🍑 桃太郎(1)桃太郎は大勢いた!

 ある日、おばあさんは洗濯をしに川に行った。

<まったくおじいさんときたら、粗相そそうばかりしてるんじゃから――>

 お婆さんは、ウンザリした気持ちを露骨に顔に出して、洗濯をし始めた。


 お爺さんは、だいぶ前から小便しょうべんをチビるようになっていたのだ。そればかりではない。最近はふんどしにウンコが付いていることもある。

 二人は貧乏だったから、新しい褌なんて滅多に買えない。だから、お爺さんの褌は、煮染にしめたような色をしていた。


<お爺さんにも、そろそろお迎えが来るんかねぇ。お爺さんがおっんだら、どうしよう。そうだ! 田吾作たごさくの家に転がり込みゃいいやね>

 田吾作は村外れに一人で住んでいる老人である。


<男やもめにウジがくってね。あの爺さん、きっとウジだらけだよ。でも、にわとりを飼ってるから、喰うには困らないだろうね。このあいだ、村はずれですれ違った時、このばばに色目を使いよって>


 お婆さんが一人でニンマリしていると、川の上流から何か丸くて白っぽい物が、ドンブラコドンブラコと流れてきた。

 その物体は、お婆さんがいた川岸の前のよどみで動きを止めた。お婆さんがそれを手で拾い上げると、何やらずっしりと重い。


<こ、これは! 桃ではないか。だども、ずいぶんでっけえ桃だな>

 その桃は色付きがよく、まるで赤ちゃんのお尻のようであった。


<誰かに見られる前に、家に持ち帰るべぇ>

 お婆さんは洗濯を中断すると、桃を洗濯物かごに入れ、上にお爺さんの褌をかぶせて桃を隠した。そして、周りをキョロキョロうかがいながら、自宅に向かった。


 自宅に戻るとお婆さんは、粗末な神棚の前に桃を置いた。

<こりゃぁ、食べでがあるわな。これだけありゃ、食い意地が張っているお爺さんと奪い合いにはなるめぇな。味はどうかな。早くお爺さんが帰って来んかいな>


 桃の表面にはうっすらと、産毛うぶげのようなものが生えている。

の尻みてぇに、スベスベしてらぁ>

 お婆さんは思わずかがんで、桃に頬ずりをした。

 と、その時、桃の中から「トン」という音がした。


「あっ!」

 お婆さんは慌てて桃から顔を離した。

<何だよぉ。中にねずみでもいるかね。お爺さんは何をしてるだ>

 と思ったら、山にしば刈りに行っていたお爺さんが戻ってきた。


「婆さんや、そのデカい桃は何じゃ? どこからってきた?」

「人聞きの悪いことをお言いでないよ。川で拾ったんだよ」

「へえ、そりゃぁでかしたな、婆さん。そんじゃぁ、さっそく食うとするか。柴刈りで腹ペコなんじゃ。包丁で切ってみんさい」

 

 お婆さんが包丁で桃を切ろうとしたけれど、硬くて切れない。

「何だね、この桃は。やけに硬いよ」

「どれ、貸してみろ」

 しかし、お爺さんにも切ることができない。

「桃のくせに、なんて硬いんだ。こりゃ、なたを使うしかねぇな」

 お爺さんは鉈を取り出した。

 桃をむしろの上に置き、思い切り振り被った鉈を、渾身こんしんの力を込めて桃に振り下ろした。


 狙いはたがわず、鉈は桃の中心部に命中した。

 そのとたん、

「ギャー!」

という恐ろしい声が家じゅうに響いた。

 桃は粉々に砕け、辺りに飛び散った。だが、それは桃の果肉だけでなく、人間の肉片と血液が混じっていた。

 ゆかに刺さった鉈の刃にも、血糊ちのりがべっとり付いている。


「ギャー!」

 今度のは、お婆さんの叫び声だった。お婆さんは顔を引きつらせて、後ろに下がっていった。

「こりゃ、いったい何だ?」

 お爺さんは床から鉈を引き抜いて、残骸をしげしげと観察した。

「おい! こりゃぁ、ではないか! お婆さんが生んだんか?」

阿呆あほう! あたしが生むわけねぇだろ。あー、くわばらくわばら」


 砕けた桃の中心部に、縦に真っ二つに切断された嬰児えいじの遺体があった。

「訳が分かんねぇな。だども、ややこをあやめちまったことに間違いはねぇ。庄屋しょうや様に届けるべえ」

「何をたわけたことを言ってるんだょ、お爺さん。そんなことしたら、代官所に連れていかれて、首切られるど。止めとけ止めとけ」

「じゃあ、どうする?」

「裏山に埋めてやるべぇ」

 二人は遺体を裏山に埋めて手を合わせた。


  *


 それからひと月ほど経ったある日のこと。

 お婆さんが川でお爺さんの煮染めたような褌を洗っていると、またもや大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきた。

