第9話 レヴィン、カルマを歩き回る

「おはようございます。なんか良い依頼ありますか?」


「おう。レヴィンじゃねーか。んーそうだな」


 彼の隣ではイーリスが暇そうに探求者ハンタータグを右手でもてあそんでいた。レヴィンの見た感じ、そのタグはミスリル製ではなさそうだ。ミスリルのタグはBランクの証だ。レヴィンは微かな違和感を覚えたが、まぁいいかと掲示板に目を戻す。イザークは依頼書の中からいくつか見つくろってくれていた。


「お前だとこんなもんか?」


 どうやらランクの手頃な魔物を選んでくれたようだが、提示された依頼書を見てレヴィンは驚いた。どれも魔物のランクが高いものばかりだったのだ。ランクBやCがある辺り、イザークに過大評価されているのかも知れない。


「ちょっとちょっと? 僕はEランクなんですけど?」

「そうか? お前さんならいけそうだがな」


 確かにどの魔物もそこまで硬くなさそうなので【空破斬刃エアロカッター】で倒せるかも知れない。それに依頼者が違うだけで同じような依頼が大量にあるようだ。やはり依頼の取り合いにはなることは少ないだろう。しかし、黒魔の森グレイ・ニームのどこにどの種類の魔物が生息しているかなどは経験がものを言うだろうなとレヴィンは思う。最初は森の下見が必要かも知れない。今回は父との約束で黒魔の森グレイ・ニームには入らないと決めている。レヴィンは王都までの護衛依頼を探した後、装備品を買ってとっとと帰ることにした。


 しばらく依頼書と睨めっこした結果、カルマ―王都間の護衛依頼を受けることに決める。タイミング的に丁度良い依頼があったのでレヴィンとしてもありがたいところだ。イザークとイーリスにお礼と別れの挨拶をして受付嬢の下へ向かう。

 しばらく並んで自分の順番が来ると、レヴィンは依頼番号を伝えて探求者タグを手渡した。


「事前説明があるみたいだから今日の十五時に会議室Dに来てね」


 出発は明日の朝九時だったので、レヴィンは一旦、宿屋のイシマツ屋に戻ると、もう一泊することを伝えた。幸いまだ空室があったので、すぐに押さえてもらうと、レヴィンは部屋に荷物をおいて散策に出かけることにした。


 この街は特殊であった。アウステリア王国の街は城壁で囲まれており、その内側に畑や牧場の風景が見られる。しかし、黒魔の森に面しており頻繁に魔物の襲来があるこの街は、常に危険と隣り合わせの状態だ。そのため、街全体を囲む城壁が三つも存在する。リラ麦などの食糧はほぼ国内外からの輸送に頼っているらしい。獣の肉などは日々、かなりの量が狩られているので大半は賄えているようだ。ちなみに魔物と獣の違いは魔核があるか否かである。


 カルマの街には防衛施設と人、物、金が動く施設が集まっていた。レヴィンはこの街を実際に歩いてみて改めてその大きさに驚かされた。下手をすると王都よりも大きいかも知れない。街の中心には領主の館があり、探求者ギルドや商人ギルド、商家・商店が軒を連ねている。ちなみに領主の館は防衛に向いた砦のような構造になっている。王国の東端と言うことで対人にも対魔物にも気を使われているのだろう。


 大通りには宿屋や飲食店、バー、カフェなどが建ち並んでいる。東の城門付近は小さいながらも農業区画が存在し、野菜類の栽培が行われているようだ。他にも、定番と安心の武器屋、防具屋、魔導屋、薬屋などがあることは確認済みである。流石にどの店も素材が毎日供給されるだけあって品揃えは豊富であった。レヴィンはアシリアたち、未来のパーティメンバーのための装備を今日中に買っておこうと考えていた。


 裏通りに入ると、予測していた通り風俗店が軒を連ねていた。この規模の街なら当然だろうが、軒数はかなり多い。少し脇道に入ると今度は奴隷屋が何軒か並んでいた。立派な看板を掲げている。メルディナでもしたように受付で情報収集してみることにして入口をくぐると強面の兄ちゃんが受付をしていた。


