第29話 レヴィン、慢心する

 《無職ニートの団》に新メンバーを迎え入れたレヴィンたちは連携の確認も兼ねて、毎週、精霊の森へ訪れていた。


 遭遇した魔物との戦いが始まってレヴィンは生を実感していた。ヒリつくような緊張感、そして未知の領域へと踏み込んでいく高揚感。ゲームのように派手なレベルアップの通知などないが、一応この世界でも戦神ライオトの啓示と言う形で強くなっていることが実感できる。ここのところ毎週、レヴィンたちは依頼と狩りをこなしていた。春休み中、ほぼ毎日精霊の森へと通い、新学期が始まってからは休日のみの狩りだが、《無職ニートの団》のメンバーはかなり強くなった。これ以上のレベルアップは、精霊の森の魔物では見込めないかも知れない。


 レヴィンの職業は今、魔物使いである。獣使いレベル3の条件を満たしたので魔物使いに職業変更クラスチェンジすることが可能になったからだ。それに魔物使いの能力の一つである【種族進化】をギズたちに試してみたいと言うのが理由だ。彼らとはその後も何度も会って交流を深めている。【種族進化】を使ってみたい理由は、単純に仲良くなれたので、何かしてあげたいという気持ちが一つ。そして、彼らの進化を促せば、神の願いを叶えることにも一歩近づくのではないかという思いからである。


「最近なんだか機嫌が良いねッ!」


 アシリアも嬉しそうな顔をしている。


「そうだな。早く夏休みにならないか楽しみだ」

「楽しみ……」


 シーンも嬉しそうで何よりである。彼女も強くなった。と言うより、高位の魔法を使えるようになったと言うべきか。光魔導士の職業レベルは6、光魔法はレベル4の【神威治癒ハイヒール】まで扱える。アシリアもシーンも今のところは、特に問題なく魔法陣を描き出せるようだ。ちなみにレヴィンもシーンから魔法陣を教えてもらった上、職業点クラスポイントを消費して【神威治癒ハイヒール】を習得済みである。この魔法は小さな体の欠損程度なら再生してしまう高位魔法だ。


「それにしても、レヴィンはともかく、俺たちが黒魔の森グレイ・ニームで通用するのか?」

「そうだよな。俺なんて最近、仲間になったばかりだし」


 ダライアスとヴァイスがもっともな疑問を口にする。レヴィンの『世界最強』と言う目標は《無職ニートの団》のメンバーに周知してある。

 それに夏休みには黒魔の森グレイ・ニームへ向かうことも話し合い済みなのだ。


「大丈夫だよ。俺もフォローするし。それにローラもいるから問題ないだろ」


 その言葉に微妙に慢心が見え隠れしていることにレヴィンは気づかない。レヴィンはズンズンと精霊の森の奥に向って進んで行った。


「私も騎士ナイトとして多少は動けるようになったわ。でもまだまだね」


 ローラヴィズはそう謙遜して見せるが、彼女は剣でもその才能を遺憾なく発揮していた。職業は騎士ナイト副業サブクラスは賢者である。この世界の人間は主となる職業クラスに加え、副業サブクラスとして一つだけ他の職業の能力を扱うことができる。


 つまりローラヴィズは騎士ナイトでありながら賢者魔法――光魔法、暗黒魔法、付与魔法が使えると言うことだ。当然、騎士剣技も使える。ちなみに異世界人であるレヴィンはどんな職業クラスでも習得済みの能力は全て使えるので、それだけでもチートの部類ではある。一応、主職業メインクラスによって各パラメータに入る補正が異なるので完全に能力を引き出せると言う訳ではないのだが。


「でもローラさん忙しそうだけど大丈夫なのかな?」

「貴族と言ってもまだ学生だからね。問題はないわ」

「そうなんだねッ! なら良かったよ~」

「アシリアにしてはよく気付いたな!」

「もう、にしてはって余計だよッ!?」


 アシリアが頬を膨らませながらポカポカとレヴィンの腕を叩いてくる。ローラヴィズは微笑ましいものを見るかのような目でその様子を眺めている。レヴィンも「ふはは。可愛いやつめ」と心の中でアシリアを愛でていると、浮かれ気分に水を差す存在が現れた。


 体に鱗と羽毛を纏った恐竜のような外見の魔物が現れたのである。レヴィンは自分の中の記憶を全力で検索する。 


 それはスケイルディノ、Bランクの魔物であった。


「精霊の森にもBランクがいたのか!?」


 ヘルプ君に目を通しているので気付けたが、突然の強敵の登場にレヴィンも驚きを隠せない。



【ライススマッシュ!】



 いち早く動いたのはダライアスであった。近づいてきたスケイルディノに先制攻撃を喰らわせる。新米剣士しんまいけんし新米剣技しんまいけんぎだ。


 上段から振り下ろされた打ち込みが魔物の鱗を打ち砕かんと衝突した。しかし、堅い鱗に阻まれてあまりダメージが通っていないのかスケイルディノは平然としており、その表情はに変化は見られない。だが、攻撃を受けたことは理解したのだろう。その尻尾が唸りをあげてダライアスに迫る。避けきれず、まともに喰らった彼は5メートル程吹っ飛ばされる。その直後を狙ってヴァイスが騎士剣技を発動した。Bランクと聞いて出し惜しみは危険だと判断したのだろう。



