第5話 聖女たちとの最悪な出会い

 僕はぼんやりとした意識の中で、部屋に飛び込んできた守衛の兵士たちの手でハンナさんから引き離され、通路の奥にある地下牢に放り込まれるのを他人事のように認識していた。

 

 僕(の体)は頑丈な鉄格子に両手をかけて、なおも暴れ、唸っていたが、しばらくすると入り口の方から足音が聞こえてきた。

 通路の暗闇から現れたのは、剣を帯びた赤毛のショートカットの女性だった。

 ダークブラウンの瞳の強いまなざし。戦士らしく、体のあちこちに傷跡があるが、凛々しいと言ってよい、整った顔立ちをしている。

 

 女性と見てまた暴れだした僕を、蔑むような目でしばらく観察したあと、片手で剣をかざし、小さく何事が唱えた。

 剣の柄にあしらわれた紫水晶のような宝石から、光があふれ出し、剣が雷光をまとう。

 両手で剣を持ち直し、気合の声とともに僕に向かって剣を振るうと雷光が飛び出し、バシッと僕を打った。

 イタイっ……、僕の体は一瞬動きを止めたが、その後一層の大声で暴れだした。それを見た赤毛の戦士は、ちょっと驚いた顔をし、思案気にこちらを見つめている。

 

 入り口の方から新たな足音が聞こえ、女性が二人、姿を現した。

 前を歩いているのは、小柄な金髪くせっ毛の女の子だ。先端に紫水晶がついた短い杖のようなものを持っている。彼女が戦士に声をかけた。

「カーリー、ごめん遅くなったわ」

 どうやら赤毛の戦士はカーリーという名前らしい。

「久しぶり、マイダ、ディーナ。話は聞いたか?」

 カーリーが二人に問いかけた。

「うん、いまハンナ高司祭のところに寄ってきたとこ。昨日の神託で現れたのがこいつなの? なんかキモっ」

 金髪の子が、暴れる僕をチラリと見ながら答えた。キモくて悪かったな。このマイダという子は明るく元気だが口の悪い、かわいい妹キャラって感じだ。

 しかしハンナさんが高司祭って、どうやら単なるシスターじゃなくて実は結構エラい人だったようだ。そんな人に襲い掛かった僕にはどんな罰が下されるのだろうか……。ヤバい。

「ああ、転生の間にこの男が現れたそうだ。それで、今朝から適性を調べているうちに、たまたま変態貴族の魂に憑依されてしまったらしい。気の毒にな」

 そうです。私のせいじゃないんです!

 

「周りに聖女もいないのに憑依されたの? 能動的憑依魔法かしら、珍しいわね。まあ憑依ならささっと解放リベレーションしちゃいましょ。ワタシたち聖女が呼ばれたのはそのためなんでしょ? どうせ無報酬だろうし」

「それが、さっき解放リベレーションの魔法をかけてみたんだが、何とあっさりはじかれた」

 カーリーが答える。

 

「ますます珍しいわね。よっぽど憑依適性が高いのかしら。それともこいつも変態で、憑りついてる貴族と相性ピッタリだとか?」

 こおらっ、マイダ許さん!

 するとここで、今まで黙って聞いていたディーナという女性が口を開いた。彼女は手に何も持っていないが、代わりに明らかに装飾品ではなさそうな、大きな紫水晶の指輪を左手薬指にはめている。

「憑りついているのが悪しき魂なら、神の力からの解放よりも、解呪の魔法の方が効果的かもしれませんね」

 見ると、すらりとした長身、艶やかな長い黒髪に、漆黒に輝く潤んだ瞳を持った、今まで見たことがないレベルの美人だ。

 その容姿は儚いようでいて、そのくせまるで眩い光を放っているようにも感じられる。彼女なし期間=人生の僕は完全に声を失った。もともと憑依されていて声は出せないが。

 

