第11話 レヴィン、神に呼び出される

「藤堂高志君、いやレヴィン君、久しぶりの天界へようこそ」


 突如掛けられた言葉に反応してレヴィンはハッとして周囲を見渡した。そこは家の中ではなく、前世で死んだ後に来たあの白い空間であった。レヴィンがようやくお呼びが掛かったかとニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。無職ニート実装のお知らせが来て以来、毎日欠かさず出し続けていたクレームがようやく届いたのだろう。レヴィンに話しかけてきた男は最初に会った自称神じしょうかみではなかった。ボサボサの黒髪にゲジゲジ眉毛、そして黒い瞳をした男である。


「ここは天界なのかい?」

「その通り。天界の会議室の一つだ。ちゃんと部屋のプレートは「使用中」にしてあるから誰にも邪魔はされないよ」


 ここが単なる会議室だと言われ、レヴィンは脱力感に襲われる。


「最近、君から苦情が毎日のように届いていると言われてね……。ちょっと聞いて来いと私がパシらされ、じゃなくて派遣されたと言う訳さ」


 レヴィンは今度の男はまともそうだと思いつつ、満面の笑顔を見せた。

 ただし、その目は笑っていない。


「いやーやっと祈りが通じたのか。毎日続けた甲斐があったなぁ。あははー」

「それで何の用だい? 創造神様のことかな? あの創造神様ちょっとアレだからね……」


 レヴィンの脳裏にはっきりとあの自称神じしょうかみの姿が蘇る。創造神と言うのは、最初にあった自称神のことだろう。どうやら本当に偉い神様だったらしい。確かに何かと苛立たされる男であったが、天界でも似たような感じに認識されているようだ。


「俺が聞きたいのは、無職ニートと加護の実装に何故、十五年近くもかかったのかってことだ」

「あーあのことかぁ……。いやね。職業神クラスしん様の担当が異動になったんだけど、固有職業こゆうクラスや新たな加護を実装するための手順書が残ってなくてね。どうやら引き継ぎが上手くいっていなかったらしいんだよ」


「ええ……」


 思ってもみなかった理由にレヴィンは愕然とする。


「新しい職業神様は今も日々の業務に悪戦苦闘しているみたいだよ。さっきも『コードが滅茶苦茶だ』ってボヤいてたよ。もしかしたらまた何か起こるかも知れないな」

「……それで無職と加護が実装されたって知らせを聞いて、実際に無職になってみたんだが、全然最強じゃないんだが? これがチートってヤツなのかい?」


「職業制度が実装された時の職業神様がかなりのゲーマーだったらしくてね……。その仕様についてはきっとゲームの影響を受けたんじゃないかな」

「適当過ぎるわ! 普通は何度も打ち合わせして意見をすり合わせた上で決めるんじゃねーのか? 仕様ってもんは」


「いやぁ本当に申し訳ない」


 パシリ神はちっとも悪びれた様子もなく謝った。


「まぁ、それはいい……ってよくはねーが。次だ次。俺の意識が十五年近くもレヴィンとして覚醒しなかったのは何故なんだ?」

「うーん。それがねー、レヴィン君に藤堂高志君の魂をインストールする作業が放置されていたんだね」


「おい……。振られた仕事はすぐに取り掛かるもんじゃねーの?」

「多分、皆忙しくてたらい回しになったんだろうねぇ……」


 平然と言ってのけるパシリ神にレヴィンは脱力感に襲われる。最早ツッコミを入れる気力すらないレヴィンである。


「記憶が曖昧なのは?」

「あーッとね。インストールが終了したはいいけど、次はデータベースのレヴィン君の記憶に関する部分が誤って削除されてしまったらしい。幸運なことにバックアップが見つかったから現在、復元リストア中と言う訳です」


「幸……運……?」


 レヴィンは思わず心の中で叫ぶ。データのバックアップは基本だろ!と。次々と明らかになる杜撰な業務体制にレヴィンは目が眩む思いがした。それからも色々なことを聞かされたが、どれもレヴィンの力でどうにかなる問題ではない。人間社会の縮図がそこには存在した。しばらく目の前のパシリ神と話している内に、彼の方もくだけてきた様子で何やらぶつくさと漏らし始めた。


「でさー俺も願いを叶えて神になった訳よ。でも待っていたのは全然面白い仕事じゃなくてパシリに使われる毎日……そりゃ新人だからってさー」


「なんか天地創造とかさ。そういうでかい仕事を期待してた訳よ。それなのに調整調整また調整……まわってくるのは地味な仕事、パシリ……」


「なんかもうあぁぁぁ!って感じよ? もう一回受肉化して地上に降臨したいわ……」


 よほど日頃の鬱憤がたまっていたのか、目の前のパシリ神は一方的に愚痴をこぼし続ける。レヴィンが口を挟む暇もない。そんな虚ろな目をしたパシリ神に同情の目を向けつつ、レヴィンは言った。


