13.色々いったあとは

「ルリカ、今日はスケボー行くぜ!」


「今日はインラインしようぜ!」


「知り合いがテニスコート貸してくれるってよ!」


「今日はプールに……え、水着ねえ? 持っとけよな! じゃあスケート行こうぜ!」


「バレー教えてやるよ!」


「ルリカ、今日はボード行こうぜ!」



 こうして、ルリカの一週間が過ぎた。

 見るだけの時もあれば、一緒にやらされることもある。

 特に、最後のスノーボードは強行軍だった。

 朝早くに家を出て、ひたすらスノーボードを特訓させられて、夜遅くに戻ってきたのだ。

 スケートの時点で筋肉が悲鳴をあげていて、もう今はひたすらに体中が痛い。


「ルリカー、今日は……」


 テッペイが勝手にルリカの部屋の扉を開けて入ってきた。いつもなら怒るところだが、とりあえずは後回しだ。


「待って、テッペイ! 私今日、本当に無理!!」


 体がバキバキ音を立てていて、ひとっつも動かない。笑うだけで筋肉が引きつる。


「んだよ、情けなねーなー」

「あんたみたいな筋肉男と、一緒にしないでくれる?! もう体中痛くて泣きそうなんだから!」

「んじゃあ、今日はなにすっかなー」

「早く職安行きなさいよ?! この一週間、遊び通しじゃない!」

「仕事かぁ。なーにすっかなー」

「ごめ、テッペイ。職安行く前に、私を起こしてほしいんだけど」


 ベットに寝転んだままだったルリカは、助けを求めてテッペイに手を差し出す。

 しかしテッペイはその姿を見て、ニヤニヤと笑っているだけだ。


「ちょっとテッペイ、早く……」

「動けねーの?」

「見ればわかるでしょ! 全身筋肉痛だよ!」

「ふーーん」

「……ちょっと、テッペイ……なんなの、その目……」


 いやらしさ満載のその顔に、ルリカは身震いした。絶対にろくなことを考えてないに決まっている。

 テッペイはその顔のままズンズンと近づいてくると、ベッドの上に乗り、そして……。


「やだ、やめてよ?!」


 ギシッとルリカを膝で跨いだ。


「やってやるから大人しくしとけよ。動けねーんだろ」

「ちょ、なんでそうなるのよ! ヤってほしくなんかないってばっ」

「いいから後ろ向けって。背中、ちょっとマッサージしてやるから!」

「へ?」


 ハッとしてテッペイの顔を見ると、さっきより意地悪にニヤニヤと笑っている。


「なにいやらしーコト考えてんだよ、ルリカ」

「か、考えてないってば!! 後ろも向けないのっ」

「んじゃ、ストレッチしとくか」


 テッペイはルリカの足を持つと曲げ伸ばししてくれた。

 その後は、ふくらはぎや脚を優しくいたわるようにして触っているだけだ。ルリカは疑いの眼差しをテッペイに向ける。


「ちょっとそれ、触りたいだけじゃないの?」

「ちげーって、強擦法きょうさつほうっつって、筋肉痛の時は強くマッサージしちゃいけねーんだよ。これ、気持ちよくね?」

「うん……気持ちは、いいけど」


 ルリカがそういうと、テッペイは必ずニヤニヤするものだから、言いにくくて仕方ない。

 テッペイはルリカの体を横にさせて、肩や背中も丹念にさすってくれた。人に手を当ててもらうという感触は、たとえさするという行為だけだったとしても、とても気持ちが良いものだ。

 思わず垂れそうになる涎に気付き、慌ててゴクリと飲み込む。


「俺、こういう仕事なら楽しくやれるかもなー。女の子に触りたい放題! 最高じゃね?」

「あ、なるほど……向いてるかもね……女の子が来ればだけど」

「よっしゃ、じゃあ今日は職安行ってくるか!」

「え、本当に?」

「金もなくなってきたしなーしょうがねぇ」


 動機が色々問題あるような気もするが、それにはこの際、目を瞑る。

 ふと気づくと、熱心に背中をさすってくれていた手が、下へと伸びていた。


「あーー、やわらけー」

「ちょ、お尻を触るなっ!」

「これはマッサージだ!!」

「テッペイ、こんな仕事に就いても、速攻でクビになる未来が見えたわ……」

「なんでだよ、れっきとしたマッサージだろ?!」


 ルリカには、それが本当にマッサージとしてあるのか、エロ目的なのか、判別がつかない。十中八九、今のテッペイはエロが目的だとは思うが。

 それでも気持ちいいのは確かなので、それ以上はなにも言わないでおいた。


 テッペイはその日、本当に職安に行って、手揉みのアルバイトを探し出し、さっさと面接を受けてきた。人手不足なのか簡単に受かり、その日のうちから研修が始まって、次の日にはお客を相手に実践したようだ。

 しかし、その手揉み専門のお店に勤めることになって一週間が経った頃。


「辞めてぇ……」

「早いよ、テッペイ?!」


 元気がないなとは思っていたが、この日はガックリと項垂れていた。さすがのルリカもそんな姿を見ると心配になる。


「どうしたの、なにかあった?」

「客に、女がいねえっ!!」


 ああ、やっぱり、とルリカは思った。

 女性は大抵そんなマッサージ店に行く時、女性専用のところを選んぶものだ。

 男性マッサージ師がいるところを選ぶ人もいるだろうが、そんなに多くはないだろう。


「なにが楽しくて、男の体を触らなきゃいけねーんだ!!」

「お店の前に、テッペイの顔写真でも置かせてもらったら? 〝私たちが働いてます!〟みたいなやつ。そのイケメンなら、女の子が指名してくれるんじゃない?」


ルリカの提案に、テッペイはパチリと目を広げた。


「なるほど! 女が来るなら俺はなんでもやるぜ!」


 どうやら、やる気になってくれたようだ。単純で助かった。ほっと一安心である。

 働き始めて一週間もしないうちに辞められては、目も当てられない。これで少しは持ってくれるといいのだが。


「ルリカもマッサージしてやろうか。俺、色々習ってんだぜ!」


 そう言いながらわきわきする指がとんでもなくいやらしく見えたので、ルリカはバッサリと断った。肩が凝ったときにはお願いする、とだけ言って。


 その日の夜中、そろそろ寝ようかなと思った頃に、またいつもの声が聞こえてくる。


 う……う……


 そんなくぐもった声が、毎日、毎日。

 テッペイはどれだけ溜まっているのだろうか。まったく、呆れた男だ。


「今日はもうちょっとだけやろうかな……」


 描きペースが上がっていて、今はまだやめたくない気分だった。

 いつもは午前一時になる前に寝てしまうが、気持ちが乗ってしまって寝られそうにない。

 今やっているページだけ仕上げてしまおうと思い、ペンを手に取った時。


 バサッ


 音がして振り向くと、本棚の端に置いてあったスケッチブックが床に落ちている。

 そんなに落ちるところに置いていただろうかと思いながら、元の場所に戻すと、今度はキュッという音が聞こえてきた。

 そして、ピチャン……ピチャン……という水の垂れる音が、かすかに部屋に届く。


「……テッペイ?」


 喉を渇かせたテッペイが、台所で水でも飲んだのかと思った。

 ピチャンピチャンという音が気になり、台所に行って確認する。しかし、テッペイの姿はなく、水が滴っているだけだ。

 蛇口をしっかりと閉めて、首を捻らせながら部屋に戻ってくると。


「……なんで?」


 戻したばかりのスケッチブックが、また、そこに落ちていた。

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