第06話 一目惚れ
シィルの魔法属性が分かってから1週間、俺は未だに魔法を使えていない。
その間、何をやっていたかというと、婚約者を出迎えるための準備だ。これが思ったよりも時間が掛かった。
そりゃそうだ。婚約者の子どもが1人で来るはずないのだから。
一番歓迎しなきゃいけないのは、俺の婚約者候補の父である、公爵家のご当主様だ。
その歓迎のために、今は家全体で準備をしている最中だ。
俺は衣装合わせと、当日のエスコート役ぐらいなので、暇なんだけど。
「暇だな、シィル」
俺の専属メイドであるアリスも、明日いらっしゃる公爵家歓迎の準備に駆り出されているので、俺はシィルと一緒にアーデルの世話になっている。
シィルのもう1人の専属メイドであるモニカは、アリス同様、歓迎会の準備中。
そしてシィルは、現在すやすや眠っている。
シィルの頬をちょっと指でつついてみると、むず痒そうな反応をしたので、パっと指を離した。
「レックス様、何かしますか?」
アーデルに抱えられて座っているので、頭上から声を掛けられる。
「んー、特に思いつかないな」
シィルがこの部屋で寝ている以上、物音を立てるわけにもいかないし、本を読む気にもならない。それに正直アーデルに抱かれているだけで満足ではある。
……子供として退廃的すぎるな。
「ちょっと体を動かしてこようかな」
「騎士の訓練に混ざるのですか?」
「そのつもり」
準備をしているのは執事やメイドといった使用人たちで、騎士たちは通常訓練をしている。俺も時折訓練に混じって剣を振っている。
何だかんだ俺も緊張しているのだ。身体を動かしてリラックスしたい。
「シィルのことは頼んだよ」
「お任せください」
シィルはアーデルに任せて、俺は訓練場へ。ただ訓練場は、本邸から少し遠いから、1人で行くと怒られる。
だから誰か、暇な人が居るといいのだけど。一応候補者は居るから、そこに向かおう。
使用人たちが忙しそうに走り回っている中を、邪魔にならないように通り過ぎる。そして玄関を出ると、お目当ての人が居た。
「今日はカイ、パウル、ゲッツが門番なんだ」
3人の男が玄関の外に立っていた。
「いかがしましたか、レックス様?」
3人の中で一番序列の高いカイが、声を掛けてくる。
「ちょっと体を動かしたくて訓練場に行きたいんだけど、誰か付いてきてくれない?」
「訓練場ですか。分かりました。ではパウルに案内させましょう」
「よろしく、パウル」
ということでパウルの後を着いて行くことに。3分程歩くと、訓練場に到着した。
「レックス様ではありませんか」
中に入ると声を掛けられる。ファルケンベルク辺境伯騎士団団長のランベルトだ。
身長は2mを超え、父さんよりもがっちりしているランベルト。我が家での最強候補の豪傑である。
他の最強候補に挙げられる人物は、辺境伯家当主である父さんだ。
一度だけ2人の模擬戦を見せてもらったことがあるけど、一言でいうなら天災だった。
目には追えない剣速を放ち、剣戟の衝撃で体が吹き飛んだ。俺以外にも、見学していたほとんどの騎士が吹き飛んでいた。
その吹き飛んだ騎士たちは、後日厳しい訓練を課され泣いていたとか。
「どうなされましたか?」
「ちょっと体を動かそうと思って来たんだよ」
「明日はヴィルネルト公爵家の皆様がいらっしゃる日でしょう。よろしいのですか?」
「黙っていると緊張しちゃって」
「わっはっはっ、レックス様にしてはなかなか可愛らしいことを言いますな」
にしては、ってなんだ。失礼過ぎるだろ。
「それでちょっとお邪魔していいか?」
「構いませんよ。我々も明日に備え、今日は軽めで切り上げますから。パウル、お前はそのままレックス様を指導しろ」
「よろしいのですか?」
「ウチの騎士で指導者として向いているのは幾人かはいるが、初心者相手にはお前が一番だろう。アルベール様とも、指導役はパウルがいいだろうと話はしていたしな。レックス様が成長し、自分なりの型が決まったら話は別かもしれんが」
「そういう事なら。……それではレックス様。不肖ながら、このパウルがレックス様を指導させていただきます」
「もしかして本格的に剣術を習う感じ?」
俺としては軽く体を動かしに来ただけなんだけど。
「いずれ習うのなら、早い方がいいでしょう。それにアルベール様も、レックス様が5歳になられたら、本格的に剣術を習わそうと考えておられます」
そういやそんなこと言っていたな。
「ということで、パウル、後は頼んだぞ」
「お任せください」
「……明日に響かないようにお願いね」
流石に当日、筋肉痛で起き上がれないっていう間抜けな状態にはなりたくないから。
*
翌日、準備を終えて、慣れない正装に身を包んだら、まずは部屋で待機した。
「レックス、大丈夫?」
母さんがガチガチの俺を見て、声を掛けてくるけど大丈夫ではない。父さんは母さんと違い、愉快そうに見てくる。
「な、なぁ、父さん」
「どうした?」
「俺が失礼をした場合、公爵家が敵に回ったりとか……」
「子供のお前がそんなことを気にするか?」
父さんが呆れているけど、気にするだろ。だって公爵家だぞ! 場合によっては国も敵に回るかもしれないのに!
「前にも言ったが、今回は向こうからの申し出だ。お前が下手をしても、咎められるようなことは絶対にない。それに公爵閣下は温厚で気さくなお方だ。もっと気楽にいけ。とはいえ相手は格上の貴族。最低限の礼節は弁えるようにな」
これでも貴族としての教育は受けてきたんだ。それぐらいは分かっている。
「旦那様。ただいま先触れの方が到着なさりました」
「そうか。ほら、レックス、行くぞ。可愛いお嬢様を出迎えにな」
父さんに促され、みんなで玄関に行く。玄関を出ると、公爵閣下を迎えるため玄関から門までの間に、使用人と騎士で道を作っていた。
「来たな」
複数の馬車と馬に乗っている人たちが、こちらに来る。先頭にいるのはランベルト。彼は公爵家の方々を迎えに行かせていた。
そのランベルトの後ろを走る上品な家紋入りの馬車に、公爵閣下たちが乗っているはずだ。
ランベルトが門に入ると、脇に避けて馬車に道を譲る。そのタイミングで両脇に控えていた我が家の家臣たちが一斉に頭を下げた。
その間を悠々と走る馬車が、俺たちの前で停まる。
先に降りたのは御者。御者が馬車の扉を開け、中から降りてきたのは20代と思われる美丈夫の男性。おそらくこの方が公爵閣下なのだろう。
次いで降りてきたのは美女だ。歳も20代だと思うから、多分公爵夫人だ。
そして最後に降りたのが、俺と同い年くらいの銀髪の美少女。
衝撃を受けた。
フリルのついた上品な意匠の白いドレス。白いドレスが映えるように、うすく淡い青緑色の靴。少しおしゃれをしてみましたと背伸びが見え、少し微笑ましく感じるピンクパールのネックレス。だがそんなのはおまけだと主張する、あどけない少女のぱっちりした目、薄い唇、すっきりした鼻、全ての形のバランスが最適で滅茶苦茶可愛い。つまり、何がいいたいかと言うと。
「ご機嫌麗しゅう」
前世を含めての人生、初めて一目ぼれを体験しました。
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