「ゲーマーの神が創っただけあって、ここはゲームのような世界だな。と言っても痒いところに手が届かない微妙な世界だ」

「やっぱしそう思う? そうなんだよなー俺が人間の時からそうだったもんなー。でもウチらが自らこの世界の進化・深化に手を貸すのは禁じられてるからさー」


「職業関係のシステムが微妙だな。装備できない武器は扱えないし、職業点クラスポイントで能力や魔法を習得するってーのもゲームっぽい。それに魔法なんかの習得に必要な職業点が多い割には戦闘で得られる職業点が少なすぎる。これじゃあ普通に生きてたら中々溜まらないだろ」

「そだねー。改変時にもっと細かいところまで詰めておけばこんな変わった世界になってなかったし、後で調整に追われることもなかっただろうに……。それと職業点クラスポイントねー。実は裏技があるんだよね」


「裏技? そんなのがあるのか!? まさにゲームだな……」

「まぁ職業点は魔法や騎士剣技なんかの能力を使えば、簡単に取得できるんだけどね」


 パシリ神が言ったのは当たり前の稼ぎ方だ。


「と言うと?」


 パシリ神は「これは職業神様から聞いた話だ」と前置きした上で、何故か声を潜めて言った。


「わざわざ戦闘の時に限定しなくてもいいってことさ。要するにどこでもいいからとにかく能力を発動すればいい。例えば魔法の空撃ちなんかが挙げられるね」

「マジか……。そりゃ良いことを聞いた」


「ふッ、秘密だよ?」


 喜色の笑みを浮かべるレヴィンにパシリ神は口に人差し指を当てる仕草をする。


「でも職業神が把握してるってことは、修正されたりしないのかい?」

「ないと思うよ。あのお方は裏技とか小ネタとか、バグ技とか大好きだから……」


「んじゃ、今から変えるってことはなさそうなんだな?」

「裏技はね? でも他の部分については分からないよ?」


 レヴィンは、もし変更するなら大規模なアップデートになるだろうなと考える。


「こっそり直したい部分も個人的にはあるんだけど、まだ俺に権限はないんだよね」

 

 その後も愚痴は延々と続き、レヴィンの体感で一、二時間経ったのでは?と思っていた頃。


「この世界、職業変更クラスチェンジが簡単にできるのって転生者だけなのかい?」

「自分で職業変更クラスチェンジできるのは転生者だけだねぇ。まぁー普通は転職士にお願いしなきゃいけない。異世界人は自由に職業変更クラスチェンジできるけどバレたら厄介だよね」


「そうなんだよ。学校では毎年、鑑定されるらしいしな。まぁ今年で最後だけど。なんとか他の職業クラスや能力のことを隠せないもんかな?」


 レヴィンに限らず異世界の住人は、所謂、ステータス的な情報を参照することができる。ステータスと言っても攻撃力や素早さなどが数値化されて見えるのではなく、あくまで基本的な情報や職業レベルなどが見えるだけなのだが。ちなみに異世界人は現在、職業変更可能な職業やその条件、習得可能な能力一覧など多くの情報を知ることができる。


「それくらいだったらこっそりいじってあげようか? 偽装のソフ、じゃなくて調整してさ」

「え!? いいのかい!?」


 願ってもない提案にレヴィンの表情がパァッと明るくなる。


「いいよいいよ。愚痴に付き合ってくれたお礼だよ。んーと、じゃあ鑑定された場合に表示される情報を偽装できる感じの魔法にしておこう」

「おお。ありがとうございます!」


「うん。【状態偽装フォルス】って言う魔法を創って覚えさせておくよ。魔法神の先輩と仲良くしてもらってるし」


 これで春休み中に職業変更して暗黒導士以外の職業レベルも上げられるのだ。レヴィンは自然に表情が緩むのを感じていた。前世ではクレームなどつけたことのなかったレヴィンであったが、クレームを出してみるのも案外悪くない結果を生むものだと考えを改める。


「じゃあ、愚痴を聞いてくれてありがとうね。元気でやんなよー」


 その言葉を最後にレヴィンの意識は現実に引き戻された。ベッドの上で身を起こしたレヴィンは、パシリ神とのやり取りを思い出し、すぐにメモ帳に聞いたことを書き込んだ。気疲れからか喉の渇きを覚えて土間の方へと足を向ける。家の中はまだ暗い。水瓶の中から水をすくって一気に飲み干すとすぐに自室に戻った。そしてパシリ神との出会いが夢ではないことを祈りつつ、レヴィンは再びベッドに潜り込んだ。

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