第4話 思いどおりに働いてくれない様々な魔法

 翌日。

 

 前夜は貸してもらった寝室でぐっすりと眠り、朝食までいただいた僕は、プリーストとしてのさらなる細かい適性を調べるべく、案内役のシスターと検査に向かっていた。

 ハンナさんという名の、二十代後半くらいに見えるきれいで優しいお姉さんで、道すがら何も知らない僕にいろいろと説明してくれた。


「ミローク神を信仰するミロス教はこの国の国教となっており、ほとんどの人が入信しています」

「それじゃ平和そうですね」

 僕は元の世界の宗教同士の争いの歴史を思い出して言った。 

「いえ、それがそうでもなくて。ミロス教内も、主流派、戒めの砦派、生命の法則教会、綜合教団など、いくつもの宗派に分かれています。先日、その中の一派と、それに極端に入れ込んでいた国王が破門されて、現在王国第二の都市に拠って抵抗しています。つまりこの国は、いま戦争状態なんです」

 

 どうもこの世界では結構宗教の力が強いようだ。

 

 また、プリーストの魔法については、「治癒魔法」、「支援魔法」、「精霊魔法」、「蘇生魔法」、「憑依魔法」の5つの分野があり、人により得意分野が違うらしい。今日はこの適性を調べていくとのこと。


「まずはケガの治療をする『治癒魔法』から適性をしらべてみましょう! 戦いに出ることになったら間違いなく重宝しますよ」


 そんなことよりも、僕は昨夜から気になっていることをハンナさんに聞いた。

「ミロス教のプリーストって、髪を剃ってつるつるにしたりする必要あります?」

「いえ、そういった風習はないですよ。まあ神に仕える身としては、身だしなみはキチンと整えておいてほしいですが」

 異世界でも僧侶になるという運命には抗えなかったが、最低つるつるだけは逃れたようだ。


 そうこうしているうちに最初の部屋についた。中からは子供の泣き声が聞こえてくる。

「ラッセル司祭、ちょっとよろしいですか?」

 ハンナさんがドアを開いて覗き込み、中の人物と少し言葉を交わすと、僕を招き入れた。

 治療を行う診察室のようで、担当の司祭と、貴族らしい母親が泣いている子供を挟んで向かい合っていた。

 激しく転んだのか、子供の膝は大きく擦りむいて血がにじんでいる。

 司祭はよく見ると昨日の人だ。この仕事が本業なのだろう。

 

「ちょうどいいですね。レンレンさん、さっそくケガの治癒魔法の適性を試してみましょう。まずは利き手をかざして、強く念じてみてください。こんな感じです。」

 僕は子供の前に膝をつくと、見よう見まねでやってみたが、何も起こらない。子供がさらに大声で泣き出した。母親が不審げな顔で僕の方を見つめている。

「うん、どうやら違うみたいですね。」

 ハンナさんがそう言って、ラッセル司祭にうなずくと、司祭は右手をかざした。膝のあたりをしばらく白い光が包み込み、消えたときには傷はきれいに治っている。子供が驚いて泣き止む。


「適性があれば、あんな感じで魔力が発動します。適性がなくても魔力の保持者なら、少しは効果が出せることが多いんですけどね……。そうだ、私、いま魔力を切らしていまして、これ治せますか? 最近洗い物が多くて……」

 差し出されたハンナさんのほっそりした手をみると、少し荒れて、人差し指に小さなササクレができている。僕はさきほどのように手をかざして必死に念じた。ん? いま微かに光った⁇

「あ、治りました。ありがとうございます」

 僕の治癒魔法ではササクレが精いっぱいらしい。そばで見ていたラッセル司祭がちょっと苦笑いをしている。


 続いて教会の建物の外にでた。異世界らしい?中世ヨーロッパのような街並みが広がっている。

 教会の前の広場にテントのようなものがたてられており、その前には貧しそうな人々の長い列ができている。

「最近新しい流行り病が広まっていまして、教会内で流行しないように外で治療をしているんです。レンレンさんの適性はケガの治癒ではないようなので、病気の回復ができるかどうかを、つまり支援魔法を試してみましょう」

 ハンナさんはそう説明しながら、テントの入り口をくぐった。中には赤い顔をした、中年の苦し気な女性が寝かされていた。その傍では、娘だろうか? 栗色の髪の小さな女の子が心配そうに女性を見つめている。支援魔法をかける司祭を待っているようだ。

 

 ハンナさんが僕を前に押し出すと、鼻が詰まったような声で女の子が言った。

「お兄ちゃんが私のお母さんを治してくれるの?」

「お、おう」

 プレッシャーを感じながらも、必死に母親に右手をかざすが、案の定、光は現れない。


「適性は支援魔法でもないみたいですね。ねぇお嬢ちゃん、お鼻詰まってるの?」

 ハンナさんが女の子に聞くと、女の子が小さく頷く。ハンナさんが僕の方をちらりと見た。

 意図を察した僕が、女の子に手をかざして集中すると、一瞬ぼんやりとした光が浮かんだ。

「あ、鼻づまり治った、ありがとうお兄ちゃん。お母さんも早く治してね!」

 女の子が顔を輝かせる。

 ハンナさんが「すぐにホッブスさんというエラい先生が来るから、もうちょっと待っててね」と言い聞かせ、僕らはテントを後にした。


 ササクレと鼻づまりしか治せなかった僕は、正直ちょっと落ち込んだ。そう伝えるとハンナさんが言う。

「いえいえ、いいことです。魔力があることが証明されましたし、それにプリーストに指定されたのですから、どれかに適性はあるはずです。残っているのは精霊魔法とか蘇生とかレアなやつだけですから、私はむしろ期待がふくらんでいますよ?」

 もしも適性じゃなくて家業で坊主に指定されただけだったらどうしよう?

 そんなロクでもない考えを振り払いつつ、僕はハンナさんに続いて歩き出した。


 再び教会内に戻ると、ハンナさんは地下に続く階段を下っていった。ところどころ灯火に照らされた長い通路を進むと、やがて「霊安室」と書いた扉の前で立ち止まった。そう言えば言葉も文字も問題なく通じるな、この世界。

 

「遺体があるんですか?」

 早くもビビった僕が尋ねた。

「はい。遺体といってもこれから埋葬するのではなく、蘇生魔法をかける予定の身体を一時的に安置している場所です」

 ハンナさんは全く躊躇うことなくドアを開き、薄暗い部屋に入っていった。僕も覚悟を決めて後に続く。


 中は明らかに外部よりも温度が低く、かなりひんやりとしている。奥の方には、大柄な男性だろうか、巨大な石の台の上に遺体が安置されていた。

「寒いですよね。まあ有体に言えば腐敗が進むのを防ぐため、この部屋は冷やしてあるんです。高度な精霊魔法で、氷の精霊グレイシアが閉じ込められているんですが、ほら、あそこの天井のあたり、見えますか? 私は何とかぼんやりと見えるんですが、青くて、若い女性の姿をしています。適性がある方ならハッキリ見え、言葉も交わせるかもしれません」

 ハンナさんが指さす方を見るが、全く何も見あたらない。僕が頭を振ると、急に首すじに冷気が吹き付け、背筋がぞくっとなった。「あ、いまグレイシアがいたずらでレンレンさんの首すじに息を吹きかけてます。」

 僕はクシャミをした。


 精霊にまでバカにされ、悔しそうにする僕を見て、ハンナさんが努めて明るく言ってくれた。

「となると蘇生魔法ですね! 実は私も蘇生担当なんですが、できる人が少なくて、重労働で困ってるんです。レンレンさんが適性ありだととてもうれしいです」

 そう言いながら僕を奥の遺体の方に導く。高級そうな服を着た、肥満した50歳くらいの男性の遺体だ。頭を打って亡くなったのか、額の左側に大きなコブができている。

「蘇生魔法は3段階に分かれています。まず、魂縛りバインドというのですが、魂が去らないよう、死後できるだけ早く、魔法で魂を体に縛り付けます。その後治癒魔法で死因となったケガなどを治した後で、さらに蘇生魔法の本体を執り行うことになります。神の御心にかなう方はわりと簡単なんですが、日頃から素行に問題が多い方だと大変です」

 ハンナさんが専門家らしく詳しく説明する。


「昨夜、この貴族の家の方から急報があり、本部から私が呼び出されて派遣されたのですが、ちょっと色々と問題があった方のようで、相当苦労しまして……。バインドと初期的な治癒だけで魔力を使い果たしてしまいました。」

 暗い部屋の中には他に聞き耳をたてる人もいないが、ハンナさんの声がここで一段と低くなる。

「ぶっちゃけ亡くなった原因も、新人メイドと二人きりの時に急に襲い掛かって、抵抗されて転んで頭を打ったらしいです。そんなこんなで魂縛りバインド後にここに運びこまれ、私の魔力の回復か、余裕がある蘇生術師の帰着を待っていたのですが、ちょうどいいです。さあレンレンさん、いってみましょう!」


 そんな訳ありの遺体、僕が何とかできるんですか? そう思いつつも僕は右手をかざした。ハンナさんも、あまりこのヒトを自分で蘇生させたくないのかもしれない。

 

「ちょっと時間がかかるかもしれません。そのまま頑張ってみてください」

 ハンナさんが言う。

 生き返れ、生き返れ。僕は手をかざして集中したまま、ハンナさんに聞いた。

「何か、コツみたいなものはあるんですか?」

「そうですね、私の場合は、できるだけリラックスして、心を開くようなイメージで。まず神の偉大なお力を、自分に導くように祈ります」


 戸惑いつつも、僕がそんな感じで集中すると、自分の体にいつもと異なる、微かな違和感のようなものを覚えた。

「あ、いま何か感じました!」

「いいですね! やっぱり蘇生が適性でしたか。その調子です!」

 後ろのハンナさんが心強い声援をくれる。

 「うっ」

 その時、僕の身体がビクンと大きく震え、硬直した。


「だ、大丈夫ですか?」

 ゆっくりと手かざしをやめた僕に、ハンナさんが心配そうに呼びかけた。

 僕は振り返り、ぎらついた目でハンナさんの全身をなめまわすような視線を送ると、突然唸り声をあげて襲い掛かった。

「きゃあぁあーーーーっ!」

 ハンナさんが床に倒れこみつつ、大きな悲鳴を上げる。

 外の通路から、あわただしい足音が複数、近づいてくるのが聞こえた。

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