第31話 レヴィン、行方不明になる

 集合時間はとうに過ぎていた。


「それで? 見つかったか?」


 シガント魔法中学校のSクラス担任であるエドワードが何度目かの質問をする。


「いえ……。第一班のみ、未だ行方不明です」

「第一班の引率教師はどうした? 確かネッツ先生だったな?」

「ネッツ先生も行方不明です……」


 もう太陽も随分と傾いてきたというのに、豚人オーク討伐本部では一体何が起こったのか未だ把握できていなかった。豚人オークの拠点は想定していたよりも堅く、陥落させるのに時間が掛かった。拠点の主である豚人王オークキングを倒したのは、Sクラスに在籍する大魔導士、イシュタル・フォン・ヴァールハイトであった。


「どうなっているのだ……」


 本部で全体を統括していたエドワードは、錯綜する情報に頭を悩ませていた。

 優秀な者を集めた第一班が豚人オークに殺されたと言う可能性は低いだろうし、実際彼らの死体は確認できなかった。もしかしたら豚人オークにさらわれたという可能性もある。しかし、引率教師を始めとする強者共が豚人オーク相手に不覚を取るとは思えない。エドワードは取り敢えず、待機させていた生徒たちを帰すことにした。それと同時に捜索隊の結成依頼をすることも忘れない。この討伐戦には貴族も多く参加しているのだ。豚人オークではなく人間に身代金目的で誘拐されたと言う可能性も否定できない。


「校長に事情を説明して、衛兵だけでなく、探求者ハンターギルドにも一応、捜索隊の依頼を出してください。それと生徒には箝口令かんこうれいを敷いてください」


「承知しました」


 教師三名は、残りの生徒たちを引き連れて王都へと戻って行った。

 それから一時間ほど経って、一人の教師がエドワードの下に駆けつけた。


「ネッツ先生が見つかりましたッ!」

「何ッ!? すぐに連れてきてくださいッ!」


 男がすぐに一人の若い男を連れてくる。その足取りは重く、他の教師に肩を借りて歩いている。エドワードはネッツを見るや否や、彼に駆け寄ると声を掛けた。


「ネッツ先生! ご無事でしたか……一体何があったのです?」

「申し訳ない……。いきなり眠りの魔法を受けてしまったようです。抵抗レジストできませんでした」


「魔法を受けた? となると相手は人間の可能性が高いということですね? だとすると誘拐か……?」


 魔物の中にも魔法を使う者は存在する。しかし、魔物が眠りの魔法を使ったと言う記憶などエドワードは持ち合わせていなかった。だが、今は思い込みを排除し、状況の把握に努める必要があると判断する。


「交戦時の状況は?」


 エドワードの問いにネッツが答えていく。

 まるで記憶の糸を手繰り寄せるかのように、彼はゆっくりと落ち着いて話している。


「レヴィンが作った侵入路に前衛組の五名が突撃を掛けました。それを後衛組が魔法でフォローしようとしたところへエアウルフの襲撃を受けたんです」


 ネッツはまだ頭がはっきりしないのか、時々額に手を当てて何とか思い出そうとしている。そしてゆっくりと状況を説明していく。口を挟む者はいない。



「後衛組でエアウルフを殲滅した後、前衛組の方に豚人オークの援軍が現れたので私がフォローに向かいました」


「そこへ森の奥から豚人オーク小鬼ゴブリンの別動隊が襲ってきたのです……。前衛と後衛は完全に分断されました」


「流石に私も焦ったのですが、杞憂に終わりました。レヴィンが中心となって別動隊を殲滅したんです。魔法を受けたのはその直後……だと思います」



 ネッツの説明が終わった。エドワードが腕組みをしてレヴィンについて考え始めた。


「レヴィンか……。活躍が目立つな。確か二年生までは覇気のない平凡な生徒だったように思うが……」


 他の教師も口々にレヴィンのことを話し始める。


「確か、クラス代表に立候補したと言う話でしたね」

「鑑定の写しを見ましたがレベルが凄く上がってましたよね。びっくりしましたよ」

「クライド先生。Bクラスでのレヴィンはどんな感じでしたか?」


 エドワードは、新学期になって一番レヴィンを見ているであろう担任のクライドに訪ねた。


「あーそうですね……。目が活き活きとしていました。代表に立候補した時と鑑定の時はそりゃあ驚きましたよ!」


 エドワードはレヴィンが【睡眠スリープ】の魔法でも使ったのかと考える。しかしレヴィンが味方を眠らせてどうするのかどうしても分からなかった。そもそも動機が見当たらないのだ。


「敵を眠らせようとして味方を眠らせてしまったのか?」


 そう呟きつつ、エドワードは自らの言を否定する。

 【睡眠スリープ】の魔法は極度の興奮状態にある相手には効果が薄いのである。


「他に何か気づいたことはありませんか?」


 ネッツは少し考え込むように口元に手をやると、何か思い出したかのように言った。


「うーん。豚人がいつもより強かったような……。いや気のせいか……?」

「襲われたのは担当の箇所で間違いないですか? 第一班は森の東側だったと思いますが……」

「間違いないですね。森と街道の境界付近です」


 エドワードは顎に手を当てて考え始めた。


「東の街道から荷馬車でどこかへ連れ去られた可能性も否定できないな……」


 魔物に捕まっていれば既に殺されていてもおかしくはない。人間に捕まったのであれば、まだ生かされている可能性もある。そう考えたエドワードは側の教師に捜索を打ち切る旨を伝え、捜索を行っている教師に戻るように伝えてくれと声をかけた。


「いくら精霊の森と言えど夜の森は危険です。捜索は打ち切って一旦王都へ戻りましょう」


 捜索を打ち切り、エドワードたちが王都に帰還したのは既に二十時を回った頃であった。彼は学校に寄った後、速やかに探求者ハンターギルドへと足を運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る