第04話 婚約

 5歳の誕生日が終わった翌日、俺は父さんに呼び出されたので執務室に向かう。


「父さん、来たよ」


 扉をコンコンと叩きながら中に居るはずの父さんに声を掛ける。


「おう、入ってくれ」


 中に入ると、父さんと母さんが揃っていた。

 父さんはいつも通りの態度だけど、母さんはどこか不貞腐れている。何でだ?


「レックスも昨日で5歳になったな」

「ああ。……あ、もしかして魔法の話か!?」

「それはまた後でな」

「えぇぇ……」


 俺は分かりやすく落胆する。

 まだまだお預けされるらしい。


「安心しろ。魔法も含め、しっかりと辺境伯としての跡取りに相応しい強さを身に着けさせるからな!」

「厳しすぎるのは、ご遠慮願いたいなぁ」


 父さんがにやっと笑う。あ、これは地獄が待っているかも。

 興味本位で父さんや騎士の訓練を覗いたことがあるけど、そりゃもう物凄く激しかった。出来れば一度も経験したくないぐらいだ。


「辺境伯の嫡男として生まれちまったんだから、そこら辺は受け入れてくれ」


 今の立場を受け止めろなんて、とても5歳の息子に言う台詞じゃないと思うんだけど。


「それよりだ。お前は辺境伯という地位の事をどこまで分かっている?」


 どこまで?

 

 我が国の名はカールスベルナ王国という名だ。

 そして階級の話だが、王族をトップに置き、その下に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順番だ。

 辺境伯はというと、侯爵と伯爵の間ぐらいだろうか。


 そもそも辺境伯というのは、王族が住まう王都を中心に、東南北の国境を守備するための武官貴族のことだ。

 西がないのは、接しているのが海だから。

 つまり王族から国の護りを任されるぐらいの信頼関係がある。ファルケンベルク家は東方の守護者だ。


 東方に接する国家はいくつかあるが、その中で問題なのがシュリアンバ帝国。

 帝国は常々、他国への侵攻を企んでいる状態で、いつ帝国と戦争になるかが分からない。

 仮に戦争になった場合、帝国の侵攻を真っ先に防ぐことになるのが、我がファルケンベルク辺境伯家の役目だ。

 故に帝国と隣接している我が家は、王国内で最も重要視されている貴族の一つである。


「こんなところ?」


 俺は出来る限り知っている知識を披露した。

 なのになぜかこの父さんは、しかめっ面をしやがる。


「お前、本当に5歳児か?」


 実の親に年齢を疑われる俺って一体何なんだ?

 ……転生者か。


「ま、細かいことはどうでもいいか。俺の息子が将来有望ってだけ分かってりゃ」


 細かいことを気にしない父さんで良かったよ。

 だって、説明が面倒だし。母さんも俺のそこら辺のことは気にしていない。

 俺が普通の子供ではないと分かっていてもだ。


「それでお前を呼んだ本題だが、お前には1週間後、婚約者候補の子と会ってもらう」

「…………はい?」

「よし、了承したな」

「いやいやいやいや、してねぇよ! 『はい』じゃなくて、『はい?』だ! ニュアンスが違うだろ!」

「どっちも大して変わらねぇだろ」

「変わるだろ!」


 この父さん、体を鍛えすぎて脳も筋肉になったんじゃないだろうな。

 それより母さんが不貞腐れてる理由が分かった。

 俺に婚約者が出来るのが嫌だったんだな。


「レックスに婚約者なんて早いわよ」


 ほらね。


「早くねぇよ。家によっちゃ生まれた瞬間から決まるんだぞ」

「それって王族の話じゃない」

「男爵家とかの下級貴族でもたまにあるわ」


 これは母さんには諦めてもらうしかない。

 俺が家を継ぐなら、遅かれ早かれ相手が居なければならないんだから。


「相手は貴族なんだよね?」

「まぁな。なんとお相手さんは、公爵家のお嬢さんだ」

「……公爵家!?」


 貴族の中で一番上の爵位じゃん! 何でそんな家がファルケンベルク家と婚約するんだよ!


