第18話 リディーの素質

「今日もお疲れ様! はい、どうぞ!」


 リディーはシュライザーの目の前に二つの桶を置いた。

 片方は飼葉、もう片方はリディーが魔法で作り出した水が入っている。


 美味しそうに飼葉を食べ始めたのを確認すると、「よし」と呟き、剣を取った。


「じゃあ、私は素振りを始めますね。今日もよろしくお願いします!」

「ああ、頑張れ」


 リディーは大きく頷き、真剣な表情で剣を構える。

 そして恒例となっている素振りを開始した。



 素振りを見守ることおよそ三十分。

 ずっと剣を振り下ろしているというのに、リディーは未だ息を切らしていない。


(よし、そろそろいいだろう)


 ベンゼルは立ち上がると、荷馬車の中から木剣ぼっけんを二本取り出した。


「リディー」

「あっ、はい! おかしなところありましたか?」

「いや、そろそろ次の段階に移っていい頃合いだと思ってな」

「次の段階?」

「そうだ。だいぶ体力がついたようだし、素振りも様になってきたからな。これからは実戦形式でお前を鍛える」


 そう言って、ベンゼルは木剣を一本差し出す。

 リディーは目を瞬かせていたが、やがて木剣を受け取ると途端に表情を引き締めた。


「はいっ! お願いします!!」

「いい返事だ。……よし、まずは防御面からだ。俺が攻めるから、お前はその攻撃を防げ。改善点は終わった後にまとめて指摘する」

「わ、わかりました!」


 答えながら、リディーは木剣を構えた。

 それを確認すると、ベンゼルは数歩後ろに下がって距離を取る。


「準備はいいか?」

「はいっ!」

「よし。では、いくぞ――」


 地面を蹴り、リディーとの間合いを詰める。

 そして右から左へ剣を振り払うと――


「わわっ!」


 リディーは上半身を大きく後ろに反らせ、その攻撃を回避した。


(おっ)


 かなりの柔軟性だ。

 剣術において、身体は柔らかいに越したことはない。


「よく避けた。では、次だ」


 今度は頭目掛けて、上段から木剣を振り下ろす。

 手は抜いているものの、それでもこの速度だ。

 リディーは反応できず避けられないだろう。


 もしかしたらたんこぶができてしまうかもしれないが、それは仕方ない。

 稽古に傷や痛みは付き物だ。と、そんなことを思っていると、


(……ほう)


 リディーは即座に頭の上で剣を水平に構え、その腹でベンゼルの一撃を受け止めた。

 これが偶然でなければ、驚異的な反応速度だ。


(よし)


