第53話

「クソッ!――ここで蓄積された研究データは惜しいが……やむを得んッ。非常装置だッ!」


 瓦礫の山から起き上がったシムラクルムはそう叫ぶと――幾重にもロックされたパスコード付きの機械を操作し始めた。

 ヤバい、俺の直感がそう告げている。これは自暴自棄になった上司の挙動だ。

 今、この中で自由に1番早く動けるのは――。


「ハンネ、あいつの操作を止めろッ!」

「――え?」


 ダメだ。

 ハンネはキメラさんや変貌したマリエに脳内の処理が追いついていない。

 間に合わない――。

 そして、非常音らしきサイレンと赤い光が明滅を始めた。


「な、なんだよこのサイレン!?」

「――やばい、逃げろ!」

「落盤が来るぞッ!」


 研究員達がいの一番に研究所を離れていく――。

 力尽くで壊されたドアから、蜘蛛の子を散らすかの如くに去って行く。


「う、ウァアアアアアッ……」

「キメラさん!? しっかり!」


 冷や汗を浮かべながら、苦しむキメラさんに再び電流のようなものが集中した。

 その姿は急速に巨大化しつつあり、背中からはドラゴンのような羽根まで生えてきて――。


「抵抗は無駄だ! これはそのキメラを覚醒させ、この研究所ごと吹き飛ばす非常装置だ! 神の先兵が来た時にと用意していたが――もはやこの爆破装置が作動した以上、生き残れるのは無限に細胞分裂を繰り返す私のみだ! 忌まわしき邪龍・ニーズヘッグとて、この地下深き岩盤の重みからは逃れられぬ筈だ! 邪龍は不死故に死なぬだろうが、永遠に重さで動けぬ苦しみを味わうがいい。ふはははッ!――巨体が仇となったな!」


 クソ、ふざけんな……。高笑いが癇にさわる!


「――てめぇ、普段からバックアップも取らずに破壊とか、人の苦労をなんだと思ってやがる!?」

「貴様こそ何を言っている救世主!?」


 クソ上司が! 部下を犠牲にした上、あっさりと積み上げてきた物をぶち壊しにしやがった。

 人の人生をキメラさんの苦しみを――時間と労力をなんだと思っていやがる。


「――キメラさん、しっかり! 自分を強く持って!」


 苦しみながら、身体が変型するのを必死に制御するキメラさんを俺は必死に励ます。

 解ってる、応援なんていうプロセスを加えたところで結果が変わらない事は……っ。

 何か、有効策はないのか……っ。キメラさんを救う結果を得られる策は……っ。


「……暁君、改めてだけど、君は良い剣を持っているね」


 キメラさんは、俺が右腰に差している剣をそっと触った。

 それは学園長――というかカーラから貰い、ポッキリ折れた銘々『レーヴァテイン』の反対側に下げていた予備の剣だ。


「――ちょっと、地味な見た目っすけどね。……夜の飛び込み営業で――前に城砦を護った兵士の遺品を、何とか探した家族に届けた時に『送料代わりに』って貰った指輪があったんすけど。……独り身の自分には不要だったので。わらしべ長者的に営業を繰り返していって、この剣を手に入れたんすよ。……なんか、この剣が手に馴染んで」

「そうか……。君の利益を生み出す営業能力は、大した物だ」

「……俺の〈ギフテック〉が『企業戦士』らしいっすからね」

「――その剣はね、斬った者の特性を引き継いでいく――生きている剣だ。正しく、聖剣や魔剣と呼ばれる類いの物だよ」

「――は?」

「暁の仲間に、炎魔法を使える人はいる?」

「そりゃ、俺とか……。あそこでボーッとしてるカーラ含め、全員使えますけど……。王立学園生で最高水準の教育を受けてますし。いや、それよりこれが魔剣って――」

「シムラクルムは無限に細胞分裂を繰り返すと言ったけどね、僕の持つフロストドレイクの息吹の氷結能力なら――細胞分裂を止められる。それに、細胞分裂を素早く繰り返すのに必要な物は――グ……ッ」

「ちょっと待ってくださいっ。キメラさんあんた、何を言おうと――」

「……僕を倒して得られる経験値、至る天啓レベルは膨大な筈だ。――後は頼んだよ。救世主にして剣士、暁」


 キメラさんは目にも止まらぬ速度で剣を握る俺の手ごと鞘から刀身を引き抜き――。


「――キメラさんっ!?」

「これで……いいんだよ。――これで、僕は数百年の労役から、救われる……っ」


 にこりと笑ったまま――自らの心臓に剣を突き立てた。

 肋骨に当たらないよう、横向きで深く突き刺す周到さだ。


「え……、あ……っ」


 唯でさえ、肉を引き裂くのは苦手だった。

 その上、今は刀身を通して鼓動が――ドンドン弱まるキメラさんの拍動が伝わってくる。

 俺はたまらずに剣から手を離そうとして――。


「離さないでっ!……ちゃんと、僕の全ての想いを持って行ってね」

「き、キメラさん……っ」

「――貴様等っ! 何をしているか!?」


 俺達がしていることを見て――シムラクルムが絶叫した。

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