第3話 カナタ

 夜のとばりはもうすぐそこだ。

 カナタと名乗る彼女に確かめる。


「今日は何時まで続けるつもりなのだ」

「うーん、日付が変わる頃?」

「それは困る、大人としてそれは見過ごせない」

「制服着てるじゃないですか……」


 確かに、学生ではあるがそれは来年でも変わらない。制服で投票する時代なのだ。


「つまり、あまり遅くなるようなら通報しなければならなくなる、大人として」

「ちょっと待って下さい!」


 彼女は手を広げ制し、若干の躊躇いを見せながら二の句を繋いだ。


「あの、私いくつに見えますか?」

「申し訳ない、その手の合コン飲み会トークは初めて経験した」

「経験はどうでもいいです、私は慣れてるので」

「合コンに?」

「違います見た目です。やっぱり幼く見えるんですね……」


 彼女は零すように言って、ため息をついた。


「よく間違われるんですよ」

「主張はなんとなく伝わってくるが、嘘はよくない」

「嘘じゃないですよ、なんで嘘って決めつけるんですか。それにマスクしてたら分かりにくいでしょう?」


 なるほど確かに。だが第一印象は拭えない。


「心配しなくても私は嘘をつかなくていい方の大人だ」

「嘘を必要とする大人ってなんですか」

「甘い言葉を駆使したり、恐怖を煽って壺を売りつけようとしたりする奴らだ」

「それ成人年齢に達してないと払えない奴じゃないですか」

「今晩泊まるとこあるの? なんなら家来る? とか言う奴らもだ」

「パパ活してないです、今あなたの目の前で働いてます」


 ぬぅ、なかなかに頑なだ。どうすれば彼女の心を開くことが出来るだろうか。


「分かった、身分証を見せろと言える立場でもない」

「分かってもらえましたか」

「チラッと見せてくれたら納得しよう」

「今持ってないしその言い方なんか嫌です。違う意味に聞こえます」


 マスク越しだが睨み付けているのが分かる。そういう意味ではないが不快感を抱かせてしまった。これでは大人失格である。


「失礼、そこまで年齢を誤魔化さないといけない理由があなたにはあるんだね」

「ないです。というか私のが普通に大人ですよ?」

「子供は背伸びしたがるものだ」

「そっくりそのままお返します」

「生活費を稼ぐため、ある種感心するが我が県の治安は特別いいというわけでもない」

「そこは気を付けますから。ていうか困窮してやむを得ず働いているのではなく、普通に働いているんです」


 誘導尋問にも引っ掛からない。なるほど、占い師が話下手ではそれこそ話にならない。


「うん、これ以上は商売の邪魔になる。さりとてこのまま放置しておくわけにもいかない」

「一応お客さんですよね……」

「無論そのつもりだ。だから占ってもらうとしよう」


 そう言うと彼女は「よかった」と呟き先ほどと同じ問いかけをしてきた。


「で、何を占えばいいですか?」

「すまない、やはり浮かばないのでそちらの得意分野でお願いしたい」

「得意分野……」

「美容院のお任せみたいなものだ。シェフの気まぐれサラダだと思えばいい」

「人の占いを気まぐれサラダと同列にされても……」


 む、かなり失礼だったか。悪気はないが、悪気がなければ問題なし、は子供の言い分。言葉足らずは誤解の元である。

 SNSで4000文字のツイートが出来るようになれば、ある種世界は変わるだろう。あれは誤解を生みやすい。頑張れ経営者。


「すまない、そういうつもりではない」

「大体、気まぐれな占いって無責任過ぎます」


 ぐう正論。だがこちらにも言いたいことはある。


「失礼を承知で言うが、占いとはそういうものだろう。外れた場合訴訟を起こされ負けが確定するというなら、占い師は全員失職だ」

「そりゃそうですけど……」


 顎に手をやり思案気な彼女を見て、少し気の毒に思った。しかし占ってもらいたいことがない。そもそも信用していないのだ。

 今一番気になっているのは、これ一回いくらなんだろう? ということぐらいなのだから。


「ではシンプルに運勢を占いますね」

「よかろう、かかってこい」

「占いはバトルじゃありません」

「しかし歴史をかんがみれば、戦争の勝敗を占ったという記録は山ほどあるぞ」

「誰と戦うつもりなんですか……」

「大人としての責務と戦っている。これは絶対逃げられない戦いなんだ」

「いやですから……」


 と彼女はまたため息をついたが、頭を切り替えることにしたらしい。


「じゃあ占いますから、まずマスクを外していただけますか」


 と彼女は言った。


「このご時世でマスクを外せとか、新手のテロリストかね」

「私がマスクしてるので問題ないですし、話す時着けて下されば問題ないでしょう。お願いしますよ、もぅ」


 ふむ、一理ある。パーテーションの一つもないのは気になるが、大人であるならそれを想定すべきであったかもしれない。

 大人なら不意に備えパーテーションの一つも持ち歩くべきだ。

 素直にマスクを外し、占い師の彼女と向き合う。

 何がしたいかはすぐ分かった。人相を見たいのだ。人相占いがどれほどのものか、見せてもらおう。


「へ、へー」


 何か関心しているらしい。しかしこちらは話せない。そういう条件で外したのだ。約束を反古にしては大人になれない。


「うっ、うん……そうですか、はいなるほど」


 一人で納得しているが、それを説明して欲しい。だが話せないし、手順というものもあろう。


「あ、えっと着けて下さって大丈夫ですよ」


 素直に従うが、大丈夫ですよ、とは不思議な日本語だ。マスクの着脱は自由に選ばさせて欲しい。TPOを華麗に使いこなすのが大人というものだ。


「で、どうだろう大凶か大豊作か」

「占いだからせめて大殺界と言って下さい。ご実家農業なんですか?」

「いや全く。父親はしがないサラリーマンで、母親は職を転々としている」

「しがないとか転々とか、そういうのいいです」

「確かに、占ってもらうのは私だ。で、どうだった」

「はい、キレイな顔されてるなあって」


 今「そういうのいいです」がこっちの台詞になったよ。


「いや、顔面偏差値の話をしているんじゃないんだ」

「でも男の子なのにキレイだなあと」

「なんだ、ビジネススキルのつもりかもしれないが、ショップ店員の「よくお似合いですね」で似合ったことが一度もない私には通用しない。やめるんだ」

「え、あ、はいすみません」


 シュンとしてしまったが、更に続ける。


「昨今で言えばルッキズムだなんだとうるさい輩もいる。商売上触れない方がいいのではないか」

「え、でもキレイなものはキレイですよ」


 全く同感だがどう言えば伝わるだろう。


「うん、所詮主観だし別にいいと思う」

「はい、主観なのでお気になさらないで下さい」


 面倒なのでこの主張は曲げた。そもそもルッキズムに興味がない。


「で、どうだろう。宝くじが当たったりダンプカーが突っ込んできたりするだろうか」

「そんな具体的に指摘する人いたら詐欺師です」


 やってる奴いそうなのになかなか辛口だ。それだけ自分の仕事と真摯に向き合っていると言いたいのだろう。まだ幼いというのに健気だ。多少ぼられても払うとするか。いや、そういうテクニックか?


「で、どうだろう」

「あの、実は難しくて……」


 ん、ここまで話を伸ばして広げた挙げ句に言い渋るとは。さては時間制なのか。なかなかしたたかである。


「難しいとはどういうことか」


 確認すると、彼女は覿面てきめん狼狽うろたえた。

 一体どうしたというのだ。

 顔を曇らせる彼女を、俺は不思議な感覚で眺めていた。

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