第30話 レヴィン、初めての課外授業に挑む

 とうとう課外授業の日がやってきた。レヴィンは実質、初参加なので興奮を隠せない。


「いやー。課外授業か。楽しみだな!」

「レヴィンはもう何回も魔物と戦ってるじゃない?」

「まぁ、そうなんだけど、今回はいつもと少し違うらしいぜ? アシリア」


 レヴィンの言う通り、この日の課外授業は通常とは異なる。騎士中学校と魔法中学校が合同で行うのはいつもと変わりない。そして、班ごとに精霊の森で魔物を狩ると言う内容も同じである。違うのは通常の狩りではなく、魔物の拠点を攻め落とすと言う点であった。王都ヴィエナから南東へ行った辺りの精霊の森と街道の境界付近に、どこからか流れてきた豚人オークが集落を築いたと言う話である。本来ならば探求者に討伐依頼が出されるはずであったのだが、それを聞きつけた魔法中学校の校長ジェイソン・フォン・ノルドント男爵が課外授業に組み込もうとギルドマスターに掛け合ったのである。王都の探求者ハンターギルドマスターであるランゴバルトは、面倒事が起こるのを嫌がり当然、この提案を拒否した。しかしノルドント校長と話を聞きつけた騎士中学校の校長モンテール・フォン・ギルティ男爵の攻勢や圧力によりついには折れざるを得なくなり、課外授業で豚人オーク討伐が実行される運びとなってしまったのである。


 中学三年生となって使える魔法の数も増え、何度も課外授業を受けて経験を積んできたとは言え、まだまだひ弱な生徒たちが魔法職のみで魔物と戦うのは危険である。そのため、前衛を任せられる騎士中学の生徒たちと班を組み、授業に臨むのである。


 普段は現場の教師によってバランスを考慮して決められるはずの班であったが、今回ばかりは気合の入った校長を筆頭に、教頭などお偉方の意見も捻じ込まれる形となった。レヴィンはSクラス代表であり魔法中学校で最も目立つ生徒、ローラヴィズと同じ班になった。レヴィンとしても別に嫌な訳ではないし、彼女の性格も悪い訳ではないので思うところはない。むしろ彼女は良い女の子であったが、何となくマイペースなところがあり、前世では出会ったことのないタイプの人間であったため少々勝手が違う感じを抱いていたのだ。しかもレヴィンに対する評価がすこぶる高い。班の編成は引率教師を含めて約十一名。レヴィンは第一班に配属された。前衛五名、後衛五名、引率教師一名である。中には急成長を遂げた騎士のヴァイス、賢者ローラヴィズ、付与術士ノイマン、暗黒導士レイトらの名前があった。ちなみにノイマンはAクラス代表、レヴィンはBクラス代表、レイトはCクラス代表である。普通、クラス代表は成績優秀者が務める場合がほとんどである。要はローラヴィズに危険が及ばないような班決めになっているのだ。ただ一つ、レヴィンが代表になったのは、教師にとって想定外だったのかも知れないが。


 全二十班が同時に精霊の森と街道の境界に築かれた豚人オークの拠点に向け、進軍を開始した。かなり大きな拠点であり、他の班の姿は見えない。レヴィンたち、第一班が攻撃を受け持つことになったのは豚人オークの拠点の東側で街道と森林の境界付近であった。森へ足を踏み入れた第一班のメンバーはそろりそろりと豚人オークの拠点へと近づいて行った。拠点の状態は事前に調査されており、参加者全員に情報共有されている。しかし、実際に見ると聞くとでは大違いである。拠点には土塁が積まれ、柵と空堀が行く手を阻むように備えられていた。


「なんだよ。意外と守りは堅そうだな……」


 そう呟いたのはヴァイスであった。土塁の上には弓を持った豚人オークの姿が見える。その時、周囲に大きな鐘の音が鳴り響いた。攻撃開始の合図である。予定ではこれで各所から一斉攻撃を開始する手はずとなっていた。最初に前衛を務める生徒たちが空堀に入って急な傾斜を駆け上がろうとする。それに豚人たちは矢の雨で応えた。レヴィンにしてみれば予想通りの動きである。挨拶代りに風を操る暗黒魔法をぶっ放すレヴィン。



