02.自慢の裸体

 途中で遭遇するモンスターを倒しながら、ルリカたちはようやく目的の場所にたどり着いた。

 森は抜け、広い雪原になっているものの、そこには多くの黒い人型の悪魔……デーモンデビルが闊歩している。


「おーおー、わんさといるな」

「どの個体がアンジェラクイーンになるのかわかる?」

「んなもんわかるわけねーだろ。片っ端からやってやろうぜ」

「再浄化時間はもう来てるの?」

「知らねーって。まぁやってりゃそのうちPOPする湧くし」

「適当過ぎるでしょ!!」

「これが俺のやり方だ!」

「バカなの?!」


 片っ端からやっつけるというのはまだわかるが、ルリカはせめて再浄化時間くらいは知りたかった。

 デーモンデビルを倒していると魂は浄化され、稀に〝アンジェラクイーン〟という巨大な天使が現れる。

 アンジェラクイーンはネームドモンスターと呼ばれるレアなモンスターで、一度倒すと八時間は出現しないのだ。再浄化時間に入ってから……つまり前回倒してから八時間経ってからでないと、その間はいくらデーモンデビルを倒しても無駄となる。


「ちょっと待って、聞いてみる」

「あ? 聞いてみるって、誰にだ?」


 ルリカはテッペイを無視してステータス画面を開き、掲示板と書かれた文字をタップして立ち上げた。

 検索するも、八時間以内にアンジェラクイーンを倒したという記述はない。ただ書き込んでいないだけだろうと判断したルリカは、『今から八時間以内にアンジェラクイーンを倒した方はいらっしゃいますか? 何時頃倒されましたか?』と記入して投稿した。

 すると少ししてから、『今から六時間半前くらいに倒しました』と書き込んでくれた人がいた。その人の称号を調べてみてると、〝アンジェラキラー〟となっている。ガセネタではなさそうだ。


「テッペイ、後一時間半で浄化時間入るって!」

「へぇ……ってルリカ、お前その情報どこで手に入れた?」

「え? 掲示板だけど」


 そう言うと、テッペイは慌てて掲示板をチェックしている。その記述を見た後で彼は盛大に溜め息を吐いた。


「あーあ……まいっか」

「なによ?! 有益な情報だったでしょ?!」

「んーじゃ、一時間半なにすっか? マップクエ受けてきて取り行ってくるか?」

「すぐに取れればいいけど、バタバタしちゃいそう。一応、一時間後には戻ってきておきたいし」

「だなぁ。一旦街に帰ってまた来るのも面倒だし、ここで待つか。あ、わり、ちょっと電話掛かってきた。オートモードでフォローしとくな」

「うん、行ってらっしゃい」


 そういうとテッペイの目に光がなくなり、機械的にタタタタッと走ってきてルリカの後ろに整列した。ルリカが一歩進めばテッペイも自動で一歩進む。敵に絡まれれば自動で探知し、AIが代わりに適切な行動を取ってくれる仕様だ。適切と言っても、機械的な行動ではあったが。

 オートモードだけでクリアできないように、低知能に設定されてあるのだろう。

 ルリカはサクサクと音を立てて雪の中を歩いた。その後ろを、オートモード状態のテッペイがついてくる。どれだけ雪に円を描こうと歩いても、足跡はすぐに消えてしまって。

 現実のように見えても、ここはVRの世界なんだと認識させられた。

 後ろを振り向くと、無表情のテッペイがルリカを見ている。こうなるとNPCノンプレイヤーキャラクターと変わらないなと、彼の頬を少し撫でた。


「なにしてんだ、ルリカ」

「きゃあああ?! ちょっといきなり戻ってこないでよ!!」

「俺の顔に惚れんなよ?」

「ただのアバターじゃん!」

「いや、俺、リアルフェイス使ってるから」

「はぁ? 嘘ばっかり」

「いや、これマジ」


 このナロウオンラインは、顔や背格好、体つきまでリアルと同じにすることもできる。ルリカはリアルとは程遠い白人の顔立ちを選んだし、子どものような体だけど胸だけは大きなものを選んだ。だからみんな、そういうものだと思っていた。

