第5話 全く問題ない
ああ言ってしまった。と、彼女は恥ずかしさのあまりか両手で顔を覆ってしまった。
なるほどねえ、だが呪いの話はどこへいった。
「ふむ、気になる異性。初対面で何が気になったのか」
「本人がそれ言いますか」
「私以外に指摘出来る人間がいたら、君話してないだろう」
「正論というより難癖ですもう」
「大人は時にずばりものを言う。覚えておくといい」
「……忘れたくてもしばらく無理です」
いいことだ。教訓を簡単に忘れてもらっては、こちらとしても不安になる。それはともかく、改めて確かめる。
「なるほど、精度が落ちるから占いたくないと」
「ええ、そういうことになります」
「気にするな」
「はい?」
「精度が落ちたと今教えてくれたじゃないか。事前に知っていれば過度な期待をせずにすむ」
「それはそうですけど、私は占い師です」
「私もそう思って話しかけた」
「外れると評判の! なんてことがSNSで広がったら困ると思いませんか?」
おう、実に現代的な悩みだ。確かに、俺が今日あったことを画像付きでアップしないとも限らない。なるほど一理も二理もある。だが見くびってもらっては困る。
「そんなことはしない。未成年の画像付きで、こいつの占いマジ当たんない。マジ役に立たない。
「陣笠議員の
なんということだ、全く信頼されていないではないか。しかも内容まで分からないとダメ出しされた。
今俺は、大人の階段を下っている。かなりのスピードだ。速度違反で大人の免停くらいかねない。
「そうとなればこちらも本気を出すしかない」
「いやあの、それ逆に私が警察呼ぶ流れになりませんか?」
「ならない。むしろ明日、学校で話したくなるだろう」
「卒業しちゃってるんですけど……」
「きちんと通いなさい。特別な理由がない限り」
「……は、はい」
うむ、学校には通ってくれそうだ。新しい問題が増えたかと一瞬不安になった。
では本気を出さねば。大人ならば言ったことは実行するものだ。
「君がなぜ、占い師などという世が世なら出世して権力者に重用されるか、異端審問にかけられるかの二択を選んだのかはあえて尋ねない」
「ストレートにディスりますね」
「なぜあえて人の少ないシャッター通りを選んだのかも問わない」
「ここしか借りられなかったんですよ……」
訊かないと言っているのに答えるとは、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。しかし、人間一つや二つ知られたくないことはあるものだ。大人はそれを自覚しているから大人なのだ。
「精度が下がるから占いたくない、では客を選ぶことになる」
「そうですね、そうなります」
彼女の表情は曇るが大丈夫、対処出来るはずだ。
「しかし客を選ぶほど繁盛しているようには見えない。これは私のせいだろうか」
「いえ、普段からこんな感じです。というか始めたばかりで……」
「では、精度が下がるとは具体的にどういうことなのか。始めたばかりとはいえ、占い師として開業してから占いを始めたわけではないはずだ」
「そんなドン・キホーテじゃありません」
「そうだろう。たかが大人の男一人に舞い上がる程度では、接客業もままならない」
「舞い上がるってご自分で言うんですね」
「精度が下がるを具体的に知りたい。試しに占ってみてはどうか」
「ああ、なるほど……」
気がつけば周囲はもう、宵闇に包まれていた。
言いづらいのは理解出来る。それでも、
「申し訳ない、時間にも限りがある」
沈黙を続け伏し目がちな彼女に告げる。
「私はなんの問題もない。その代わりと言ってはなんだが、お試し価格でお願いしたい」
「あ、いえ、当たらない占いでお金は取れません」
ここは強く首を振った。
「商売だ取れ」
「容赦ないですね……懐痛むのお客さんですよ」
「私は一向に構わない」
「そうですか、そうですね……」
何度目になるか、またため息をついた彼女はようやくその気になったらしい。
「もしかしたら当たるかもしれないし、もしかしたらとんでもないことになるかもしれません。それでもいいんですね?」
当然首肯する。
「占い師を前に言うのもなんだが、とんでもないことが出来るなら世の中もっとひっちゃっかめっちゃかになってる」
「ですね、基本的に占い信じてらっしゃらないみたいですし」
「うむ、最初にそう言った」
確かに、と短く応じ彼女は唇を強く結んだ。
そして置いてあった鞄から水晶球を取り出し、机の上へとゆっくりと置いてみせる。
「ほう、水晶占い。なんか高そうだけど安そう。というか人相占いはなんだったのだ」
「あの、集中するので黙って下さい。あと人相を見てからやるものなので手順に間違いはありません」
これは失礼した。集中するらしいのでここは忍の一字だ。
彼女の表情は真剣そのものだった。一生懸命な女性は美しいということに、年齢は関係ないらしい。しかし見惚れるわけにもいかない。しかと見届けねばならないのだから。
話しかけぬよう待ちの姿勢で構えていると、彼女はなにやら頷き始めた。
「……なる、へえ、そうなるんだ」
なんか一人で呟いている。ここは高速で流れるSNSのタイムラインではないのだが。
彼女の呟きは続く。
「いやちょっと待ってそれはまずいから!」
君のことかな。
「どうしよ……私、責任取れないかも」
もう話していいのだろうか。責任など存在しない。占い師に責任を取らせる時代は終わったのだ。散々いい加減なことを言ってはいい思いをし、外した時は散々殺されまくったのが占い師の歴史だ。
「あの、ほんと、どうしましょう」
「何、もう話してもいいのかい」
「あ、はい。というかこれは話さないとまずいパターンです」
話さなくていいパターンがあるのか。占って話さないのはほぼ反則なのだが。
「どういうことだい。今のところさっぱり見当もつかない」
「えっと、私の占いは
「当然だね」
「でも精度が落ちたこの状況の場合、占った結果が現実になる可能性が四分の一あるんです」
「そりゃあ結構。四回に一回は当たる占いなら、二択問題じゃない限りお金になりそうではないか」
「そうかもしれませんけど、これ現実になったら大変だし、というか現実になるわけないし、どうしよう」
何を言っているのだ、彼女は。なぜ冷や汗までかいているのだ。現実になるわけないなら、ならないのだ。
「なあに大したことはない。なるとして四分の一、そうなんだろう」
「そうですけど!」
ううん、もはや悲鳴のようだ。
「一体どんな結果が出たんだ。というか何を占ったんだっけ」
「お客さんの運命です」
「ざっくりしてるね。まあ私ぐらいにはそれが丁度いい。で、結果は」
「結果は……一つは……」
複数あるのか、どういうことだろう。しかし気持ちが入っている。仕方なく合わせ、身構えてみる。
「一つは?」
「一つは……」
たっぷり時間を使ってから、彼女の唇が動き出す。
「明日雨に降られます」
……ふぅ、思わず大人らしからぬため息をついてしまった。
正直、年下の女の子じゃなかったらこのシャッター通りを引きずり回しているところだ。
大人なのでやらないが、こないだまでの子供な自分だったら危なかった。むしろその危険を占っておいて欲しかったぐらいだ。
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