爆撃烈風ウインドボム



 圧縮された空気が次々と弾けて土塁の上にいた豚人たちを吹っ飛ばす。これで、しばしの間は攻撃される心配はなくなった。引率教師が突撃の指示を出している。前衛の五名が足場の悪い傾斜を上って行く。それを見て大変そうだと感じたレヴィンは別の魔法を発動した。



大地陥穽アース・ピトゥ



 レヴィンが目標にした場所を中心に周囲の土が消滅する。本来は大地に穴を開ける魔法なのだが、レヴィンは魔力を調整して盛り上がった部分のみの土を消して見せた。当然、その部分だけ傾斜が無くなり突破口が開かれた形となった。


「これで楽に侵入できんだろ」


 レヴィンの言葉を受けて一気に拠点内へと侵入しようとする五名の前衛たち。そこへ新たに駆けつけた豚人オークが五名と交戦状態へ入った。白兵戦に移ったからには流石に魔法は放てない。味方を巻き込んでしまう恐れがあるからだ。付与術士のノイマンが前衛たちに防御魔法をかけ始める。


 そこへ森の奥から突如、エアウルフの群れが現れた。エアウルフはFランクの魔物で小型の狼のような風体をしている。強い訳ではないが、群れると厄介な相手ではある。レヴィン、ローラヴィズ、レイトが中心となって攻撃魔法を放ってゆく。



空破斬刃エアロカッター

雷電ボルタ

凍結球弾フリーズショット



 レヴィンの魔法がエアウルフ二匹を斬り裂き、ローラヴィズの魔法が二匹を感電させ、レイトの魔法が三匹を氷漬けにする。レヴィンとしては一気に片づけても良かったのだが、それぞれの活躍の場を奪うつもりはなかったので無難な魔法を選んだのだ。あまりにもあっさりとエアウルフを仕留め終わる後衛の五名。レヴィンは今回の課外授業を楽しみにしていた。先日の教訓から慢心こそしていなかったが、それでもいざとなれば自分一人で全ての豚人オークを倒す自信があったし、何かあれば引率教師だっているのだ。そもそもこの班員で豚人オーク程度に後れを取るとは微塵も考えていない。


 遠くでも爆音が響いている。あちこちで派手な攻撃魔法が撃ち込まれているようである。レヴィンが前衛に目を向けると、ヴァイスたちの倍ほどはあろうかと言う巨躯を持つ豚人オークが前衛の五名に群がっていた。引率教師もそちらのフォローに行っている。レヴィンがローラヴィズと示し合わせて、援護に回ろうとした瞬間、大きな鬨の声が左手から上がった。見れば豚人オーク小鬼ゴブリンの集団が森の奥から湧き出るように出現したのだ。レヴィンの口から思わず舌打ちが漏れる。


 魔物の数はおよそ二十ほどであり、かつ間合いも近い。レヴィンは一旦、敵との距離を開けるため【爆撃烈風ウィンドボム】を発動しようとする。しかし、そこで信じられないものが目に飛び込んで来た。


 見覚えのあるもの――それは、ピコックの羽飾りを身に着けた小鬼ゴブリンたちの姿であった。


 僅かな逡巡と動揺がレヴィンの体をいましめる。ローラヴィズたちが魔法陣を展開する。それを見たレヴィンの焦燥が加速する。小鬼ゴブリンは群れると厄介だが個々の能力は決して高くはない。中学三年レベルの魔法を修めた班員たちからすれば接近さえ許さなければ、脅威にはならない。レヴィンは咄嗟に前に飛び出し、魔法の射線上へと割り込んだ。先頭の豚人オークに魔法を叩き込むと、武器を片手に迫り来る小鬼たちに小声で叫ぶ。


「ギズッ! メリッサッ! ジェダッ! 俺だ! 分からないのかッ!?」


 反応はない。


「レヴィンッ! 射線上に入らないでッ! 魔法が撃てないッ!」


 ローラヴィズから困惑の声が届くが、退く訳にもいかない。小鬼ゴブリンたちの突破を許せばせっかく出来た友人は間違いなく殺されてしまうだろう。だが敵には豚人オークもいる。こちらの突破を許す訳にもいかない。背後の仲間たちが脅威に晒されるからだ。接近を許した豚人オークの目を見たレヴィンを悪寒が襲う。どこか焦点の合っていない濁りきった目だ。その膂力から繰り出される剣撃を紙一重でかわし、脇腹を殴りつけると、小鬼ゴブリンたちへと向かう。


