第12話 レヴィン、大いに憤る

 レヴィンが神にクレームを入れて、パシリ神から意外な事実を教えられた日の午前中のことである。


 レヴィンは目を閉じて眉間に皺を寄せていた。ことの真相が明らかになった今でも、『あの時』のことを思い出すと本当に腹が立ってくる。


 ここはアウステリア王国と言う国の王都ヴィエナ。レヴィンが暮らす国だ。この日、レヴィンは幼馴染の少女アシリアと、その友人であるシーンと共にカフェで交流を深めようとしていた。


 『あの時』と言うのは、藤堂高志が『レヴィン』と言う名の少年として覚醒した時のことだ。パシリ神に聞いて異世界転生の舞台裏を把握したレヴィンであったが、やはり腹は立つものだ。真っ白な空間の中で、あの胡散臭げな自称神じしょうかみは、確かに異世界『転生』と言ったはずだ。そして記憶はそのままだとも言っていた。であれば、生まれた瞬間から藤堂高志としての記憶と自我を持って『レヴィン』としての新たな人生がスタートするはずだったのである。しかしそうはならなかった。


「放置だと? 復元中だと? 適当過ぎんだろ……」


 レヴィンは自我を取り戻した時のことを思い出す。

 高志が目を覚ましたのは、自宅の殺風景な部屋のベッドの上であった。

 取り敢えず、自分が赤子ではないと理解した高志は、すぐさま状況の把握に全力を向けた。自室を片っ端から調べ、更に家族から怪しまれない程度に聞き取りを行った。そして判明したのは、自分がレヴィンと言う名前で歳は十四の男であり現在、シガント魔法中学校に通う二年生――間もなく新三年生になると言うことであった。


 家族構成は、父、母、妹で薬屋を営んでいる。両親は昔、探求者ハンターだったらしく父グレンは魔導具士、母リリナは狩人だと言う。黒髪で茶色がかった黒い瞳。顔にはどこか前世の面影があり、特に不満はなかったが、髪がボサボサなせいで少し暗い印象を受けた。まるでゲームや漫画のモブキャラのような容姿である。この世界にも鏡があって本当に良かったとレヴィンは思った。最強を目指すにはまず見た目から。レヴィンは即行で清潔感のある短髪に変えた。『レヴィン』は小学校、中学校の成績は平均的。まさに並の能力を持つ平凡な学生であった。しかも成績表の記録を見るに、あまり目立つタイプではなく、何事も波風立てず無難にこなそうとするタイプの人間であるらしい。つまり影が薄く、消極的で受動的、そして凡庸とまさに日陰者であった。


 更に学校では毎年、国お抱えの鑑定士による能力鑑定が行われているらしいのだが、中学二年時の結果はレベル6の暗黒導士で、覚えている魔法は学校で習うものだけと言う始末であった。ちなみに加護は文字化けしており、判読不能だったようだ。その時は加護など実装されていなかったのだから当然と言えば当然である。覚醒したレヴィンの行動は速かった。魔法のことをヘルプ君を呼び出して聞き、教科書を確認した後、更に王立図書館に通い詰めて片っ端から魔法書などを読み込んだので多少は状況が理解できた。学校以外でも習得できる魔法はいくつも存在するのだ。


「インストール前のレヴィンにはダミーのエントリー○ラグでも入ってたのか?」


 この事実を思い出す度に、どうしてこうなったのかとレヴィンは怒りに襲われる。生まれた時から高志としての自我があったなら、レヴィンの十四年間はもっと有意義なものとなっていただろう。あの自称神が言っていた通り、職業クラスレベルが上がれば職業変更クラスチェンジできる種類が増えていき、更に様々な職業になって条件を満たせば、可能性はどんどん広がっていたはずなのである。ダミーレヴィンは、ずっと暗黒導士のみでレベルアップしてきたため、能力――ゲームで言うパラメータも恐らく魔力以外は突出したものがないだろう。また現在、職業変更可能な職業は基本職業に加えて、時空導士だけと言う悲惨さだ。ただ、魔物との戦闘などで得られる職業点クラスポイントは、暗黒導士の経験しかないため、少しは溜まってはいた。職業ごとの熟練度を表す職業レベルはそれなりに上がっている。現在は暗黒導士レベル4である。魔法は職業レベルによって使える種類が決まっている。つまりレヴィンはレベル4までに分類される魔法を扱えるのだ。もちろん魔法陣を知り、習得済みの魔法に限られている。各職業が持つ能力や魔法は職業点を消費して習得していく必要があるので、現在、暗黒導士の職業点が僅かに残っている以外は当然ゼロだ。


 だが、考えを巡らせていく内にレヴィンは少し冷静になった。毎年鑑定されるのなら、下手に色々な職業や能力を習得していないのは、別に悪いことではないかも知れない。痛くもない腹を探られるのは避けたいところである。しかし、何か抜け道があったかも知れないのだ。実際、パシリ神はステータスを偽装する魔法を実装してくれると言う。これで春休みに他の職業レベルを上げても今年の鑑定で騒ぎになることもないだろう。それを考えると、空白の十四年間はあまりにも惜しい。こんな葛藤がレヴィンの中で何度も繰り返し行われていた。


