🍑 桃太郎(1)桃太郎は大勢いた!
ある日、お
<まったくお
お婆さんは、ウンザリした気持ちを露骨に顔に出して、洗濯をし始めた。
お爺さんは、だいぶ前から
二人は貧乏だったから、新しい褌なんて滅多に買えない。だから、お爺さんの褌は、
<お爺さんにも、そろそろお迎えが来るんかねぇ。お爺さんがおっ
田吾作は村外れに一人で住んでいる老人である。
<男やもめにウジが
お婆さんが一人でニンマリしていると、川の上流から何か丸くて白っぽい物が、ドンブラコドンブラコと流れてきた。
その物体は、お婆さんがいた川岸の前の
<こ、これは! 桃ではないか。だども、ずいぶんでっけえ桃だな>
その桃は色付きがよく、まるで赤ちゃんのお尻のようであった。
<誰かに見られる前に、家に持ち帰るべぇ>
お婆さんは洗濯を中断すると、桃を洗濯物
自宅に戻るとお婆さんは、粗末な神棚の前に桃を置いた。
<こりゃぁ、食べでがあるわな。これだけありゃ、食い意地が張っているお爺さんと奪い合いにはなるめぇな。味はどうかな。早くお爺さんが帰って来んかいな>
桃の表面にはうっすらと、
<ややこの尻みてぇに、スベスベしてらぁ>
お婆さんは思わず
と、その時、桃の中から「トン」という音がした。
「あっ!」
お婆さんは慌てて桃から顔を離した。
<何だよぉ。中に
と思ったら、山に
「婆さんや、そのデカい桃は何じゃ? どこから
「人聞きの悪いことをお言いでないよ。川で拾ったんだよ」
「へえ、そりゃぁでかしたな、婆さん。そんじゃぁ、さっそく食うとするか。柴刈りで腹ペコなんじゃ。包丁で切ってみんさい」
お婆さんが包丁で桃を切ろうとしたけれど、硬くて切れない。
「何だね、この桃は。やけに硬いよ」
「どれ、貸してみろ」
しかし、お爺さんにも切ることができない。
「桃のくせに、なんて硬いんだ。こりゃ、
お爺さんは鉈を取り出した。
桃を
狙いは
そのとたん、
「ギャー!」
という恐ろしい声が家じゅうに響いた。
桃は粉々に砕け、辺りに飛び散った。だが、それは桃の果肉だけでなく、人間の肉片と血液が混じっていた。
「ギャー!」
今度のは、お婆さんの叫び声だった。お婆さんは顔を引きつらせて、後ろに下がっていった。
「こりゃ、いったい何だ?」
お爺さんは床から鉈を引き抜いて、残骸をしげしげと観察した。
「おい! こりゃぁ、ややこではないか! お婆さんが生んだんか?」
「
砕けた桃の中心部に、縦に真っ二つに切断された
「訳が分かんねぇな。だども、ややこを
「何を
「じゃあ、どうする?」
「裏山に埋めてやるべぇ」
二人は遺体を裏山に埋めて手を合わせた。
*
それからひと月ほど経ったある日のこと。
お婆さんが川でお爺さんの煮染めたような褌を洗っていると、またもや大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきた。
お婆さんはそれを洗濯物籠に入れ、お爺さんの褌を被せて、家に運んだ。
「鉈を使うわけにはいかねぇな……」
お爺さんは思案している。
「お、そうだ!」
お爺さんは、まず桃の表面の数か所に、鉈で刻み目を入れ、そこに木の
すると、桃から赤ん坊が這い出てきた。とてもかわいい男の子だ。
生まれたばかりというのに、すっくと立ちあがり、右手で上を指し、左手で下を指すと、赤子ながらしっかりとした声で叫んだ。
その声は、
「
ではなく、
「イヌ、サル、キジ!」
だった。
しかし、お爺さんとお婆さんには、何のことか分からなかった。
二人は子を授かったことをとても喜び、「
本当は「
*
桃太郎は、
桃太郎が来てから1か月ほど経ったある日のことだった。
お婆さんが、川で煮染めたような褌を洗っていると、またもや大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきた。
その桃からは、またもや男の子が出てきて、「桃二郎」と名付けられた。
桃二郎も、桃太郎に劣らぬ大飯食らいで、どんどん大きくなった。
それから、「桃三郎」「桃四郎」……と増えていった。
いくら子供が好きといっても、お爺さんとお婆さんは困り果ててしまった。貧しい二人には、何人もの子を養う資力など皆無だった。
ある日、家の戸を叩く者があった。
戸を開けると、一人の男が立っていた。バサバサした
「どちら様でごぜぇますか?」
お婆さんは、用心深く相手を品定めしながら、どこから出しているのか分からないような優し気な声を発した。
「京から参った
「して、ご用件は?」
「そのお子たち、わしが買い取ろう」
「え!?」
鬼丸と称する男は、人買いだった。
「それ、これでどうだ?」
鬼丸は2~3枚の小判を、
結局、お爺さんとお婆さんは、鬼丸の話に乗った。いくら子供たちが可愛くても、背に腹は代えられなかった。
念のために言い添えると、当時は人権思想も人身売買を禁じる法律もなかった。だから、子供を売った二人を現代の感覚で非難することはできないだろう。
その後も、月に1回桃が流れてきて、子供が生まれ、鬼丸が買いに来た。
ところが、「桃三十郎」が生まれてからは、ピタリと桃は流れてこなくなり、鬼丸も訪ねてこなくなった。
二人は不思議に思いながらも、桃三十郎を大切に育てた。
*
それから10数年経った。
桃三十郎は、立派な若者に成長していた。爽やかな中にも桃のような甘さを秘めた、いかにも女にもてそうな容貌だった。
桃三十郎の好物は桃だった。お爺さんとお婆さんは、鬼丸から得たカネで結構裕福になっていた。だから、桃三十郎には、好きなだけ桃を食わせた。
するといつしか、桃三十郎の頬は桃のように美しくなった。肌は桃のように滑らかであり、吐く息を含めて体からは桃の香りがした。両目は、桃の種のようにパッチリしていた。
ある日、代官所からお触れがあった。村の中心に立てられた
【このところ、
さらに、但し書きに
【副賞は
とあった。
このお触れを見た桃三十郎の体には、
《続く》
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