「くそッ! どうなってやがるッ!」


 とにかく魔法を使わずに小鬼ゴブリンを無力化しようと一体の小鬼の鳩尾に拳をぶち込む。次々と襲い掛かってくる小鬼たちの瞳を見てレヴィンに戦慄が走った。やはり濁ったような、自我の感じられない人形のような目をしていたのだ。



 これは――



 微かな疑念が今、確信に変わる。レヴィンの激情が怒髪天を衝いた。



「何てことしやがるッ! せっかくできたダチをこんな目に遭わせやがってッ!」



 この別働隊は間違いなく操られている。下手をしたら拠点の豚人オークさえも。そんなことが可能なのは恐らく魔物使いくらいのものだ。とは言え、今は犯人捜しをしている暇はない。そう判断したレヴィンは、前世で培った喧嘩術で小鬼ゴブリンたちを殺すことなく戦闘不能に追い込んでいく。拳や手刀を受けて昏倒する小鬼ゴブリンたち。



「こんなことをしやがったヤツにはきっちり落とし前をつけさせてやるッ!」



 レヴィンの怒りが加熱してゆく。とても許すことなどできない。ローラヴィズたちはレヴィンが小鬼ゴブリンの方へ向かったのを見て、豚人オークへ魔法の集中砲火を浴びせ掛けている。


「スマンッ!」


 レヴィンは謝りながらギズ、メリッサ、ジェダに拳を叩き込んで気絶させると、残っていた豚人オークの方へと視線を向けた。まだ全てを倒しきってはいないが、流石、成績優秀者ばかりが集まっただけあって魔力の練成から魔法発動までの時間は短く、豚人オークたちは悉く地獄へと送られている。地面は血に塗れ、無残な屍を晒しており、まさに死屍累々と言った様相を呈していた。それでも辛うじて生きている豚人オークは地面を這いずりながらにじり寄ってくる。それは異様な光景であった。更に豚人オークたちは、次から次へと予想を上回る速度でレヴィンたちに迫り来る。



空破斬刃エアロカッター



 レヴィンは一番近くにいた豚人オークの首を魔法ではね飛ばすと、その一瞬で更に距離を縮めて来た一体を迎え撃った。魔力を込めた右拳が豚人オークの腹へとめり込む。


 レヴィンの右手に衝撃が返ってくる。その一撃に豚人オークが胃液を吐き出しながらもレヴィンに向かって剣を振り下ろした。レヴィンはその濁った目を睨みつけながら洗練された動作でその一撃をかわす。ヴァイスたちがいない今、前衛になれるのはレヴィンしかいない。


「おせぇ!」


 自我を取り戻した頃から大きく成長していたレヴィンにとって豚人オークなど敵ではなかった。すかさず、魔力を込めた掌底をその顎に決めると、膝をついた豚人の背後に回り込んでその首をねじ切った。背後を見せたレヴィンに突っ込んでくる別の豚人オーク。剣を刺突の構えに持ち、迫り来るその目は、やはりどこか焦点の合っておらず濁りきっている。


「俺に接近戦で勝とうなんざ一億年早いんだよッ!」


 レヴィンの横を複数の魔法が飛んで行く。ローラヴィズたちが間合いを取って再度、攻撃を仕掛けたようだ。レヴィンは仲間の無事にホッとするも、目の前の敵から目を離さない。刺突を放ってきたその剣を両手を使って圧し折ると、軽くジャンプして豚人の両目に指を突っ込みつつ側面に回る。痛みからか、のた打ち回る豚人オークの膝に蹴りを喰らわすと、レヴィンは沈み込んだ巨体の首を魔力を込めた手刀ではね飛ばした。


「ローラッ! 前衛を援護するぞッ!」

「分かったわ!」


 豚人オークの大軍に圧倒的に押されていたヴァイスたちであったが、教師の援護もあってどうにか踏み止まっていた。拠点内にはまだ侵入できていない。レヴィンは魔物の多さに釈然としないものを感じるが、とにかく今は援護が必要だと判断する。各々、魔法陣を展開する後衛の四名。


「援護するッ!」


 援護に回ろうとレヴィンたち後衛組が拠点に駆け寄ったその時、朗々とした声が響いた。



眠神降臨ヒュプノス



 その瞬間、レヴィンの意識は暗転した。

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