二件 2

 気付けば鏡子はどこかのオフィスの一室にいた。目の前の黒いソファーには司命が紹介した仲川 逢之介が深刻そうな顔をしてため息を吐いていた。


 やっぱり最初の裁判の時と同じ。仲川 逢之介の過去を見ている。


 逢之介はイライラと足を揺すっている。しばらくするとコンコンと外から扉を叩く音が聞こえた。


「はい」


 逢之介はソファーから立ち上がり扉を恭しく扉を開けた。

 部屋に入って来たのは逢之介よりかなり年上の男性だ。


「お見合いの日程は決まったのか」

「ええ」


 逢之介は無理に笑顔を浮かべながら、男性を向かいのソファーへと案内する。逢之介は男性に出すコーヒーを入れながら聞こえないよう短くため息をこぼしている。


 この人、よっぽど男性が嫌なのかしら。


 鏡子は逢之介の横顔を見ながら首を傾げていると、その疑問はすぐに解決された。


「あの……。やはりこのお見合い、上手くはいかないと思うのですが」


 その言葉を聞いた瞬間に、男性は鋭く逢之介を睨みつけた。


「そうはいくか。うちの娘はあの若造を気に入っているんだぞ。必ず成功させる。いや、成功するに決まっているんだ。何と言ってもうちの娘は社長令嬢だぞ」


 どうやらこの男性はどこかの企業の社長らしい。


 逢之介って人も大変ね……と同情しつつ、鏡子は少し離れたところから二人のやり取りを見守る。


 逢之介はコーヒーを持って社長の机の前に差し出す。逢之介自身は手ぶらで向かいのソファーに座った。


「ですが二人は性格が違いすぎます」

「そこは安心したまえ。わしも妻と最初は気が合わなかったが、上手くいっている。それに君もこの結婚を成功させた方がいいぞ。報酬金をたんまりと出そう」

「……分かりました」


 逢之介は渋々と頷いた。社長は逢之介の返事に満足したのか、にんまりと意味深に笑いながらコーヒーに手をつけた。




 ハッと鏡子は目を見開く。一度瞬きをした瞬間、世界が変わっていた。

 鏡子の目の前には豪華な和室が広がっている。逢之介が正座しており、その向かいには社長があぐらをかいていた。ただ昨日とは違い、逢之介の隣には背筋をピンと伸ばした若々しい男性が、社長の隣には桃色の艶やかな着物を着た金髪の女性がいる。


 これってお見合い……だよね。


 鏡子は時間が先に進んだらしいと思いながら、逢之介に注目する。


「まぁ、まずは紹介から。彼は覚束おぼつか 雅史まさし。二十八歳」

「ええ、知っていますわ」と社長の隣にいる女性は意味深に笑う。

「パーティーで出会いましたよね。私はけんかい 麗子れいこです。いつも父の会社と取引をしていただいて、ありがとうございます」


 覚束 雅史は「そういえばそうでしたねー」と苦笑いを返した。その様子から恐らく麗子のことを覚えていないのだろうと鏡子は察する。


 それにしても「私の父」ということは、この麗子って人が社長令嬢か。


 社長と麗子はそこまで顔は似ていないが、どこか意味深な笑い方をするところや仕草がところどころ似ている。


 逢之介はゴホン、と咳払いをする。


「麗子さんは才色兼備、しかもお料理も得意だとか」

「ええ。といっても料理は趣味程度ですが」

「家庭的で雅史さんとお似合いかと」


 逢之介はにっこりと笑う。だがその笑みがどこか薄っぺらい。


 鏡子はその薄っぺらい笑いがどこか心にひっかかった。


 逢之介は次に雅史に視線を移し、雅史の紹介を始める。


「雅史さんは将来有望と期待されているんですよ。次期課長だって」

「え? ええ、まぁ」


 雅史は視線をあちこちへさ迷わせている。


 何かあったの?


 鏡子は嫌な予感がして逢之介に目をやる。と、逢之介も視線を雅史と同様さ迷わせていた。


「もしかして、嘘ついてる?」




 鏡子が思わず呟いた瞬間、また世界が変わっていた。

 今度はダイニングテーブルに雅史と麗子がいた。だが二人とも深刻な顔をしており、雰囲気が暗い。


「離婚しましょう」と麗子が先に口を開いた。


 その一言からどうも二人は結婚したらしいと察する。

 よく見ると雅史も麗子も前回より少しではあるが年を取ったようである。


「まったく……。料理が得意だって言うから結婚したのに。料理なんかしないじゃないか」

「こっちだって言いたいことは山ほどあるわよ。いいのは顔だけ。将来有望なんか嘘ばっかりじゃない」


 ――やっぱり逢之介って人、嘘ついてたんだ。


 鏡子は少し複雑な気持ちになりながらいつの間にか麗子が机に置いた紙を見る。離婚届だった。

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