 お婆さんはそれを洗濯物籠に入れ、お爺さんの褌を被せて、家に運んだ。


「鉈を使うわけにはいかねぇな……」

 お爺さんは思案している。

「お、そうだ!」

 お爺さんは、まず桃の表面の数か所に、鉈で刻み目を入れ、そこに木のくさびを当てて石で叩いた。それを何回か繰り返すと、桃はパカッと二つに割れて開いた。


 すると、桃から赤ん坊が這い出てきた。とてもかわいい男の子だ。

 生まれたばかりというのに、すっくと立ちあがり、右手で上を指し、左手で下を指すと、赤子ながらしっかりとした声で叫んだ。


 その声は、

天上天下唯我独尊てんじょうてんがゆいがどくそん!」

ではなく、

「イヌ、サル、キジ!」

だった。

 しかし、お爺さんとお婆さんには、何のことか分からなかった。


 二人は子を授かったことをとても喜び、「桃太郎ももたろう」と名付けた。

 本当は「桃二郎ももじろう」だったが、そのことは口が裂けても言えなかった。

 

 *


 桃太郎は、大飯食おおめしぐらいだった!

 ひえあわめしをたくさん食べて、どんどん大きくなった。

 

 桃太郎が来てから1か月ほど経ったある日のことだった。

 お婆さんが、川で煮染めたような褌を洗っていると、またもや大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきた。

 その桃からは、またもや男の子が出てきて、「桃二郎」と名付けられた。

 桃二郎も、桃太郎に劣らぬ大飯食らいで、どんどん大きくなった。


 それから、「桃三郎」「桃四郎」……と増えていった。


 いくら子供が好きといっても、お爺さんとお婆さんは困り果ててしまった。貧しい二人には、何人もの子を養う資力など皆無だった。


 ある日、家の戸を叩く者があった。

 戸を開けると、一人の男が立っていた。バサバサした蓬髪ほうはつうしろで無造作に束ね、顔は栗の実のように茶色くテカテカしている。鋭い光を放つ目は蛇のそれに似ている。

「どちら様でごぜぇますか?」

 お婆さんは、用心深く相手を品定めしながら、どこから出しているのか分からないような優し気な声を発した。

「京から参った鬼丸おにまると申す。こちらに、桃から生まれたお子たちがおると聞いてまかり越した」

「して、ご用件は?」

「そのお子たち、わしが買い取ろう」

「え!?」


 鬼丸と称する男は、人買いだった。

「それ、これでどうだ?」

 鬼丸は2~3枚の小判を、囲炉裏端いろりばたにいたお爺さんの前に投げた。


 結局、お爺さんとお婆さんは、鬼丸の話に乗った。いくら子供たちが可愛くても、背に腹は代えられなかった。

 念のために言い添えると、当時は人権思想も人身売買を禁じる法律もなかった。だから、子供を売った二人を現代の感覚で非難することはできないだろう。


 その後も、月に1回桃が流れてきて、子供が生まれ、鬼丸が買いに来た。

 ところが、「桃三十郎」が生まれてからは、ピタリと桃は流れてこなくなり、鬼丸も訪ねてこなくなった。

 二人は不思議に思いながらも、桃三十郎を大切に育てた。


 * 

 

それから10数年経った。

 桃三十郎は、立派な若者に成長していた。爽やかな中にも桃のような甘さを秘めた、いかにも女にもてそうな容貌だった。


 桃三十郎の好物は桃だった。お爺さんとお婆さんは、鬼丸から得たカネで結構裕福になっていた。だから、桃三十郎には、好きなだけ桃を食わせた。

 するといつしか、桃三十郎の頬は桃のように美しくなった。肌は桃のように滑らかであり、吐く息を含めて体からは桃の香りがした。両目は、桃の種のようにパッチリしていた。

 

 ある日、代官所からお触れがあった。村の中心に立てられた高札こうさつには、次のように書かれていた。


【このところ、異形いぎょうの者たちが海辺うみべを荒し、漁民を苦しめている。その者らの本拠地は、陸から数里の沖にある玉門島ぎょくもんとうと見られる。本拠地を攻め落とし、その頭目とうもくを降参させた者には、感状かんじょう(表彰状)を与えるものなり】


 さらに、但し書きに

【副賞は太刀たち一振り、恩賞およびしかるべき官職なり。なお、たとえ貴殿もしくは貴殿の郎党ろうとうらが捕らえられ、あるいは殺されても、当局は一切関知せざるものなり。この事きっと知り置くべし。成功を祈念す】

とあった。


 このお触れを見た桃三十郎の体には、地獄谷じごくだに熱泉ねつせんのごとくフツフツと義憤がき起こるのであった。


《続く》





 

 


 

 

 

 


 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る