🐢 浦島太郎(3)夢の竜宮城暮らし
出入り口に数人の人影が見え、そのうちの一人が中に入ってきた。
目はほとんど黒目だけで、やはりどことなく人間離れしている。
物々しいなりの割には、背丈が太郎よりはるかに低いので、あまり威圧感は感じられない。
<おいでなすったな。こいはさしずめ、与力か同心といったところだろう>
「お前は浦島太郎だな? 本官は、竜宮警察 刑事部 捜査第一課 管理官の
ずいぶん権高な物言いだ。
「けいさつ? それは、お奉行所のようなところですかね?」
「言うまでもない。実は、鍋太郎殺害および遺体領得・損壊・遺棄の容疑で、お前を逮捕したのだが、証拠不十分で不起訴となったのだ」
「タイホとおっしゃいますと?」
「何も知らん奴だな。逮捕とは、召し捕るということだ」
「えー。俺は召し捕られていたんですか!」
「そうだ。逮捕されて竜宮城に連行されたのだ。ただ、我らは手荒なことは好まんのでな。穏便に事を運んだというわけだ」
「それで、俺に掛けられた疑いは、晴れたんですかぃ?」
「一応はな。しかし、一点の曇りもなく晴れたというわけでもない。捜査を委託した
<おお、でかしたぞ、おトラ! 帰ったら、
「それでも捜査班は、糞壺内部に残留していた
「はぁ。ということは、俺は地上に戻れるんですね?」
「そうだ。しかし、『城中並びに来城者
「へい、分かりやした」
「では、お城に戻るから、付いて参れ」
太郎が外に出ようとすると、
「疑いが晴れてよかったのう、太郎様」
「俺を
「うんにゃ。オメエ様がこの
「さっき、それは嘘だと抜かしたじゃねぇか」
「嘘と言ったのは噓じゃった」
「テメエ、俺を馬鹿にする気か!」
すると、お婆の後ろから宇津美がヒョッコリと顔を出した。
「太郎おじちゃん、ありがとう」
そう言われては、太郎も怒るわけにはいかない。
「お、宇津美か。よしよし。そうだ、今度、お城から菓子でも持ってきてやるよ」
「ヤッター」
「じゃ、またな」
太郎は伊勢管理官や数人の警官に付き添われて、竜宮城御浜曲輪に向かった。いずれ拝謁する乙姫のことが気になっていた太郎は、道々、伊勢管理官に探りを入れてみた。
「乙姫様とは、いったいどんなお方なんですかぃ?」
「竜宮城の
「え? 尻子玉を抜かれる? するってぇと、乙姫様は
太郎がそう言った途端、伊勢管理官は立ち止まり、太郎の方を向いた。甲冑全体がたちまち、海老茶色から
「おい、浦島! 恐れ多くも乙姫様を、河童呼ばわりするとは何事か! その所業、『城中並びに来城者諸法度』第1章第5条第1項に規定せらるる不敬罪に該当することは、明々白々である。本官は、即決裁判を行う権限を持っておる。ゆえに我が職権により、お前に死罪を申しつけるものなり! 直ちに執行するから、そこに跪いて首を前に出せ。者ども、こ奴が逃げぬよう、取り囲め!」
「げっ! 乙姫様を
太郎は、その場で土下座して、額を地面に擦り付けた。
「いや、ならぬ。これを見逃したとあっては、本官が釜茹でにされるのだ」
伊勢管理官は、腰の長刀を抜き放った。
とその時、一人の男が通りかかった。着流しに編み笠を被っている。
その姿を見た伊勢管理官は、刀の切っ先をおろし、頭を下げた。他の警官らは、いっせいに地面に平伏した。
伊勢管理官に近付いてきたその男を、太郎が下から見上げると、編み笠の下の顔は赤黒く、蛸の足に似た顎髭を生やしている。
「おぅ、伊勢じゃねぇか。盗っ人でも捕えたのか?」
「これは、お
「ん? 浦島とな……? 鍋太郎殺しの容疑者じゃな? 確か、証拠不十分で不起訴になったはずじゃが」
「そのとおりでござります。しかしながら、こ奴め。不届き千万にも、乙姫様を河童呼ばわりしたのでござります」
伊勢管理官は、ことの次第を「お頭」に説明した。
「ふーん、そうかい」
お頭は、まじまじと太郎を眺めた。
「おい、浦島。このお方を、どなたと心得る。このお方はな、竜宮警察長官、
「ははー」
太郎は
「苦しゅうない。面を上げよ。ふーむ、浦島。お前、だいぶ痩せ細っておるな。地上では、食うのに困っておったのか?」