 まさか本当にリアルフェイスを選ぶ人間がいるとは、理解しがたいことだ。『普段と違う自分になれる』というのがVRの醍醐味だというのに。


「か、顔がいいだけの、キモオタ……?」

「誰がキモオタだ!! 俺は長年バレーやってっし、スポーツマンだっつーの! この体もリアルボディだゴラッ!」


 そういうとテッペイはステータス画面を操作し、装備品を全部取っ払った。

 青のボクサーパンツのような物だけが残され、あとは裸。この銀色の世界に裸族が一匹。

 確かに本人の言う通り、引き締まっていながらも溢れる筋肉。スポーツマンらしいガチガチの体だ。リアルパラメータも反映される世界なので、 盾役タンクなのに 攻撃役アタッカーに近い攻撃力があることでそれは証明されている。だがそう、ここは雪の世界。


「うおおおおおお、さびいいいいいいいい?!」

「バカなの?! スリップがオートリジェネレーションの範疇外だよ!! ガンガンHP減ってる!」

「早く着ねぇと……」

「ちょ、デーモンデビルがこっちに……っ!」

「忘れてた! こいつらこの間のVUバージョンアップで視覚探知から生命探知に変わったん……ぶごぁああ!!」


 大量のデーモンデビルが押し寄せてきて、テッペイは自慢の裸体をぶん殴られた。いくら 盾役タンクとは言っても、それは優秀な防具があるから成り立つわけで。テッペイのHPはスリップと相まって、黄色から一気に赤く染まる。


「ヤベッ」

「もう、なにやってんの!!」


 ルリカは楽器をハープに持ち替え、焦りながらも柔らかな音楽を奏でた。


「あなたに眠りの誘いを……〝ベルスーズ〟」


 闇属性のデーモンデビルに、光属性の眠りの曲ベルスーズはよく効く。一瞬焦ったが、集まったデーモンデビルたちは立ったまま眠りに落ちていてとりあえずはホッとした。


「今のうちに服着て回復して! 」

「わりぃ!」


 テッペイが装備をつけて回復している間にもう一曲、今度はMP回復ゲリールを奏でる。ベルスーズの効果時間は三十秒しかなく、しかも再詠唱リキャストは四十秒後。どうしたって十秒のインターバルが必要となる。魔道士がいれば睡眠魔法スリープで上書きしてもらうのがセオリーだが、今は二人っきりだ。

 テッペイは着替えながら挑発やダメージの与えない光魔法を放ち、使える能力アビリティを総動員し、ベルスーズでルリカに向かった敵対心ヘイトを自身に取り戻してくれていた。


「テッペイ、もう起きるよ!」

「おお!」


 ルリカはすぐさまグラニークラリネットに楽器を持ち替え、敵に攻撃力ダウンアタクアンフェをかける。デーモンデビル達が目を冷ます直前、テッペイは〝鉄壁〟アビリティを発動していた。


「おっしゃ、いつでもこい!!」


 その瞬間、デーモンデビルたちは目を覚まし、ヘイトを稼いだテッペイに一斉に襲いかかる。


「ひゃ、大丈夫?! テッペイ!!」

「問題ねーぜ! それよかスキルゲージ溜まったら範囲で一気にやっつけるから、ディフェアンフェ頼む!」

「わかった!」


 ルリカが彼の指示通り、守備力ダウンディフェアンフェの曲を演奏してデーモンデビル達の守備力を下げる。その直後、テッペイがナイト唯一の範囲攻撃であるセイントブレードを放った。しかしデーモンデビルたちのHPは、まだ半分しか減っていない。


「クソッ」


 テッペイの鉄壁アビリティ効果は切れ、ボコスコと殴られている。この状態では回復魔法キュワの詠唱もままならないだろう。

 ルリカは再詠唱リキャスト可能となったベルスーズを演奏した。シュババッという効果音がして、今テッペイが戦っている敵以外、全員がおねんね状態となる。


「ナイス、ルリカ! もう次のセイントブレードでいけるはずだ!」

「これで決めなきゃ殺す!!」

「わかってるって!」


 ルリカはすでに掛けていた徐々にMPが回復するゲリールを捨て、 間隔短縮ラルコシール攻撃力アップモンテアタクの歌を歌う。

 デーモンデビルがもう起きるという時、テッペイの剣は光を放ち始めた。巻き添えを食らわないようにルリカは飛び下がる。

 そしてクレイヴソリッシュから放たれた閃光が、ブオンと右に薙いだ。テッペイの周りを囲んでいたデーモンデビルたちの胴が真っ二つに裂け、グアアという情けない断末魔が輪唱する。裂けた胴は灰になったように細かく散り散りとなり、空気に溶け。

 後には、デーモンデビルの目玉という合成アイテムが、いくつか散らばっていた。

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