第19話 出航

「わぁ! これがスーズス!」


 門をくぐった直後、目の前に広がった街並みにリディーが感嘆の声を上げる。


 ここはハーヴィーン王国の最西端に位置する港町。

 町民の半数が漁業に従事しており、ハーヴィーン王国の食卓に並ぶ魚介類のほとんどは彼らの手によって獲られたものだ。


 そしてここは交通の要衝でもあり、西のカナドアン王国や北のシャンペリオ帝国行きの客船も出ている。


「よし、まずは港にいくぞ。観光はそれからだ」

「あっ、はい!」


 それから数十分掛け、町の北側に広がる港へ辿り着くと、ベンゼルは御者台から降りた。


「チケットを買ってくる。リディーはシュライザーとここで待っていてくれ」


 そう言い残して、ベンゼルは発券所を目指す。

 やがて到着すると人の行列ができていた。


 外国への旅行客がこんなにも多い。これも世界が平和になったからこそだ。

 そんなことを思いながら待つこと数分、ようやく順番が回ってきた。


「いらっしゃいませ!」

「カナドアン王国まで大人二人。それに馬一頭と大きめの馬車も同乗させたいんだが」

「カナドアン王国行きで、大人二人と馬一頭に馬車ですね。それでしたら、えー……二日後の15時に出るパスティース号になりますがよろしいでしょうか?」

「問題ない」

「かしこまりました。それではこちらになります」


 受付の女性はそろばんを弾き終えると、金額が書かれた紙を差し出してきた。

 馬車も乗せられる大型な船だけあって、やはりそれなりに高額だ。

 ガリアノで美味しい依頼を受けていなければ、すっからかんになってしまっていた。


「これで頼む」

「はい。では、こちらがチケットになります。いい旅を!」

「ああ、ありがとう」


 ベンゼルはチケットを受け取ると、リディーとシュライザーのもとに戻った。


「あっ、ルゼフさん! お帰りなさい! チケット買えました?」

「ああ。二日後の15時に出航だ。それまではこの町でゆっくりしよう」

「はい、わかりました!」

「よし。それじゃあシュライザーを馬宿に預けたら、さっそく観光でもするか」

「やった! 私、気になってたところがあって!」



 ☆



 二日後。

 ゆっくりと観光を楽しんだベンゼル達は港に来ていた。


「わぁ、大きな船! もしかしてこれですか?」

「パスティース号って書いてあるからそうだな。よし、受付にいくぞ」


 その後、受付を済ませて船員にシュライザーを預けた後、二人は船に乗り込んだ。


 やがてデッキに出ると初めての船に興奮しているようで、リディーが楽しそうにはしゃぎだす。

 そんな彼女の姿にルキウスもこうだったな、と微笑ましく眺めていることしばし。

 ベンゼルはあることを思い出した。


「なあ、リディー。ルキウスは船酔いが酷かったが、お前は大丈夫か?」

「あっ、私なら大丈夫です!」

「いや、ルキウスも最初はそう言って――」

「大丈夫です! 私、乗り物酔いってしたことないので! そんなことより、ほら! 船の中見て回りましょうよ!」

「あ、ああ……」


 ベンゼルは不安しかなかったが、本人がそう言うのなら大丈夫だろうと自分を納得させ、先を歩くリディーの後を追うのだった。



 ☆



 およそ二時間後、船が動き出してしばらく。


「……おえっ」


 リディーは船室でゴミ箱にしがみついていた。

 顔を真っ青にさせ、涙と鼻水を大量に流しながら。


(……言わんこっちゃない)


 ベンゼルは大きく溜め息を吐くと、今しがた売店で買ってきた酔い止めを差し出した。


「ほら、これを飲め。少しは楽になるはずだ」

「は、はい……。あ、ありが……うぷっ」

「礼はいいから早く飲め」


 リディーは頷くと、酔い止めをごくりと飲み込んだ。

 そして今にも死にそうな顔をしながら、再びゴミ箱に顔を突っ込む。


(まったく。兄妹揃ってこいつらは。何が『船酔いなんてしないから大丈夫』だ)


 その背中をベンゼルは苦笑いを浮かべながら、優しく撫でてやるのだった。

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