断裂斬だんれつざん



 迅速な判断と動きであったが、ヴァイスの力不足なのか、硬質な岩石をも両断する剣技を持ってしてもスケイルディノにはさしたる痛痒を与えた様子はない。これはマズいと直感したレヴィンが風の刃を生み出した。ヴァイスが魔法の射線上から退避する。



空破斬刃エアロカッター



 目にも留まらぬ速度で三日月状の風の刃がスケイルディノの胴体へと肉迫する。が、全身を覆う鱗はそれをも軽く吹き散らす。


「マジか!? 硬過ぎんだろッ!?」


 レヴィンに衝撃が走る。力の宿った剣で防がれたことはあっても直撃を喰らってダメージが通らなかったことなどなかった。レヴィンは驚愕しつつも前に出ると、後衛組に指示を飛ばす。


「アシリアッ! シーンッ! 下がれッ!」


 アシリアがスケイルディノから距離を取りながらも魔法を放った。



茨縛鎖カスプバインド



 緑が茂る大地から茨の蔦が生えてきてスケイルディノの足を絡めとる。しかしそれも一瞬のこと。縛めは力任せに引き千切られてしまった。



光弓レイボウ



 レヴィンの言葉に応えて光の矢が何本も打ち出されるが、これもまた軽快なステップで余裕を持ってかわされる。それらの矢は木々に突き刺さり、バキバキという音を立てながらなぎ倒していく。まるで木々が悲鳴を上げているかのようだ。


 大きな体に似つかわしくない俊敏性にレヴィンは思わず舌打ちを鳴らす。魔法を脅威と捉えたのか、スケイルディノは一気に間合いを詰める。


 マズいと感じるも避けられない――


 レヴィンに迫るとその鉤爪が彼の左肩を抉った。鋭い痛みがレヴィンを襲う。なんとか腕を持って行かれることはなかったようだが、その激しい痛みがじわじわと集中力を奪ってゆき、呻くことしかできない。このままでは魔法が使えない。言葉すら出せない状況にレヴィンは唇を噛んだ。


「ハァッ!」


 レヴィンの背中を冷や汗が伝い動くことも儘ならない中、ローラヴィズの気合の声が響いたかと思うと、レヴィンの前に躍り出る。



【螺旋突き】



 もの凄い跳躍を見せたローラヴィズの騎士剣技がスケイルディノの目に刺突を放つ。流石に目まで硬いはずもない。その目から涙のように血をほとばしらせ、怒れる魔物が吠える。その雄叫びに大地は震え、木々がざわめいた。あまりの圧力に誰もが動けない中、シーンだけが魔法陣を展開した。



神威治癒ハイヒール



 柔らかな光がレヴィンを包み込む。その左肩の傷が時間が巻き戻されるが如く、見る見るうちに直ってゆく。痛みも消え、レヴィンは冷静さを取り戻した。レヴィンはすぐに魔法を放つ。



凍結球弾フリーズショット



 氷の弾丸が引き寄せられるようにスケイルディノに迫っていく。これも避けられそうになるが、着弾した氷がスケイルディノの右足を辛うじて地面に縫いとめる。そして素早く次の魔法を発動するレヴィン。



光弓レイボウ



 再度、放たれた光の矢が五月雨さみだれに降り注ぎ、スケイルディノの胴体に次々と風穴を開ける。流石にこの魔法には耐えられなかったようだ。体のあちこちから流血し、その巨躯を大地に横たえた。倒れた衝撃で地響きが起こるほどであった。


「危ねー……。しかし焦った……」


 こんなことでは、とてもじゃないが黒魔の森グレイ・ニームになど行けない。油断すれば高ランクの探求者ハンターですら命を落とす場所である。レヴィンは心の中で自分に活を入れ、その油断を消し去ろうとした。全員の無事を確認しようと周囲を見回すと皆、レヴィンの下へ集まりつつあった。シーンは吹っ飛ばされたダライアスにも回復魔法をかけている。彼はどうやら軽い怪我で済んだようだ。すぐに起き上がると、手を上げて無事をアピールしながらレヴィンの方にやってくる。


「強かったな……。剣技もほとんど効いた様子がなかった。なんて魔物なんだ?」

「スケイルディノだな。ランクBの魔物だ」

「黒魔の森にはあんなのがうようよいるのかよ……」


 ヴァイスは不安そうな表情をしている。普段は静かな笑みを湛え、負の感情をを表に出すことのないローラヴィズも心なしか動揺しているように見える。それでも毅然とした態度を保っている辺り流石は貴族である。


「課外授業でも遭遇したことのなかった魔物ね。驚いたわ」

「ああ、俺に慢心があった。まだだ……まだまだだ俺は」


 レヴィンは自身の油断と驕りを感じ取り反省した。今は一体だけで助かったと考えることにする。複数体いたらパーティが全滅していたかも知れないことを考えると、身が引き締まる思いがしてレヴィンは体を震わせた。レヴィンは《無職ニートの団》の団長なのだ。


 狩りを始めてから結構時間がたったように思われたので、六人は王都に引き上げることにした。スケイルディノの鱗は素材になるらしいので、比較的綺麗なものだけを回収した。帰り道でも散発的に魔物が襲ってきたが、しっかり対応することができた。


 今回の狩りは考えさせられることが多かった。レヴィンとしては久々に初心を思い出すことができて良かったように思う。王都へたどり着き城門を潜ると、ようやくホッと胸を撫で下ろすことができた気がした。


 レヴィンたちは探求者ギルドに寄って依頼の達成報告と素材の換金を行った後、解散した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る