「公爵家ってのは、王族の外戚に当たる家だ。つまり王族の血筋がそのお嬢さんにも入っているわけだ」


 つまりファルケンベルクにも王族の血が流れるということになる。……マジかよ。


「いやいや、そもそも何で公爵家がわざわざウチと縁を結ぼうとするんだよ」

「……やっぱりお前って5歳児じゃねぇよな。頭の回転が速すぎる」

「今は、そんなこと、どうでも、いい!」

「やれやれ。そんな怒鳴っていると女の子に嫌われるぞ」

「っ! レックス!」

「話が続かないから、母さんは暫く静かにしてて!」


 多分母さんは、わざと俺が怒鳴って、その子に嫌われろと言いたかったのだろうが、俺が先手を取ってちょっときつめに言うとしょぼくれてる。


「うぅ、シィルに慰めてもらおう……」


 そう言って執務室を出て行ってしまった。

 1歳の実の娘に何を求めているんだ。

 母さんを見送った俺たちは会話を続ける。


「それで何だっけ。……ああ、公爵家がどうしてウチと縁を結ぶのかだったな。簡単に言えば、ウチと王族の縁を強化したいからだ」

「……どういうこと?」

「もしシュリアンバ帝国と戦争になったとき、裏切られないようにという意味だな」

「それって人質っていうんじゃ」

「そういう所が、お前が普通の5歳児じゃねぇところだ」


 おっと、確かに5歳児で人質なんて思い浮かぶ方がおかしいか。

 でもそこは俺の個性だと思ってくれている。

 ありがとう、父さん。だからといって、難しい話は振るなと言いたいけど。


「ま、向こうさんも本当なら王族から嫁を出したかっただろうけど、今は王子しかいないからな」


 理由はともあれ、婚約者が出来るのか……。

 記憶があやふやになってきている前世だけど、一応彼女が居た記憶はある。だけど今世では……。


「な、なぁ、父さん」

「なんだ?」

「……女の子相手に、何を話せばいいだろう?」


 俺は既に無茶苦茶緊張していた。

 そもそも彼女どうこう以前に、俺には重大な問題があるのだ。


「え、緊張してんのか、レックス?」


 俺の言葉を聞いた父さんが目を点にする。


「そそそそりゃ、そうだろ! だって公爵家の娘さんだぞ! 変なことを言ったらどんな罰を受けるか!」

「向こうから縁を結びたいのに、罰なんて受けるかっての。つーか話す内容なんて、子供らしく思いついたことでいいだろ。他の子供とは……、あれ?」


 ようやく父さんも気付いたらしい。


「俺に、友達は、居ないんだ!!!」


 俺は腹の底から、心の底から叫んだ。

 この世界に生まれて5年。俺はまだ一度も辺境伯邸から外に出ていない。だから俺は同年代の子と話したことがない。

 使用人にも子供がいる人はいるが、職場に連れてくることはないし。

 今まで会話した中で一番年齢低いの、アリスだぞ、多分。


「そういや、お前を貴族のパーティに連れて行ったこともないしな。そもそも社交界じゃウチは嫌われているから、最近じゃファルケンベルク家がそういうのに誘われねぇし。いやー、こりゃまいった、はっはっはっ」

「はっはっはっ、じゃねぇ!」


 この世界の子供たちって何して遊ぶんだ!? おままごとか!? 鬼ごっこか!? 缶蹴りか!? テレビゲームか!?

 それよりもウチって貴族内じゃ嫌われているの!?

 俺が心の内で叫んでいると、扉がノックされた。


「レックス様のお声が聞こえましたが、いかがされました?」


 この声はオイゲンだな。

 ファルケンベルク家に仕える執事長で、使用人たちのトップだ。


「おう、ちょっと問題があってよ。入ってきてくれ」

「失礼します」


 入ってきたのは燕尾服をビシッと着こなしているロマンスグレー。


「それで旦那様、問題とは?」

「オイゲンもレックスの婚約者の話は知っているよな」

「ヴィルネルト公爵家のお嬢様ですね」

「そのお嬢様と、どう話せばいいか分からねぇだとさ」

「それは貴族の子供と同じように……、おや?」

「気付いたか、レックスに友達がいねぇことに」


 それは俺の心にグサッと刺さるから止めてくれ。


「普通なら貴族のパーティにお連れして、同じ子供同士仲良くさせるのが通例なのですが」

「俺はそんなことしなかったぞ」

「旦那様は勝手に街に出て、ご友人を作られておりましたからな」


 この父、見た目通り子供の時からワンパクだったのか。

 ってかオイゲンって、そんな昔からウチに仕えてくれていたんだ。


「ただファルケンブルク家は、旦那様の代からあまり貴族の集まりに呼ばれなくなりましたな」

「王都でぺちゃくちゃと喋っている阿呆どもを、ちょっとのしただけじゃねぇか」

「だからと言って、侯爵家の方まで殴るのはどうか。ですから、今回の話が出てきたんじゃありませんか」


 何やってんだ、この父さん。

 てか今回の婚約の話の元って、父さんなのか?


「まぁ初めての会話相手が、公爵家の令嬢でも問題無いだろ」

「そうでございますね。むしろ辺境伯の子息ならそういうこともあるかと」

「らしいぞ。あまり気張らずにいりゃいいんだ」


 という話になった。マジか。

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