第3話 言うことを聞く気にならない様々な天の声

「レンとやら、いい加減目を覚ますのじゃ」

 

 ゆっくりと目を開けると、大きな仏像の上半身がぼんやりと視界に入った。どうやら座禅中に気を失ったあと、本堂に寝かされていたようだ。

 仏像は御影石みかげいし造りのようで、つるっとした頭をしており、錫杖しゃくじょうを持ってこちらを見下ろしている。

 

 でもちょっと待てよ、この寺のご本尊はパンチパーマの釈迦如来像だから、あんなつるっとしたやつじゃない。

 あれじゃまるで、何だっけほら、あの道端に六体くらい並んで立ってる、赤いよだれかけみたいなのをつけてる、えーと、雪が降ったら売れ残った笠をかぶせてもらえる……

 ふいに仏像がしゃべった。

「地蔵である」

「わかってます」

 僕は若干食い気味に答えた。

 

「わかってない。ワレは地蔵菩薩である。このたび仏難にあい命を落としたそなた、つまりは殉教者じゅんきょうしゃじゃな、その行く末を定めるべく参ったものだ」

 おいおい僕は気絶じゃなくて死んだのか。しかし喝にビビって突然死するなんて恥ずかしくないか?

 

「うむ、そなたのちょっと恥ずかしい死に様が殉教にあたるかどうかは、上でも結構議論になってな。殉教に値する者ならば、次は幸せな人生を送れるよう配慮することになっておるが、それを判断するためにワレが忙しい時間を割いてわざわざ参ったのじゃ」

 

 おお、口に出さずともこちらの思考が読み取られているらしい。それはマズイ。当然僕が “自分で忙しいアピールするなんてほんとは暇なんじゃ? 今どき仏教の殉教者なんてそんなにいるわけないし”とか考えていることもダダ漏れですか?

 

「だまらっしゃい。先日など、オダノブナガなるものが大きな寺を焼き討ちした際には、ワレの前に、千葉にある夢の国の人気アトラクションもかくやと思わせる6時間待ちの大行列ができてな。途中で国内の幸せな輪廻転生先のストックが尽きて騒ぎになるわ、他国担当に無理言って融通してもらうわで、もう大変じゃった」

 すごくウソっぽい。だいたいそれ五百年も前の話じゃないですか。


「なかにはそなたと違って『心頭を滅却すれば火もまた涼し』などとエラいことを言った殉教者もおってな。暑いのは得意そうだから、次の人生は日本でなく南の島でゆるゆると過ごしてもらったわい」

 ああもうこれ絶対にウソだ。

 仏教ではウソつきはエンマ様に舌を抜かれることになっている。実家の寺でも本堂の片隅に極彩色のエンマ様が祀られていて、よくその前に座らされ父に叱られたものだ。


「愚か者、閻魔大王はワレ自身の別の姿じゃ。そなたはそんなことも知らぬのか。勉強不足じゃな……。だいたい『宗教はサービス業』などと口外してはばからないことといい、やはり殉教者と認めるには信心が足らん。もう少し修行して出直してくるが良い!」

 そう言って、お地蔵さんは錫杖をドンとついた。

 

 むっ、これってヤバい展開?

「ちょっ、待っ……」

 視界がふたたび暗転していく。

 もしかして修行中の寺で復活させてもらえないかな? そんな淡い期待を心に抱きながら、またも僕は意識を失った。




「勇者殿、起きてくだされ」

 

 気絶から無理やり起こされるのが続き、何だかだんだん面倒になってきた僕は、そのまま気づかないふりをして転がっていた。

 ぼーっとしながら今の呼びかけを反芻はんすうする。え? いま僕のこと何て呼びました?

「勇者殿、起きて……」

「はい勇者ですっ!」

 突然僕がガバと跳ね起き、完全に食い気味の返事をすると、その老人は相当ぎょっとしたようだが、心臓のあたりを押さえつつも気を取り直して挨拶をした。

「これはこれは、よくぞいらっしゃいました。私はミローク神に仕えるミロス教司祭、ラッセルと申します。ここは教団本部の『転生の間』です。昨日聖女たちから、まもなく転生者が到着することを知らされて、ここでお待ち申しておりました」

 

「転生って……、ここは異世界ということですか?」

 そう言いながら周囲を見回すと、重厚な石壁の、天井が高い広い部屋である。装飾らしい装飾はないが、床に大きな魔法陣が描かれている。ちょっとベタだな。

「勇者殿にとってはそうなりますな。我々にとってはあくまで普通の世界ですが。立てますか? まずは命名の間にご案内します」

 

 僕はどうにか立ち上がると、ラッセルと名乗る、人のよさそうな老人について部屋を出て、長い廊下を歩き出した。正直、頭が大混乱したままだが、なにしろ勇者になれるみたいだし、あきらめて現状を受け入れてみよう。あきらめだけはいい方だ。

 

 僕は状況を少しでも把握するため、前を歩くラッセル司祭に質問をした。

「命名の間って、名前を付けるっていうことですか?」

「はい、この国の人々は、全員がミロス教の教会で名を授けられています。時おりいらっしゃる転生者の皆様にもミローク神からの名を受けていただいております」

 

 他の転生者も日本人だろうか? そんなことを考えていると前方から元気で騒々しい赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。

 廊下の角を曲がると、ひとつの扉の前に行列ができている。だいたいは父母と赤ちゃんという組み合わせの家族が多いようだ。

「今日は賑わっているようですな」

 司祭は僕を連れて最後尾に並んだ。


 ちょうど部屋から赤ちゃんを抱いた一組の夫婦が出てくる。

「うん。アレクサンドライトっていうのはいい名前だな。」

「本当によかったわね。でもちょっと長いから普段はアレクって呼ぼうかしら。でもいただいた名前を勝手に略すとよくないわね」

 

 なかなかカッコイイ名前がもらえるようだ。ちょっと期待してしまう。

「たとえば希望って出せるんですか? ‘ロ○の勇者‘にしようかな。あるいは複数から選ぶとか⁇」

 僕が尋ねるとラッセル司祭はかぶりを振った。

「あくまでミローク神から唯一まことの名を授けられるだけです。ちなみに勝手に改名するとか、その名を粗末に扱うと、身の毛もよだつような天罰が下るといわれております」

 コワっ。あまり融通は利かないようだ。


 しばらく待っていると僕らの番が来た。部屋の中に通されると、紫色の水晶玉を前にした老女が座っている。

 ラッセル司祭が老女に何事か耳打ちすると、うなずいた老女が言った。

「よくぞいらっしゃった転生者殿。そなたの元の世界での名はなんと申す?」

「はい、蓮池はすいけ れんといいます。」

「うむ、この国では苗字を用いるのは王族か上級貴族だけじゃ。よって、そなたには新たに名前だけを授けよう。」

 老女はそう言うと天を仰いだ。


「おお、万物のまことの名を知るミローク神よ。この者に相応しき名を授け給えっ! ……よし、おぬしは今後『レンレン』と名乗るがよい」

 なんなんですかそのパンダみたいな名前はっ‼︎

「……。そのままレンじゃだめですか?」

「うむ。それではそなたに、このありがたい名前を授ける理由を話そう。かつてこの世界には、ランラン、カンカンいう名を与えられた転生者の夫婦がおってな。元の名をスズキ ランとキムラ カンと言ったようじゃ。この二人がタイヤを使った芸か何かで世界中の人々を和ませるという偉大な足跡を残したらしいのじゃが、それ以来、転生者については彼らにあやかり、元の名を2回繰り返すことが伝統になっておる。」

