第54話

「局長。――僕は、先に人生から退職させてもらうよ。――引き継ぎは暁さんに委ねてね」

「何を馬鹿な事を……ッ! 思考の制御が先立ったかッ」


 悔しげにしているシムラクルム。


「キメラさん……。不死の能力はないんすか……?」


 キメラさんは儚げな目を浮かべ――。


「まだないよ。完全に変型してたらわからないけどね。……死を渇望していたはずなのに、最後は……ちょっとだけ、怖いね」

「そんな……。やっと、やっと仲良くなれたのに、そんなのないっすよ!」

「ごめんね。――大丈夫、僕はずっと、剣を通して君と共にある。――数百年の労働から、先に退職させてもらうよ――……」

「きめ……らさん……っ」

「最後まで離さないで、抱きしめていてくれてありがとう。君の温もりに、僕は救われ――……」


 最後に、幼い身体で、小さな手で俺の頬を撫でて――キメラさんは粒子となり、吸い込まれるように剣の中へと消えていった。


「なんと愚かな……ッ!」

『゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア……っ』


 シムラクルムとニーズヘッグが頭を抱えて身を捩らせている。

 悲しみの方向性は違えど、結果として取る行動は――2人同じなんだな。

 ――だが、俺は違う。

 キメラさんから引き継いだ最後の仕事だ――立派に働いてみせようじゃねぇか!


「――ハンネ、愕然としてる場合じゃねぇ、マリエを連れてこっちに来い。この培養液のプールから出してくれ! ニーナは一番重要だ、シムラクルムを抑え着けろッ! カーラはその辺の紙類でも何でも良い、炎魔法を阿呆みたいに使い続けろッ!」

「え?……わ、わかったわ」

「抑え着ける……っ。関節技って事ね、任せてちょうだい!」

「阿呆みたいに燃やすの!? ボク、狂ったみたいじゃないかな!?」


 心配しなくても、カーラは最初から狂ってます。

 三者三様の反応を見せつつも、俺の指示に従ってくれる面々。

 いつの間にか、俺の言うことを疑う事無く動いてくれるぐらい、信用してくれるようになった。

 嬉しい事だ。

 ハンネとは一緒に冒険に行っていないが――キメラさんを通じて互いの仲が深まった気がする。

 ニーナは砦の守護だけではなく、毎朝のように剣術の特訓に付き合って貰っていた。普段は臭いで誰かと話したくても話せないニーナにとって、いつからか凄く大切な時間になったらしい。

 カーラは派剣エージェントととしての責務かなんか知らんが、サポートはしてくれる。

 そして――。


「――マリエ、落ち着いて……っ。暁が助けを求めてるから! その姿でも気にしなくて大丈夫、ウチも行くから一緒に助けに行こう!」

『暁……さんが? 私の助けを?』

「そう!――きゃっ……!?」


 ――ハンネを背に乗せた龍が――培養液のプールに浸かる俺の元へやってきた。

 先程マリエが割ったガラスの一部からハンネが手を伸ばし――。


「――ほら、捕まって!」

「……ハンネ、マリエ……っ」


 邪龍・ニーズヘッグの姿になっても男は怖いのか。

 俺に近づいたことで小刻みに震えるマリエの背に跨がり、手を差し伸べてくれるハンネの手を、俺はグッと握って――。


「――そぉいっ!」

「きゃあああっ!?」


 ドボォンと大きな音が鳴り、ハンネが衣服と髪の毛を濡らしながら浮かび上がってくる。


『ハンネェエエエッ!?』


 俺はハンネの手を思いっきり引き、培養液のプールへと引きずり込んだ。


「あんた、何すんのよ!? ふざけてる場合じゃ――」

『――ハンネェエエエッ! 今助けるからっ!』

「ちょ、ま……っ、マリエマリエマリエ怖いィイイイッ!?」


 大切な友達を救おうと、ニーズヘッグ姿のマリエが培養液と研究室を隔てた強化ガラスを勢いよく突き破り……というか身体を突っ込んで暴れ周り――。


「うぉおおおっ!?」

「きゃああああ!?」


 ガラスが壊れ、ざばぁと研究室へ零れる培養液とともに、俺達はプールから解放された。

 髪を掻き上げ、互いの無事を確認しあった所で――。


「あんた何すんのよ!? 私が折角助けようと手を差し伸べて上げたのに!」

「それは感謝してるが、ハンネ、お前は俺をマリエの背中に乗せる気だっただろ!? 近づいただけでも震えるマリエの背中に乗るとか、振り払われて俺が死ぬわ! そこら辺まで頭回せよ!」

「ぅ……。それは、確かに……そうなったかも」


 自分にも落ち度があったことに納得したのか、ハンネの勢いが弱まった。

 何だかんだでキメラさんのこともまだ受け入れ切れていないようだし、頭が上手く働かなくても仕方ない。

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