二件 3

 ハッと気付くと目の前に司命の顔がドアップで見えた。思わず鏡子は二、三歩後ろへ下がる。


「大丈夫~? また呆けていたみたいだけど」

「あ、うん。内容はだいたい分かったから」


 鏡子は優雅に椅子に腰かけている閻魔大王に目を向ける。と、閻魔大王は鏡子を見てコクリと頷いた。


「妻よ。仲川 逢之介は嘘を吐いて性格の合わない二人を結婚させた。こういう場合、妻ならどう裁判する?」


 鏡子は目の前で膝をついている逢之介を見る。逢之介は青い顔でブルブルと震えていた。


 鏡子は少しの間目をつむって深呼吸をする。一度落ち着いたところでパチリと目を開く。そして口を開けた。


「結婚、はお互いの合意のもので行われます。彼は確かに嘘を吐いていますが経歴の詐称といった悪質なことはしていませんから。無罪になります」


 その言葉を聞いた瞬間、逢之介がホッと肩をおろしたのが見えた。


 ……良かった。


 逢之介の姿を見て鏡子も胸を撫でおろしていると閻魔大王が席を立つ。そして鏡子の前に立った。


 急に目の前に立たれると威圧感があり、かなり恐い。


「仲川 逢之介は無罪なのか」

「はい……。現代では。地獄では違うんでしょうか」


 鏡子は閻魔大王の顔色を伺いながら細い声で答える。


「いや、決まっていない」

「決まっていない!?」

「嘘を吐いているのだから有罪になるだろうが。先程妻が言っていた通り、結婚は本人同士のことだからな。加減が難しい」


 今の件は地獄では裁くのが難しい分類だったらしい……。


 まだまだ地獄ってよく分からないなと思いながら鏡子は閻魔大王を見ていると、ふと閻魔大王に手を引かれる。


「え?」


 鏡子が戸惑っていると閻魔大王は「行こう」と一言だけ返す。


「行くってどこへ?」

「広間だ」


「なんで?」とまた疑問を残しながらも閻魔大王に引かれるまま鏡子は裁判所を後にした。




 鏡子は宿舎の広間に座っていた。目の前には閻魔大王がいる。

 丸机には箸だけが置かれている。


 これってもしかして……。


「あのー。今から食事ですか?」

「ああ、そうだが」


 何だってまた食事? しかも閻魔大王って忙しいんじゃなかったっけ。


 鏡子の頭が大混乱している中、司命と司録がお茶と食事を次々に出している。ある程度食事が出た後「頂こうか」と閻魔大王から声がかかった。


 テーブルにはサラダや揚げ物といった極々普通の料理が並んでいる。


 けれど――。


「一つ質問があるんですが」

「どうした」

「変な料理ってないですよね」


 朝食べた蛙とか。


 だが閻魔大王は黙っている。鏡子は嫌な予感がすると思いながら大王をジッと鋭く見た。それに反応して閻魔大王はぼそぼそと喋り始める。


「……余の好きなものは取り入れたが」

「何ですか」

「タランチュラ」

「タランチュラ!?」


 ガタッと思わず腰を浮かす。鏡子はさらに鋭く閻魔大王を睨みつけた。


「私は食べないですから!」

「う、上手いんだが」

「何と言ったって食べません」


 二人が言い合いをしている中、クスクスと司録が笑みをこぼしている。


「どうやらこのままだと大王は尻に敷かれそうですね」

「なーにー。『尻に敷かれる』って」


 司命の問いかけに司録は「『妻が夫より強い』ということですよ」と答える。


「それって良いこと? 悪いこと?」

「そうですねー。どちらの場合も考えられますが、閻魔大王の妻ということを考えると良い意味ではないですか。閻魔大王を敷くことができるくらい強い女性の方が魅力的ですし」

「じゃっ、いい夫婦になりそうってこと?」

「ええ」


 鏡子は「ええ、じゃない!」と心の中でツッコミながらまだ閻魔大王を睨んでいた。


 すると司録が「まあまあ」とやっと鏡子と閻魔大王の仲裁に入る。


「閻魔大王は鏡子様とお食事をしたかったみたいですね」


「おい」と閻魔大王が止めに入るが司録はニコニコと笑いながら言葉を続ける。


「やきもちを妬いていたみたいです」

「やきもち?」

「一緒に食事をしていたという話が羨ましかったんでしょう」


 鏡子はパチリと瞬きをしてから閻魔大王を見る。


「そうなんですか」

「……。司録と司命がやけに楽しそうだったからな。そんなに楽しいのかと思ってな」

「……」


 閻魔大王ってやきもちや妬くんだ。それに威圧的で恐いイメージがあったのに、ちょっと子供っぽい。

 なんか変なの。


「今はどうですか」

「どう、とは」


 鏡子は何故か得意げになりながら問いかける。


「その。楽しい、ですか」

「ああ」


 その閻魔大王の答えにより一層鏡子は得意げになった。


 ――何故だかは分からないけれど。

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