 やっぱり東京の動物園にいたパンダじゃないか? なんかウソっぽい。


「伝統ってことは、他にもそんな名前をつけられた転生者がいるんですね。」

「うむ。有名どころではトントン殿なんてのもいたな。元の名は確かタカギトン

 これ絶対ウソだ。

「……あの、なんかパンダっぽいんで、やっぱりそのままレンじゃだめですよね?」

「悪いことは言わぬから素直に従ったほうがよい。ミローク神に与えられた名前を粗末にする者には、キンタマが縮み上がるような、それは恐ろしい天罰が下されると言われておる。……ところでパンダとはなんじゃ?」

 この世界にパンダは存在しないらしい。多分もう全部ヒトに転生してしまったのだろう。



 パンダのような名前にされ落ち込んでいる僕を、ラッセル司祭が次の目的地へと案内した。

 今度の部屋の前にも行列ができているが、さきほどの赤ちゃんいっぱいの列のような明るさが感じられない。いろいろな年齢の、うつむいた男性が多く、何かどよーんとしている。

 

「ここは転職の神殿。人生に迷った者や職を失った者に、適性に応じて新たな道を示すところです。」

 ラッセル司祭が言った。つまりある種のハロワということか。道理で空気がどよーんとしているわけだ。


 前の中年男性二人が話しを始めた。

「おいオンボロ宿屋の受付のレイサムじゃないか、何やってるんだこんなところで」

「オンボロは余計だ。それにあそこは宿屋じゃなくてホテルだ。誰かと思ったら高いくせにまずーい食堂のコトーか。何って決まってんじゃないか、クビになって仕事探しにきたんだよ」

「高いくせにまずーいは余計だ。それにあそこは食堂じゃなくてレストランだ。まあ俺も求職だ。今度の流行り病で観光・外食関係はのきなみ全滅だもんな」

「ああ。俺も今回は懲りたから、ホテルマンとかのカッコイイ仕事狙いは捨てて、多少3Kでも鍛冶屋とか、手に職がつくものに転職しようかと思う」

「そういうのもいいな。俺もシェフとかキラキラした職はやめて、コネで公務員でも狙ってみるわ」


 なんかとても景気悪そうな会話だが、僕は大丈夫なんだろうか。いろいろ気になってラッセルさんに聞いた。

 

「ラッセルさん、ここも命名と一緒で希望は聞いてもらえないんですか?」

「いやいや、聞いてもらえることが多いですよ。もちろん適性にはある程度左右されますが」

「さっき僕のことを『勇者殿』って呼んでましたよね?」

「転生者の方は、勇者を希望されることが多いので、仮にそう呼ばせていただきました。実際、魔法や剣技に優れ、勇者になられる方が多いですな。あとは賢者あたりが人気でしょうか」

 勇者いいね、是非なりたい! 何の因果かせっかく転生したんだから、家業の僧侶とか忘れていろいろ体験してみたい。


 そうこうしているうちに僕たちの番が来て、部屋の中に入った。

 

 中央には、例によって水晶玉が鎮座している。そのそばに立つ、髭を生やした壮年の恰幅の良い司祭が、入ってきた僕を見て言った。

 

「転生者殿、名はなんと申す?」

「れ、レンレンと申します」

「レレンレン殿と申すか」

「すみません名乗るのにちょっと葛藤があって噛みました。名前はレンレンです」

「よし、レンレン殿。ここは転職の神殿。おのれ自身を見つめなおし、これからの生き方を考える神聖な場じゃ。新たな天職を決めたいとお望みか?」

「はい。せっかくなんで是非勇者になりたいです」

「うむ。さすがは転生者だ。それではレンレンよ、勇者の気持ちになって祈りなさい。そしてこの水晶玉に触れるのだ。……おお、すべての命を司るミローク神よ。この者に新たな人生を歩ませ給えっ!」


 勇者がいい勇者がいい絶対勇者がいい、僕は全力で祈念し、右手をそろそろと水晶に近づける。

 

坊主プリーストっ!」僕が触れるか触れないうちに司祭が叫び、即座に神託が下された。

 ですよねー。

 

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