「んだよ。この手の店は受付が強面だって法律で決まってんのか?」


 この街は主に戦闘奴隷が取引されているらしい。アウステリア王国では労働奴隷は北へ、戦闘奴隷は東へ集まると意外と親切に教えてくれた。正午を過ぎた頃、南の方へ足を運んでみると、大きな建物が何軒も建ち並んでいるのが見えた。なんの建物だろうかと近づいてみると、入口らしき場所には衛兵が退屈そうに見張りをしている。彼らに確認したところ、魔核関連の研究所の区画だそうだ。国家機密なのか、厳重な警備の下、一般人の立ち入りは禁止されているらしい。

 

 特にやるべきことも見当たらなくなったので、再度武器屋へ足を運ぶレヴィン。アシリアたちのために装備を揃えるべく店内をうろつく。これで彼女以外仲間にならないのは勘弁な、とレヴィンは心の中で呟いた。豚人王オークキング鬼王オーガキングから分捕ったミスリルソードと正体不明の剣は自分用に取っておくとして、他の装備をどうするかレヴィンは考え出した。新米剣士しんまいけんしのダライアスには剣、付与術士のアシリアはロッド、光魔導士のシーンにはワンドがと言ったところか。ヘルプ君によれば新米剣士は剣、短剣、ナイフが装備可能とあった。迷ったが価格と相談して、ヴァルファングという牙で出来た剣を購入した。ヘイムギガースという魔物の牙で出来ており、魔物の血を吸ってその力を大きく向上させるらしい。価格は金貨ニ枚したが先行投資だと思うことにした。


 次は魔導屋へと向かう。目的はアシリアとシーン用の装備だ。付与術士のアシリアはロッド、ナイフ、ダガーが、光魔導士のシーンは杖、ナイフ、棍の装備が可能だ。いきなり接近戦をさせる訳にもいかないと考えたレヴィンは、付与効果のあるロッドと杖を購入することに決める。はっきり言ってどれも同じに見えたのだが、店員お薦めの物を購入した。選んだのは、魔力強化の効果があるケレナロッドと神聖魔法・光魔法強化の効果がある聖者の杖だ。シーン用の杖は、初心者が装備するには贅沢なものである。最後に防具屋へ向かう。ダライアスにはチェインプレイトとマント、アシリアにはツインリザードの皮の軽装鎧とマント、シーンには聖者のローブを購入した。有り金の多くを装備の購入資金に充てたが、魔核の収入が予想以上であったため、まだ若干の余裕はある。ただ持ち帰るのだけは大変そうだと少し憂鬱になってしまう。


 ここで店の時計を確認すると十四時前だったので、少し早いが店を出て探求者ギルドに向うことにした。到着したレヴィンは、打ち合わせのある会議室ではなく資料室へと向かう。こういう場所には意外と馬鹿にならない情報が眠っているものだ、と言うのがレヴィンの持論である。十五時まではそれほど時間もないが、レヴィンはひたすら資料を漁って片っ端から見てまわった。最初に見つけたのは、暗黒魔法レベル5の魔法である【光弓レイボウ】の魔法陣が添付された依頼報告書であった。すぐに溜まっていた職業点クラスポイントを消費して【光弓レイボウ】を習得する。後は魔法陣を描けるようになるだけだ。更に資料を物色していると、面白そうな書類を見つけた。


「ん? 迷宮創士ダンジョンクリエイター?」


 その依頼報告書は迷宮創士ダンジョンクリエイターの相談依頼であった。結構最近の依頼であるが、問題は解決できず依頼は失敗扱いとなってしまったようだ。場所や依頼人の名前を持ち歩いているメモ帳に記入しておく。それにしても珍しい職業クラスである。もっとヘルプ君を確認して頭に入れておく必要があるだろう。その報告書を棚に戻すと、再び物色を始めるが、これ以上大した資料は見つけられなかった。


 今日は運が良い。何より新魔法を発見できたのが大きい。恐らくこの魔法は学校では習わないものだ。十五時少し前になったのでレヴィンはホクホク顔で 指定されていた会議室へと入る。依頼は情報の通り、素材の輸送隊の護衛任務であった。


 こうしてカルマでの長い一日は終わった。

 レヴィンは、他の護衛メンバーや輸送隊と共に翌日の八時にカルマの街を出発したのであった。

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