君とナロウオンライン〜固定パーティを組んでる人はダメンズだけど楽しいです〜

長岡更紗

01.雪の森マップへ

 血のたぎるようなBGM。

 リアルの世界ではお目にかかれないような、大きな火柱が突き抜ける火山口。

 そこでルリカはいつものように楽器を持ち替え、歌を歌おうと口を開いた。

 が、その口から出たのは、歌声ではなく罵声であった。


「ちょっと、テッペイ!! んなとこ立ってんじゃないわよ!!」

「んだよ?! お前いっつもナイトは後衛側にいろっつってんだろうが!」


 この男はなんにもわかってない……とルリカはため息をつきたくなる。

 今戦っているのはファイアドラゴン。今の位置では、ブレスを吐かれると後衛まで食らってしまうのだ。少し考えればわかりそうなものだが。


「移動して!!」

「後衛が移動すりゃいいだろ!!」


 後ろを見ると、現在詠唱中の黒魔道士と白魔道士の姿。

 動くと詠唱がキャンセルになってしまうから、今は無理だ。


「テッペイ、早く移動し……」


 ルリカの声はゴオオオオオッという音で掻き消された。

 ドラゴンの放ったファイアブレスをくらい、あっという間にルリカのHPは黄色に。そして白と黒の魔道士は一発で死んでしまった。

 二人ともレベルが少し低かったから仕方ないだろう。

 ヒーラーを失ったパーティは、あれよあれよという間に全滅してしまった。

 強制システムでヨモウ街に戻された一行が確認すると、課せられたデスペナルティで所持金と経験値がゴソッと減ってしまっている。まさに徒労しかなかった一戦だった。

 そしてパーティが再戦を望まずに解散するのも当然の流れであった。



 ここは、ナロウオンラインというVRゲームの中の世界。

 発売から一年半、テッペイとルリカは初期に出会い、現在二人はほぼ固定パーティとなっている。残りのメンバーは野良で誘うので初見が多い。

 毎回固定しているテッペイとですら息が合わないのに、他の人となかなか連携が取れないのは仕方ないところではある。


「あーもう、テッペイのせいで赤い心臓ミッションクリアできなかったじゃない!」

「俺のせいかよ?!」

「あんた以外の誰のせいだっていうのよ!」


 二人とも気が強いのでこうして言い合うことも多いが、決していがみ合っているわけではない。言い合えるからこそ、関係が長続きしているとも言える。


「お前いい加減にアンジェラフルート取ってこいよ。そうすりゃ俺がどの方向にいても問題ないだろ」


 テッペイは、吟遊詩人が喉から手が出そうになるほどの楽器名を口にした。

 吟遊詩人は範囲魔法のようなものなので、音楽効果を付与するには、その効果範囲のギリギリを狙わなければいけないこともある。


 MP持ちのナイトと後衛をMP回復ゲリールの効果範囲内に入れようと思うと、結局ナイトは後衛側に向かなければいけなくなるのだ。

 ドラゴンブレスのような前方扇状範囲攻撃がある場合、その位置を逆にしてナイトのMP回復を諦めたり、複雑な陣形にしてどうにか音楽効果の範囲内に収めたりする。

 その位置どりをナイト自身にやってもらわなければいけないのだが、このテッペイは頭を使うことは嫌いで何度言ってもわかってくれない。

 だから『アンジェラフルート』の名前が出てきたのだろう。音楽効果を個別に選んで掛けられる、唯一の楽器。それがアンジェラフルートなのだから。


「そりゃあ、詩人にとっては夢の楽器だもん。取りに行きたいけどさ。私じゃ倒せないし」

「付き合ってやるよ。欲しかったんなら言えって。今さらなに遠慮してんだよ」


 テッペイはそう言ったかと思うと、


『雪の森マップの転移魔法を使える人、連絡ください! 報酬五〇〇〇ジェイア!』


 とシャウト機能を使った。テッペイのこういう行動力はすごいなと、ルリカはいつも尊敬している。

 転移系魔導師が捕まり、報酬を支払うとすぐ雪の森マップに飛ばしてもらえた。



 景色は一転し、賑やかなヨモウ街の風景からあっという間に白銀色の森の世界に入る。その瞬間、ルリカとテッペイはブルリと体を震わせた。


「やべ、この格好じゃ寒かったな」

「当たり前でしょ、バカ」


 雪の森マップの寒さは厳しく、〇.五秒ごとにHPがどんどん減少スリップしてしまう。なにか防寒着を持っていただろうかとステータス画面を開いて見るも、持ち物上限の低いルリカは、やはりホームの収納に仕舞っているようだ。


