第14話

いつもより早く家を出たさやかは、絹の好物のきびだんごを東京駅のエキチカで買って店に向かった。


「おはようございます」

「おはよう、さやかちゃん今日は早いのね」


「少しお茶しませんか、少し絹さんと話をしたかったので」手元の紙袋を胸の前まで持ち上げ、さやかは“はにかんだ”。


目を細めてほほ笑む絹は、そそくさとカウンターの中へ入り、お茶を入れだした。BARとは言え“タイム”には絹の好みで玉露も用意がある。



玉露ときびだんごを前に、二人はカウンターに並んで座っっていた。

「おいしそう、久々なのよきびだんご」絹は一本手に取り頬張った。


さやかは玉露をほんの少し口に含み、清涼感を味わってから話し出した。


「昨日、あの後陽子さんと話したんですけど」

「はい」


「陽子さん、深倉優衣さんで、しかも花の事が好きで」

まだ頭が整理できていないのか時系列が乱れがちだが、さやかは昨日の出来事をほぼすべて話した。


「で、さやかちゃんはどうしたいのかな」


「…それより、絹さんは知ってたんですか?」


「少し花ちゃんにも残して置かないとね」そう言いながら、一本食べきって次のきびだんごに手を出し絹は言った。本当に好きらしい。


「陽子さんの事はもちろん知っていたわよ。だってあんな有名な女優さんが一人で来てたら気になるじゃない」

気にならなかったさやかは少し首をすくめた。


「この仕事してると、そういうのは意外と見えてくるのよ、目線がずっと花ちゃんを追ってるし」


さやかも無意識に花を見ていたのだろう、だから同時に見ている陽子の視線に気づかなかったのか。となると、絹にはさやかの視線も見られていたと言うことになり…。


心を読まれたようなタイミングで「さやかちゃんはもっと判り易かったけどね」口にだんごを入れて微笑んだ。


さやかは耳が紅くなって熱くなるのがわかったが、なんだかそれほど嫌ではない。自分の気持ちを知ってほしかったのだろう。


「花は知ってるんですか?」


お茶お一口飲んで絹は問い返した。

「どっちを?」


「…両方」


「陽子さんが女優だってことはもちろん知ってるけど、逆にさやかちゃんが知らなかった事が驚きだったわ」微笑んでお茶を一口。


「で、もうひとつのほうは?」

「それはどうだろう、花ちゃんは気が付いていても態度には出さないだろうし」



そちょうどその時、花が店に飛び込んできた。なにか慌てた様子だったのでどうしたのかとさやかが聞くと、

「これ見てくださいよ、陽子さん、ハリウッドに行っちゃうんですって」

そういってスマホの画面を二人に見せてきた。


その大手ニュースサイトには

『深倉優衣アメリカ渡米、ついに海外進出!ディカプリオと共演』


「すごい、ってか知ってたんだねやっぱり」さやかの言葉は聞こえていないようで、花は、「いやーすごいなー、なんかうれしくなっちゃいますね」


「日本公開になったら、レオ様とこのお店来るかな?」

随分とミーハーな花を見て安心すると

「きび団子食べる?」声をかけるさやか。

「今、お茶入れるわね」と絹。

「はい、着替えてきます」と元気に返事をしてバックルームに消える花。


通りはシャンパンカラーのイルミネーションが輝き出し、またいつもの日常が始まる。




~終わり~

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丸の内ドライジンジャー ひとつ はじめ @echorin

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