て取れた。


「じゃあ、じゃあ例えばですよ」

「うん、例えば」

「私が呪われているって言ったらどうします」

「なぜそう思うのかを確認する」

「今してますね」

「してるね」


 同意すると、彼女はまた困り顔を浮かべた。あくまで喩え話なのだ、気軽に続ければいいものを。


「例えば呪ってやると言われたとか、或いは呪われるぞと言われたのなら」

「なら?」

「そいつがどこにいるか教えなさい。逆に私が、そいつに呪いをかけてやろう」

「そんなこと出来るんですか」

「出来ないが努力はしよう」

「やめて下さい」

「冗談だ」


 笑みを浮かべたつもりだが、マスク越しではそう伝わらないか。彼女はがっくりと肩を落としてしまった。これは困る、失望させるなど大人の道に反する。


「一体どうしたら呪われている、なんて喩え話が出てくるんだい」


 不思議でならない。占い師なのだから、その手は逆に使いそうなもので、自分がというのは合点がいかぬ。

 彼女は三度目のため息をついてから、背筋を伸ばした。


「呪いは大げさでした。あんまり言いたくないのですが……」

「大丈夫だ、すぐ言いたくなる」

「なんでそんな自信があるのか不思議で仕方ありません」

「君より大人だからだな」

「それはないです」


 うーん、やはりどこまでも頑固だ。育ちのせいだろうか。そもそも親御さんは、彼女がこんな寂れた場所で占い師を生業としていることを知っているのだろうか。否、まともな親ならまずさせないだろう。となると困ったことになる。参った、問題が増えたかもしれない。

 つい腕組みしこちらが考え込んでしまった。見かねたのか、彼女から切り出してきた。


「言いたくないんですよ、本当は」

「一向に構わない」

「それ好きですね」

「たまたま重なっているだけだ。さあ、続けたまえ」

「はあ、ええっと……実は私……」

「うん、実は」


 しかし彼女は続けない。やはり言いたくないのか「これ、言っていいのかな……」などと呟いている。聞こえているので、言いたいが言いたくない、という微妙なラインなのは伝わってくる。


「言いたくないなら無理強いはしない」

「でも通報はするんですよね」


 頷くと、彼女は殊更大げさに顔を曇らせた。

 そうして覚悟が出来たらしい。


「私……き、気になる異性の人を前にしてしまうと、占いの精度が凄く落ちてしまうんです」

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