「なんだ、防寒アイテム持ってないのか?」

「だって、こんなとこに来るとは思わないじゃん。私、持ち物バッグ上限低いしさ」

「んじゃ、これ使えよ」


 テッペイがステータス画面の中のバッグからコートを取り出し、ポイっとそれを手渡してくれた。


「ハピバコート?」

「ハッピーバニーじゃねぇって。ネームドのハッピークレイジーバニーの毛皮で作ったコート」

「おおー、クレバコート!」

「こないだ初心者が苦戦してんの見かけてよ。助けてやったら毛皮くれたから、作っといた」

「さっすが革細工職人!」


 クレバの毛皮は、売れば初心者には結構な金額になる。だから助けてくれたお礼にと渡されても、普通は断るのが上級者というものだろう。テッペイはとにかくこういう気遣いに欠けている男なのだ。

 まぁその気遣いができないおかげで今回は助かったのだが。

 そんなことをルリカが思っているとはつゆ知らず、テッペイはドヤ顔を決めている。少し苦笑いしながらクレバコートに袖を通すと、HPのスリップが停止し、ようやくホッとした。

 ザクザクと雪を踏みしめ、目的地に向かって平然と歩くテッペイを見上げる。


「テッペイは平気なの?」

「俺はナイトの特性の自動HP回復オートリジェネレーションがあるし」

「え? その特性ってレベルが上がれば勝手に付与されるものだった?」

「いや、こないだ同志募って特性クエ行ってきた」

「いつの間に……」


 ルリカはログインした時に、テッペイがいたら必ず声をかけるようにしている。テッペイはすでに別のパーティを組んでいる時もあるし、ログイン自体しないこともあった。そんな時は固定パーティとは言いつつも、やっぱり別行動を取るしかない。

 ルリカはテッペイが来ない時は、楽器スキルをあげたり、採掘をして鉄鋼スキルを上げたりしている。テッペイの装備品のほとんどは、ルリカの鉄鋼スキルで作った物だ。今、腰に下げているクレイヴソリッシュという剣も然りで、これを使ってもらいたくてルリカは相当な時間を費やしたのを思い出す。

 逆にテッペイは、ルリカが来るまでクエストをこなしていることが多いようだ。

 一緒に遊ぼうと約束している時でも、少し時間が空いただけでなんらかのクエストを始めている。そのせいで約束の時間に遅れるなんてことはしょっちゅうだった。

 一言で言うと、ルリカから見たテッペイは、いい加減な男であった。ルリカはテッペイがいつ来てもいいように、常にソロで行動しているというのに。


「おい、もうちょっと早く歩けよ」


 隣を歩いていたはずのテッペイが、いつの間にか先を歩いていた。この男は、女の速度に合わせるということすらしてくれない。

 彼の足跡は、もう雪の上には残っていなかった。VRの世界では、数歩進むと足跡はすぐに消えてしまう。

 足跡を辿るということができないのだ。


「どうせここのマップも持ってないんだろ? すぐ迷うんだから取っとけよな」

「そんな簡単に取れたら苦労しないよ。詩人はソロに向いてないんだから」

「だから欲しいもんがあるなら言えって。今度ここのマップも取りに来ようぜ」


 テッペイは自分勝手でまったく気のつかない男だが、優しくないというわけではなかった。おそらく、それを知っている人はリアルでもごくわずかなのではないかと、ルリカは思っているが。

 ふと見上げると、偽の雪がチラチラと舞い降りてきていた。光が反射して、ダイアモンドダストのようにキラキラ輝いている。

 偽物なのに綺麗だ。偽物だからこそ、嘘のように綺麗なのかもしれないが。

 ルリカは前を向くと、すぐに消えてしまうテッペイの足跡をひたすらに追いかけた。

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