「あー、だけどこう言う結果になった今だからこそ言えることなんだよなー」


 そう頭を掻きむしりながらレヴィンは言う。

 レヴィンは思考のループにハマり込んでいた。


「……ン! ……ヴィンってば! ねぇ聞いてるのレヴィン!」


 その声にレヴィンはハッと俯いていた顔を上げる。


「ん? アシリアどうした?」

「え~、急に黙り込んでぶつぶつ何か呟いてるからどうしたのかと思って……」

「えっと悪い悪い。俺から誘っておいてゴメンな」


 現在は春休み中である。十四年間の記憶が曖昧なので、友人がいるかも不明な中、幼馴染がいてくれたのは大きいとレヴィンは考えていた。彼女の協力も得て過去を取り戻すべく、レヴィンは『中学三年デビュー計画』を発動したのだ。自我を取り戻したレヴィンは短時間で状況を把握し、カルマへの護衛任務を受ける前にアシリアに協力を要請していた。

 

 強くなるために一緒に探求者ハンターのパーティを組もうと誘ったり、異世界での生活が充実したものになるように中学校生活のアシストを頼んだりした。彼女は快く協力してくれることとなった。彼女がいなかったら、初っ端から過酷な異世界生活になっていたかも知れない。彼女に光魔導士のシーンを改めて紹介してもらい、今日に至ると言う訳である。ちなみにアシリアには、何故か記憶が曖昧だと言うことは打ち明けてある。


「レヴィンが急に誘うからあたしびっくりしちゃった!」

「どうして私も……?」

「いやな、今までの俺は俺じゃないって言うか……。まぁこれから新しい自分として生きていこうって決めたんだよ」

「新しい自分? なぁに? 宗教か何かみた~い!」

「……哲学」


 アシリアの少し甘ったるい笑い声がレヴィンの耳をくすぐる。

 シーンは何か勝手に悟っているようで、どこか納得顔をしてうんうんと頷いている。


「それにパーティの仲間だ。俺がアシリアとシーンを誘うのに理由はいらないだろ?」


 レヴィンの言葉に二人は納得の笑顔を見せる。それを見てレヴィンの心はとてつもなく癒された。今なら自称神の狼藉も我慢できそうなほどだ。


「後、アシリアは付与術士でシーンは光魔導士だろ? 魔法陣を教えて欲しいと思ってさ」

「あたしはいいよ~。」

「他の職業の魔法陣を覚えても無駄……何故?」


 この国は職業変更クラスチェンジが禁止されている。いや、禁止と言うより管理と言った方が分かりやすいかも知れない。明確な理由は分からないが、恐らくは国民に力をつけさせ過ぎないようにするためだろうとレヴィンは考えている。


「もちろん、俺が強くなるためだよ」

「……?」


 シーンはレヴィンの回答には納得していないようだが、レヴィンは今はまだ秘密を打ち明けるつもりはなかった。別にこの世界にいるはずの他の異世界人との接触は恐れていない。それでもまだ仲間に全てを話すには時期尚早であると思っていた。


「お~! レヴィンが燃えてるよッ!」

「熱血……」

「後は計画通り、俺たちで探求者のパーティを組む。そして世界最強を目指そう!」


 聞けば二人共、十二歳の時に探求者の登録だけは済ませているらしい。

 と言っても、魔物との戦闘は中学校の課外授業でしか経験がないようだ。どうやら騎士中学校と魔法中学校が合同で、生徒たちに魔物との戦闘経験を積ませているようなのだ。


「わわッ! 前に言ってた通りやっぱりパーティ組むんだねッ! シーンを誘った甲斐があったよ~!」

「でも……三人共魔導士……」

「前衛を任せられるのはヤツしかいない。ダライアスだッ!」


 以前、アシリアとレヴィンの交友関係について話していた時、彼女がダラ何とか君と口走ったお陰で思い出した内の一人がダライアスである。


「小学校の同級生……? 今は……?」


 シーンも彼のことは何となく覚えている様子だ。レヴィンはそう言いながら心の中で彼の名前を連呼していると、段々と思い出してくるのが分かる。やはり少しずつではあるが、記憶は戻ってきているようだ。これからも何かをきっかけに思い出すこともあるかも知れない。パシリ神は記憶を復元中だと言っていたし、その内記憶も戻るだろうとレヴィンは楽観視していた。自分の力が及ばないところにある問題に頭を悩ませても意味などない。ダライアス――農民の家に育った同い年の少年で小学生の時の親友だ。レヴィンの記憶が確かならば将来、探求者になる約束したはずである。


「確か今は家の手伝いをしてたはず。直ちに勧誘に行くぞッ!」

「お~!」

「……」


 レヴィンの意気込みに応えてアシリアは右手を大きく掲げた。シーンも少し恥ずかしそうにそれに倣っている。レヴィンはそれを見て、またしてもほんわかと癒されていた。

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