 単なるまぐれか、それとも生まれ持った才能か。

 どちらなのかを確かめるべく、ベンゼルは攻撃の勢いを上げることにした。


「次は少しレベルを上げるぞ」

「えっ、あっ――」


 返事を待たずに攻撃を仕掛ける。

 右肩への刺突。左肩からの袈裟けさ斬り。半回転してからの右薙ぎ。左足への刺突と見せかけての切り上げ。


「……フッ」


 リディーは身体を捻ったり、上半身を反らしたり、また剣で防ぐことで全ての攻撃に対処した。


 やはり反射神経がすこぶるいい。それに相手の動きをよく見ている。

 これまで特に訓練などはしていないはずなので、生まれ持っての才能だろう。

 攻撃を避ける・防ぐという点では、リディーはまさに天才だ。


 となると、攻撃面ではどうなのかと気になってくる。


「よし、攻守交替だ。今度はリディーが攻めてこい」

「あっ、はい! わかりました!」

「それとお前は魔法も使え。今のリディーの実力を知りたいからな」

「えっ? で、でも、それだとルゼフさんが危ないんじゃ……」

「おいおい、俺も舐められたものだな。安心しろ。お前の魔法じゃ俺にダメージを与えるどころか、当てることすらままならん」


 ベンゼルは鼻で笑うと、嫌みたらしくそう言った。

 こうでも言わないと、リディーが遠慮してしまい実力を測れないからだ。

 それが功を奏したようで、彼女は「むー」っと頬を膨らませている。


「そこまで言うならわかりました! 絶対にぎゃふんと言わせてやります!」

「ああ。本気でこい」

「じゃあ、行きますよ!」


 そう言うと、リディーは地面を蹴った。


「たぁっ!」


 やがて間合いに入ってくると、両手で握った木剣を力任せに振ってくる。

 その右薙ぎをベンゼルは右手に握った木剣で受け止めた。

 そのまま強引に押し込もうとしてくるが、ベンゼルの剣はピクリとも動かない。


 少し力を入れて押し返してやると、リディーはよろけながら数歩下がった。


「まだまだっ!」


 次は頭部目掛けての振り下ろし。

 身体を翻して容易く避けると、今度は木剣を突き出しながら向かってきた。

 それを見たベンゼルがスッと水平に木剣を掲げた瞬間、切先同士が真っ正面からぶつかり、リディーはピタリと静止する。


「おい、魔法はどうした。俺は『本気でこい』と言ったはずだが?」


 悔しそうにしているリディーにそう言うと、彼女はキッと睨み付けてきた。


「もう! どうなっても知りませんからね! 【アイシクルショット】!」


 リディーが手を伸ばしてくる。

 瞬間、彼女の前に鋭く尖った氷柱がいくつか出現し、こちらに真っ直ぐ飛んできた。


「嘘っ!」


 全ての氷柱をいとも簡単に木剣ではじいたベンゼルにリディーは目を見開く。

 その一方で、ベンゼルも彼女の才能に内心驚いていた。


「……こうなったら!」


 リディーは意を決した顔で距離を詰めてくると、両手で剣を振り下ろしてくる。

 それを木剣で受け、鍔迫り合いをしていると――


「ルゼフさん、ごめんなさい!」


 言いながら、彼女は木剣から左手を放し、自身の胸の前でこちらに手のひらを向けた。


「【ガスティーウインド】!」


 直後、ベンゼルは突風によって吹き飛ばされた。


(……まさか、リディーがな。まったく、今日は驚かされてばかりだ)


 そんなことを思いつつベンゼルは空中で身体を捻ると、やがて両足から綺麗に着地した。

 ほどなくしてリディーが血相を変えて駆け寄ってくる。


「――大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない。それより驚いたぞ。まさかクイックスペラーだったとはな」

「クイックスペラー?」


 リディーは首を傾げた。


「ん? ……ああ、言葉は知らないのか。クイックスペラーというのは、お前のように魔法を瞬時に発動させられる者のことだ」


 魔法は自身の魔力を体外に放出し、空気中の魔素と上手く結合させることで行使できる。

 その作業は非常に複雑で、少量の水を出したり、点火させたりといった極々小規模なものを除き、発動までには時間が掛かる。

 もちろん鍛錬を積めばある程度までは短縮できるが、あくまである程度である。


 ただ例外として、生まれ持った魔力の性質が影響しているのか、世の中には少数だがノータイムで魔法を行使できる者が存在する。

 クイックスペラーとは、そんな彼らを指し示す尊称だ。


「へえー。でも、それって驚くほどのことじゃないような……。お母さんも、そのまたお母さんも同じことできましたし」

「何? あの母上殿も?」

「はい。それにお兄ちゃんだって!」

「ルキウス? いや、確かにルキウスも瞬時に魔法を発動していたが、それは勇者だからであって――」

「あっ、いえ。それは勇者になる前からできてましたよ」

「……なんと。俺はてっきり女神様から力を授かったからだとばかり。あれは生まれつきだったのか」

「はい!」


 どうやらスプモーニア家の母系は魔法に長けた血筋らしい。


(なるほど。ルキウスが勇者に選ばれたのは、それもあったのかもしれないな)


 思わぬ発見だったが、それはまあどうだっていい。

 今重要なのは、リディーのその才能だ。


「リディーよ。一つ聞くが、強くなりたくはないか?」

「えっ? ……なれるなら、それはもちろんなりたいですけど」

「そうか。お前にはその素質がある。鍛えれば、大抵のモンスターを倒せるくらい強くなれる」


 これまでベンゼルがリディーに剣を教えていたのは、最低限自分の身を守れるだけの力を得てもらうため。

 モンスターと渡り合えるくらいまで強くしよう、などとは全く考えていなかった。


 だが、リディーの才能を目の当たりにしてその考えが変わった。

 彼女は今よりずっと強くなれる。その素質を磨かないのはもったいない。

 もっとも、強くなってもモンスターと積極的に戦わせるつもりはないが、強くあることに越したことはない。

 だから鍛えてやりたい、と。


 ただ、強くなるには今とは比較にならないほどの努力が必要になる。

 それを強要する訳にもいかず、ベンゼルはリディーの意志を尊重することにした。


「ほ、本当ですか!?」

「ああ。だが、そのためには今以上に鍛錬を積まなければならない。お前が望むなら俺は手助けしてやれるが……どうだ?」


 そう問うと、リディーは黙り込む。

 これまでの素振りもそれなりに辛かったはずで、それ以上に過酷な稽古に自分が耐えられるか考えているのだろう。


「……お願いします。私、強くなりたいです! いざという時に大切な人を守るためにも!」

「そうか、わかった。じゃあ、今後は厳しくいくぞ」

「はい!」


 この日から、リディーの猛特訓が始まった。

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