第13話

「おまたせしました」さやかが近づくと、陽子はすっと顔を上げた。


瞳はいつもよりすこし大きく開き潤みを帯び、アルコールのせいもあるのか頬の周りを中心に耳までほんのり桜色に染めていた。


暗くてよく見えないがおそらく瞳孔も開いているのだろう。これまでも同じような表情でカウンター越し女性客からに見つめられていたのと同じだ。


「すいませんお仕事終わりに」陽子はペコっと頭を下げた。

「いえいえ、ところでお話って?」


「はい、あの、失礼だったらごめんなさい、さやかさんって、女の子好きです?よね?」前置きなく、一気に切り込んできた。

さやかはやはり来たかといった顔で「まあそうですね」素直に答える。


「あの、私、女の子を好きになった事なくって、今まで。それでなんて言ったらいいか判らなくて…」そのあとに続く言葉はさやかの予想とは違っていた。


「花さんの事がずっと気になっていて、でも緊張してほとんど話せないし、だからいつもさやかさんの前に座ってて」


ん?


「花さんはこういう事って、あの、どうなんでしょうか?」

「…こういう事?」


「女の子の、好きとかって。さやかさんならその辺詳しいかなって」

頭がくらくらした。告白されると思い込んだ私が悪いのはまだ許せる。でも陽子が一気に恋敵になるとは思いもよらなかった。


とはいえ陽子は大切なお客様だと自分を抑え、一言ずつゆっくりと、声に出した。



「私も花の事好きなんだよね。だからごめんなさい、協力とか相談には乗れないです」さやかは初めて人前で自分の気持ちを吐き出した。その瞬間、今までたまっていた心の中のもやもやしたものが一気に吹き出てきた。


「花が最初、陽子さんと同じくお客で来てて、最初見た時からなんかキラキラしてるなって思って、すぐに好きになって、でも花は違うから言えなくて、そしたらここで働きだして、いつもそばにいれて嬉しくて、だからごめんなさい」


陽子は責めるでもなく、落ち込むでもなく、ただ真摯にさやかの言葉を聞いていた。 陽子をじっと見つめ「話してくれてありがとうございます」

辛いですよね、そう続けた。


さやかは泣いていた。話しながら涙が止まらなくなっていた。花の事が好きだと口にして色々な感情が溢れてしまったようだ。


「でも最近はこのままでいいかなと思っているんで、この気持ち伝えたら壊れちゃいそうで」



「…二人で花さんのファンになりますか?」

陽子はそう言って一歩近づき、さやかの肩をポンとたたいた。


「ファン?応援するっていう事?」肩で息をするさやかは呼吸を整えて陽子の顔を見上げた。


めったに見えない陽子の顔が見えた。いつものキャップを取って目の前30センチのところに顔があった。


少し切なく、優しく、友達のような、庇護者のような、小鹿のような、まるで映画のような美しくも可愛らしい、潤んだ瞳はまつげを濡らしていた。

さやかは陽子に対して初めてドキッとした。


それは愛だ恋だのドキでは無い。驚きのドキだ、



「あれ、陽子さん、陽子さんって…」

ふっと顔が緩み「今ですか。さやかさん私の事をちゃんと見てなかったんですね」笑った。


さやかの感情は無造作に選んだリキュールを20種類混ぜたように心の中がシェイクされて溢れてしまっていた。




「…深倉、優衣、さん、ですか?」


遅いです。そう言って笑うその顔は、間違いなく女優のそれだった。


「あの、なんだかすいません、今まで気づかなくて」


「だから良かったんです。さやかさんは普通に接してくれていたし、絹さんも花さんも黙って対応してくれていてうれしかったんですよ」


「絹さんは知ってたんだ、そうか、それもそうか。え、花も?」


こくんと頷くしぐさもテレビで見たままだった。


そろそろ終電の時間ですよねと気遣われて、ふっと我に返ったさやかは

「ありがとうございます、またよろしくおねがいします」やや場違いな返答をして陽子に頭を下げた。

二人で通りまで出ると、陽子は「ではここで。また来てもいいですか」と言った。

「もちろんです」


じゃあまた来ますねと言って陽子、いや深倉優衣は通りに泊まっている黒い車に近づいた。振り返りさやかに会釈をして後部座席に乗り込み車は走っていった。


寒さでぶるっと震え放心状態から戻ったさやかは、その足で駅に向かった。

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