「へぇ。不漁続きで、畑の出来もよくございません。腹一杯食ったのがいつだったか、忘れちまいました」
「それは難儀な事よのぅ」
思いがけず、優しい言葉が返ってきた。
「それで、背に腹は代えられず、鍋太郎を料理して食ったのじゃな?」
太郎は、
「い、いえ。俺は食っておりません」
<危ねぇ、危ねぇ。この蛸野郎、油断できねぇぞ>
「そうか……。伊勢。おヌシの下した死罪判決は、
「はは! 承知いたしました」
「浦島よ。お亀は料理上手じゃから、旨い物を拵えるだろうよ。せいぜいたくさん食べて、養生する事じゃな。乙姫様拝謁までに、体にもっと肉を付けておけよ」
「へぇ、もったいねぇお言葉でございます」
御浜曲輪に到着し、亀の部屋で亀と二人きりになった途端、亀が
「太郎様! 黙ってお逃げになるとは、あまりに
お亀は、泣き腫らしたような、あるいは海亀のような腫れぼったい目をしており、今も涙が
「済まなかった。謝るよ、お亀。そろそろ地上に戻りたくなってな」
「これもすべて、私の至らなさからでございます。さ、隣の間にお布団が延べてありますゆえ、参りましょう」
亀は太郎の手を引いて、隣の部屋に導いた。
「おいおい。ちょっと待てよ」
「待てませぬ、太郎様」
お亀は薄物の着物をサラリと脱ぐと、太郎の着衣も全部剥ぎ取ってしまった。
改めて亀を見ると、肌は象牙のように白くて滑らかだ。
お亀に口を吸われながら
それから、お亀は次々と秘術を繰り出してきた。
<何という気持ち良さだ! お亀の奴、人間離れした
いや、もう一つ。お亀の尻が太郎の鼻先に来た時、尻の穴の上に亀の
太郎が一度果てても、お亀は離してくれなかった。お亀の攻めは夜を徹して、延々と続いた。もはや、太郎はお亀のなすがままだった。
よほどお亀の技巧が優れているのか、太郎が何回果てようが、お亀の手にかかると、すぐに
<こ、こんなことは、生まれて初めてだ。お亀に比べれば、おトラなんて、犬の
そのうち太郎は精根尽き果てて、深い眠りに落ちた。
「太郎様、朝でございますよ」
お亀の声で目が覚めた。
「なに、朝か」
しかし、廊下に面した欄間から朝の光は差しておらず、暗いままだった。
「外はまだ暗いようだな」
「はい。竜宮城は海の底深くにありますので、陽の光はほとんど届きません。日中とて、心持ち明るくなるくらいです。隣に、
太郎は、膳の前に座った。
料理は美しく盛り付けられていたが、魚や
「たんと召し上がって、精を付けてくださいましね。特に、
亀は恥ずかし気に視線を落とした。
「お亀、オメエ、どこかの遊郭にでもいたのか? その……、あんまり床上手だからよ」
「遊郭でございますか? いえ、竜宮城には、そのようなものございません。もしかして太郎様は、私のことをお嫌いではないのですね?」
「お嫌いどころか、俺ぁ、オメエに惚れちまったよ。お、そうだ! 今夜は俺がオメエをたっぷり可愛がってやるよ。大事なところ、よく洗っておくんだぞ」
「嫌な太郎様! なれど、私を好きになってはなりませぬ」
「そりゃぁ、なんでだ?」
「乙姫様は、とても嫉妬深いお方だと聞いておりますゆえ……」
お亀の顔に、少しばかり影が差した。
「ほう。よく分からねぇんだが、乙姫様っていうのはいったい何者だ?」
「竜宮城の主にして、七つの海を統べる、偉大なお方と聞いております。私は本丸御殿でのお勤めの経験がございませんので、お目にかかったことはないのです」
「たいそうなお方だな。しかし、病に
「いえ、ここだけの話ですが……」
お亀は声を潜めた。
「ご
「へえ、そうなのか」
「ご出産が済めば、太郎様の拝謁も
「俺ぁ、拝謁なんていいから、ずっとお前と暮らしたいよ。ふぁー」
昨夜は夜通しお亀に攻められていたためか、生あくびが出た。
「あらあら。夜までひと眠りなさいませ」
こうして、太郎の竜宮城生活は、夜を徹したお亀との睦み合い、朝寝と昼寝、一日二度の豪華な食事の繰り返しとなった。
夜以外は体を動かすことなく美食に明け暮れたから、太郎は丸々と太っていった。
《続く》
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