「じゃ、解呪を試してみるか。3人掛かりでやってみよう。用意はいいか?」

 カーリーが合図をすると、3人はそれぞれ剣、杖、指輪を構え、声を合わせて呪文の詠唱を始めた。


「我、カーリーが神の御名みなにおいて命ず……」

「ワタシ、マイダが神の御名において命じる……」

「わたくし、ディーナが神の御名において命じます……」


「「「汝、呪われし定めを持つものよ、この世のことわりに従い、慈悲深き神の裁きを受けよ。浄化ピュリフィケーション!」」」


 三方向から同時に光が突き刺さり、「ぎょええええぇぇっ」と叫んだ僕は、またまた気を失った。

 イタイイタイイタイ、さっきの3倍痛い。だが、僕を勝手に操っていた何者かが、僕の体から無理やり引き剝がされ、消滅していくのが感じられた。


 


 気が付くと、僕は柔らかなベッドに寝かされていた。最近身についた防衛本能で、今回もすぐには起き上がらず、薄目であたりの様子をうかがう。

 どうやら昨晩眠った部屋のようだ、朝焼けなのか夕焼けなのかは分からないが、赤い光が部屋の中に差し込んでいる。部屋の隅の椅子では、その光よりも赤い髪の女性が、油断なくこちらを見張っていた。

 

 さきほどまでの自分の行動を思い返し、記憶がないフリをした方がましと判断した僕は、唐突にガバと起き上がると、頭を抱えながら用意したセリフを叫んだ。

「私はどこ? ここは誰⁇」

「おおっと、ずいぶん錯乱しているようだな、ちょっと待っててくれ」

 びっくりしたカーリーが部屋を出ていくと、すぐにハンナさんを連れて戻ってきた。

「すっ、スミマセン!」

 僕は反射的に、ベッドの上で見事な土下座をしていた。

「その様子だと憑依中の記憶はあるようですね」

 しまった、バレた……。

「でも、私の方こそ謝らなければなりません。レンレンさんも薄々気づかれたでしょうが、あなたには憑依魔法の適性があります。滅多にない珍しい能力なので、私も油断していました。しかも、普通の憑依は受動的憑依と言って、神の力を授ける聖女がいないと発動しないものなんですが、あなたは自分から貴族の魂を呼び込んだ。これは自発的憑依といって、歴史上でも数人しか使えなかった大魔法です」

 え、僕ってスゴイってこと? この世界で無双する光景が頭の中に浮かぶ。

「でも、何がどのように憑りつくかわからないのは、今日もそうでしたが、とても危険なことです。当面それは封印して、聖女の力に頼るべきでしょう」

 妄想はあっさりと打ち砕かれた。ですよねー。

 

「このカーリーも聖女です。今後レンレンさんには、彼女たち聖女が振るう神の力の受け皿として教会に残り、奇跡をなしてほしいと思います。ご協力いただけますか?」

 正直、事情はよく理解できなかったが、威厳すら感じるハンナさんの言葉に、僕は思わず「僕でよければ頑張ります!」と即答していた。やっぱりエラい人だったんだ……。


 ハンナさんは、僕の返事を聞き、ふっと微笑むと、今朝の雰囲気に戻って小さな声で言った。

「ここだけの話ですけど、レンレンさんのおかげであのクズ貴族を蘇生しないで済みました」

「えっ?」

 怪訝に思った僕が問い返す。

「いえ、あの魂はレンレンさんが呼び込んだあと、聖女たちの解呪の呪文で浄化・消滅させてしまったので、もう蘇生ができません。横暴に苦しんでいた部下や領民は大喜びするはずです」

「ハンナさんの責任問題とかにはならないんですか?」

 僕が心配になって聞いた。

「大丈夫です。いろいろと素行に問題があった方の場合、蘇生の術が失敗するのはよくあることですから。単に失敗したって伝えておきます」

 ウインクしながらハンナさんが言った。……結構この人怖いかも。エラくなるだけはある。

 

 

「さあ、今日はゆっくり休んでくださいね。明日からは憑依術師としての厳しい訓練を受けてもらうことになると思いますよ。頑張っていきましょう!」


 僕は教会本部内の宿舎に小さな部屋を与えられ、そこで暮らしつつ憑依術師としての訓練を受けることになった。

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