六件 3
「鏡子ちゃん!!!」
司命が鏡子の横たわっている部屋に転がるように入り込んできた。鏡子を刺した男の子は牢屋に文字通り放り込んで、放置してきてある。
「司命。静かにして下さい。あともうっ、少し、なんです」
そう言った司録の手元には針と糸が握られており、鏡子の腹を素早い手つきで縫っていた。やがて糸を鋏で切ると司録は長いため息を吐いた。
「終わりましたよ」
そう司録が声をかけると閻魔大王と司命は二人同時にホッと息を吐いた。閻魔大王が鏡子の寝ている寝台に近づきそっと手を握る。
「良かった……。本当に」
「まだ安心はできません。傷口は塞がりましたが失った血は戻りませんから。しばらくは眩暈や吐き気を起こすでしょう」
「そうか」
閻魔大王はそっと鏡子の髪を撫でる。閻魔大王が鏡子を見る目は慈しみに溢れている。が、一瞬にして鋭い視線を司命と司録に向けた。
「「!!!」」
鋭い視線を受けた司命と司録は思わず肩をすくませ、直立不動で立ちすくむ。
大王サンがこんなに怒るのなんてはじめてじゃね。
司命はゆっくりと視線を司録に向ける。司録も司命の視線に気付き、ゆっくりと頷く。今の二人の共通認識はこれ以上閻魔大王を怒らせてはいけない、だった。
「犯人は」
「え? そりゃああの男の子」
「では聞き方を変えよう。何故ナイフを持ち込めた」
司命は思わず黙り込む。そこに司録が助け船を出した。
「やはり懸衣翁と奪衣婆が怪しいかと」
「ほう」
「探る意味でも本当に身ぐるみ剥がしたか問いましたが。何も答えず、かなり不自然に目をさ迷わせていましたから」
地獄の法律は鏡子が来たからといってすぐに改定はされない。あくまでも地獄の法律は嘘を吐いたら罰せられる、だ。だからか。例え保身の為であろうと懸衣翁と奪衣婆は嘘がつけなかった。
そう考えた方が二人の妙な行動に納得がいく。
司録はジッと閻魔大王の様子を見る。
閻魔大王は鏡子の頭からそっと手を退けた。
「では今から二人に会いに行くとしよう。そして余の妻を傷つけたと分かった暁には……」
閻魔大王は壁に立てかけてあった人頭杖を手に取る。
「灰になって消えてもらう」
閻魔大王が外に向かって足を踏み出した。その瞬間――。
「待って、くださ、い」
か細い声が聞こえた。
閻魔大王を含む三人は一斉に鏡子を見る。いつ起きたのか、鏡子は顔だけを横に倒し真っすぐに三人を見ていた。
「私、も……」
鏡子はふらふらとしつつも上半身を起こす。
「大丈夫か」
閻魔大王はハッとしてすぐに鏡子に駆け寄り、背中を支える。
「は、い」
鏡子は軽くおでこに手を当てながらもしっかりと閻魔大王に対して頷く。
「……えんま、だいおう」
「ああ。どうした」
「私、も。私も、一緒に行きます」
閻魔大王は「だが」と反論しようとしたが口を閉じる。鏡子は結構頑固だということを知っていたからだ。
「分かった」と閻魔大王は頷き、「ただし」と言葉を続けた。
「無茶はしないこと」
鏡子は閻魔大王の言葉に素直に頷く。
「では行くか」
閻魔大王は鏡子の膝の裏に手を差し入れる。そしてあっという間もなく鏡子の体を持ち上げた。鏡子が刺された時と同じ、お姫様抱っこだ。
「閻魔大王……!?」
鏡子は手足をバタバタと動かすも、すぐに刺された傷が痛んで顔をしかめる。
「無茶はしないこと、だ。しばらくは歩くの禁止だ」
「そんなに過保護にしなくても……」
そう鏡子は呟くものの、力が上手く出せない。
しばらくは仕方ないか……。
鏡子は心の中で小さくため息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます