第07話 父と公爵

 俺がリース様に一目惚れしている間、親は親同士で話していた。


「久しいな、ファルケンベルク辺境伯。貴殿が王都に来なくなってから、会う機会が無くなってしまったな」

「お久しゅうございます、ヴィルネルト公爵閣下。私も閣下とお会いできる機会が減り、残念に思っております」

「それもこれも、器の小さい貴族共がそなたを邪険にしているせいなのだが」

「閣下に比べれば、ほとんどの貴族の器が小さく見えるでしょうな」

「いっそ首を全て挿げ替えたいわ」

「一気にことを成しては混乱いたしますのでご注意を」

「分かっている。重要なのは民の生活なのだからな」


 父親同士は、握手しながら朗らかに物騒な話をしている。えっと、反乱の話をしにきたとかじゃないよね?


「エミリア、お久しぶりです。元気そうでなによりです」

「こちらこそ、ローザ様。お会いするのは、レックスが生まれる前でしたね」

「そうそう。エミリアがお腹を少し大きくした時に出会った以来ですね。貴族の世界は慣れましたか?」

「それがあまり……。我が家は貴族のパーティに誘われることがありませんから。元冒険者である私にとっては、ありがたいことですが」

「そちらの方が平和でいいかもですね。私も出来ればドロドロの世界から足を洗いたいものです」

「ローザ様が社交界から去れば、色々と問題でしょう。それよりも利発そうなご息女ですね」

「ええ、自慢の娘です。そういう貴方の子も精悍な顔立ちをしています」

「ローザ様からそう言われるのは、息子のことながら素直に嬉しいです」


 母親同士も少々不穏な会話をしていた。……大丈夫だよな?


「長旅でお疲れでしょう。客室にご案内いたしますので、夕食の時間までおくつろぎ下さい」

「そうさせてもらおう」

「オイゲンは他の方々の案内を。閣下の案内は俺がする」


 ある程度話をしたら、公爵家の皆様を案内する父さん。

 俺も辺境伯家の嫡男として父さんの後ろを歩き、彼らを客室まで案内する。


「…………」

「(にこりっ)」

「っ!?」


 後ろを振り返りリース様を見ると、視線が交じり合い微笑みかけられた。

 あまりにも可愛くて、直視できず視線を逸らしてしまった。視線の高い親たちに見られていないのが幸いか。

 ………あれ、思いっきり視線を外しちゃったから、相手は怒ったりしてない?

 視線をリース様に戻すと、少し涙ぐんでいた。慌ててにこやかに笑うと、彼女も涙が引っ込んで笑顔を返してくれた。……ほっ。


「なにかご用事がある場合は、こちらのベルをお鳴らし下さい。ウチの者が駆けつけますので」

「うむ」

「それでは閣下。どうぞごゆっくりお寛ぎください」


 公爵家の皆様を客室まで案内した俺たちは、一先ず執務室に移動する。


「それでレックス。リース嬢とは仲良くなれそうか?」

「えっと、それはどうかな?」


 顔を赤らめながらもしどろもどろに答えた。その様子を察してか、父さんはニヤニヤと笑う。


「ほほう、レックスはまんざらでもなさそうだ。確かに可愛い子だったからな。一目惚れしてもおかしくはあるまい」

「くっ!」


 実際に一目惚れしたけど、実の親に指摘されると物凄く恥ずかしい!


「外見は問題はないと。中身は大人しそうな感じだったが、公爵家の教育を受けているんだ。問題は無かろう」

「そうね。リースちゃんならレックスに相応しいと思うわ」

「えらく聞き分けがいいな、エミリア。昨日までは、まだ納得しているようには見えなかったが」

「流石に今日まで引きずったりはしないわ。こういうことが起きる可能性があると分かって、貴族であるアルベールに嫁いだのだから。それと可愛いから、一目見た時に気に入ったし。まぁローザ様の娘だし当然といえば当然よね」


 そういえば母さんは冒険者なんだよな。

 ってことは、父さんは俺と違って恋愛結婚をしたということか?


「父さんと母さんってどうやって知り合ったんだ? 少なくともお見合いじゃないよな?」


 貴族と冒険者ってかなりの身分差があるらしいし。


「修業中にエミリアと出会っただけだ」

「あの時は大変だったわ。まだ未熟なのに魔の森で彷徨っちゃって」

「お互いあそこで出会わなければ、死んでいたかもな」


 何だ、その壮絶な出会いは。



    *



「旦那様、公爵様からお話があると。それとエミリア様やレックス様もお連れするようにとのことです」


 オイゲンが執務室に入り、伝令してくれた。


「分かった。すぐに参ろう。レックスもいいか?」

「うん」


 まだしっかりと挨拶をしていないから、そのためだろう。

 俺と父さんは、公爵様が使っている客室へと向かう。母さんはシィルがぐずったので、ここには居ない。


「ヴィルネルト公爵、失礼します」

「うむ」


 父さんがノックをして入室許可を貰う。


「奥方はどうした?」

「妻は娘の世話をしておりますのでご容赦を」

「そういえば娘も居ると言っていたな。ふむ、子には親が必要であるからな。分かった、許そう」

「寛大なお言葉、ありがとうございます」

「よいよい、それより中に入れ」

「失礼します」


 父さんと俺が客室の中に入り、後ろでオイゲンが扉を閉めると、先ほどまで緊張していた空気が弛緩した気がする。


「あー、何でお前相手にあんな態度で話さなきゃいけないんだよ」


 急に父さんの口調が普段通りになった。

 ちょ、父さん!? 相手は公爵様だぞ!? 打ち首になるぞ!?


「それは俺が公爵でお前が辺境伯だからだ」


 だがしかし、公爵様は怒るどころか、平然と父さんに対応している。


「だからと言って、ここは俺の家で、周りには信頼出来る家臣しか置いていないんだ。わざわざ芝居なんかするのは阿呆臭くてな」

「仕方あるまい。それが貴族なのだからな」

「本当、貴族って面倒だよな」

「貴様も貴族だろうが。それに面倒だからといって侯爵家に喧嘩を売るのはどうかと思うぞ」

「うるせぇ。あいつらがエミリアのことを馬鹿にしたから、殴ってやったまでのこと。何が『下賤な冒険者に貴族の妻が務まると思っているのか?』だ。俺のエミリアを馬鹿にするんじゃねぇ」

「ああ、その貴族だが裏で少々あくどいことをやっていたらしくてな。貴族籍からは外れなかったが、降爵して今は伯爵になっているぞ」

「マジで? なら今度、顔を見に王都に行ってみるか」

「止めておけ。それよりも此度の主役たちをいつまでも放っておくのは忍びない」

「おっと、そうだったな。こいつが俺の息子のレックスだ。ほれ、レックス」


 父さんと公爵様の会話に思わず呆けてしまっていたが、父さんに背中を押されて、慌てて自己紹介をした。


「ご紹介にあずかりました、アルベール・フォン・ファルケンベルクの息子、レックス・フォン・ファルケンベルクです」

「うむ。ではリース」

「はい、お父様」


 リース様が前に出て、綺麗な所作のカーテシーをする。


「リース・フォン・ヴィルネルトと申します。ぜひとも末永くお願いします、レックスさま」


 拙いながらも練習したであろう挨拶をして、にこりと微笑みかけられる。

 ……俺は今理解した。母さんやアリスが時々胸を抑える仕草をするのが。

 俺も今すぐ胸を抑えて蹲りたい! だけど、ここでそんな奇行をしたら流石に辺境伯の面子が潰れてしまうのでやらないけど。

 それと末永くとか言われると色々と勘違いしてしまうぞ! まだ婚約は決まっていないのに。


「流石はヴィルネルト家のお嬢様。普段からしっかりと教育されているようだな。しかも末永くとはな」


 父さんが俺を見てニヤニヤと笑う。

 くっ、人の真っ赤な顔を見て楽しんでやがるな!


「それはこちらの台詞だ。アルベールの息子がしっかりと挨拶をしたことに驚いたぞ」

「驚く点がおかしいだろ!」


 またもや気軽な会話が飛び交う。ここで疑問に思っていたことを尋ねる。


「あの、不躾なのですが。とう……父上と公爵様はどのようなご関係でございますか?」

「君の父とは同じ学園の同学年でね。よく行動を共にしたのだよ」

「同学年の家格は公爵のヴィルマーが一番上で、次点がそこに居る元侯爵令嬢のローザ。んで次が辺境伯の俺。あとは子爵男爵平民で、ほとんどがおべっかを使って近づいてくるから、仕方なしにこいつらとつるんでいたんだ」

「我らの代には伯爵がいなかったのも悪かったな」


 なるほど、そういう経緯があったからこんなに気さくなのか。


「と、大人の話に付き合わせるのは退屈だろう。子供同士でどこか遊びに行ってきたらどうだ?」


 え?


「そりゃいいな。今は敷地の境界を厳重態勢で守らせているから、侵入者もないだろうし、敷地内ならどこに行ってもいいぞ」


 ちょっと父さん。そこは止めるべきでは!?


「それなら私はエミリアのところに行きましょう。可愛い赤ちゃんもいるみたいだし。2人もたまには男同士で話したいでしょう?」

「……酒はあるか?」

「まだ昼間過ぎたばっかりだぞ、公爵様」

「うるさい。お前は普段王都に来ないんだから、こういう時ぐらい付き合え!」

「わーったよ。オイゲン」

「すぐにワインとおつまみをご用意します。それとローザ様の案内役のメイドもお連れします」

「お願いします」

「ということだ。子供はどこかで遊んで来い」


 父親たちがいきなりに盛り上がり、俺とリース様は部屋を追い出された。

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