第03話 あっという間に5歳

 魔法の練習を始めて1年、僕は順調に魔力量が増えていった。

 ちなみにアリスが使っていたような本格的な魔法はまだ使ったことがない。

 危険だからって教えてくれなかった。

 ならば何故魔力が増えているのかというと、身体の外に魔力を出す訓練をしているからだ。

 なんでも1回に回復する量が多ければ多いほど、魔力は増えていくらしい。

 確かに最近では1回に全てを使い切るのは少し骨が折れる。


 それはさておき、そんな魔力量が順調に増えている僕は、今は家の中を探索中なのだ。

 この世界、思ったよりも文明が高い。

 勿論機械文明とかはない。

 代わりに魔法が発達しているので様々なことに使われている。

 灯もあるし水もある。

 トイレもしっかりと整備されている。

 正直、前世と変わらない感じで暮らせている。


「ふぅ……」


 ちょっと休憩。というよりこの家は広すぎだ。

 やっぱり貴族の家ってどこもこれぐらい大きいのかな?

 2階に上がるための階段の途中で休んでいると、ずっと後ろで見守っていたアリスが声を掛けてきた。


「レックス様、ご休憩ですか?」

「うん」


 まだ2歳になったばかりの体。

 少し歩くだけでも非常に疲れてしまう。

 ちなみに階段を上がろうとするのは、今日が初めての挑戦だ。


「しょさいまでとおい」


 発音の方も、噛むことは少なくなってきたけど、それでもまだ滑舌は微妙だ。


「ですから私が抱っこして連れていくって言ったじゃありませんか」

「でもすこしはあるいたほうがいいって、ありすがいった」

「それはお部屋だけで十分です。階段を上がっているレックス様を見守る身にもなってください。結構ハラハラしているんですよ」


 アリスの言い分に、ここ近辺を掃除していた別のメイドたちが大きく頷いた。

 確かに2歳児の子供が階段を一人で上がっていたら、足を滑らせないか不安か。


「だっこ」


 アリスを不安にさせるのは不本意なので、連れてってもらうことにした。


「はい、アリスが書斎までしっかりとお連れします」


 アリスに抱かれ書斎まで行く。


「さぁ、着きましたよ」


 書斎には数百点の本があった。


「それでレックス様はどのような本を読みたいのですか? やはり絵本ですか?」

「えほんはいらない」


 この世界の絵本って、絵がリアルに描かれていて、僕が知っている絵本じゃないんだよね。

 物語もとある騎士の話とかとある冒険者の話を少しコミカルした程度で、子供に読み聞かせるような話じゃないんだよ。

 話は面白いから、僕はそこまで気にならないけど。


「それじゃあ何を読みますか?」

「まほうのほん」

「レックス様、それは奥様からも旦那様からも禁止されているので駄目です」

「むぅ」


 怒っていますよと分かりやすく頬を膨らませる。

 ちなみに旦那様と言うのは僕の父様のことだ。


「本格的な魔法の練習は、もう少し大きくなってからですよ。それまで我慢です」

「いっつもそういう」

「全ては坊ちゃんを大切に想っているからです」


 ……なら仕方ない。

 僕は照れてアリスから目を外した。


「それじゃあ、えほんでいい」

「はい、分かりました。それでは今日は何を読みましょうか」

「まえのきしのでいい」

「いいのですか?」

「うん。そのかわり、じおしえて」


 字を覚えれば、その内自分で魔法の本を読めそうだからね。


「……レックス様って本当に普通ではありませんよね。2歳児が自ら文字を覚えようとするなんて」


 アリスが何かを言っていたけど、聞き取れなかった。

 それよりも、近くにあった本の背表紙を見てみるがやはり読めない。


「分かりました。魔法は教えられませんから、代わりに文字をお教えしましょう」

「ありがと、ありす」


 笑顔でお礼を言うと、アリスが胸を抱いた。


「くっ、レックス様は私を殺す気ですか? 可愛すぎます!」


 どうしてそれで、殺すという物騒な話になるんだ。

 僕は暫くの間、時たま悶えるアリスに文字を教えてもらった。



    *



 アリスから文字を教わり始めて3年の月日が経ち、5歳になった。

 この間に変わったことはいくつもあるけど、俺は少し言葉遣いを変えた。

 レックスとして物心がつく年齢になったせいか、自分のことを僕とか、親に対して父様母様呼びをすると距離感があるように感じたから。


 それはそれとして、今日は俺の誕生日だ。


「「レックス、5歳の誕生日、おめでとう!」」

「「「「「レックス様、おめでとうございます!!」」」」」


 両親や使用人たち、みんなからお祝いされた。


「みんな、ありがとう」


 俺はお返しにお礼を言う。


「みんなにお礼を言えるなんて、本当優しい子に育ったな」


 父さんの大きな手が俺の頭を撫でる。

 父さんは母さんと同じで、かなりの美形だ。

 身長は185㎝で、筋肉が結構ついている。

 その2人の息子である俺も、子供ながらそれなりに美形だと思っている。

 そんな父さんに撫でられると、頭がぐわんぐわんと回されるから勘弁してほしい。


「私の教育が良かったからですね!」


 俺の教育係であるアリスが胸を張って言う。

 ……特に言うことはあるまい。

 それほど間違いというわけではないし。

 それと5歳の誕生日を迎えた俺は、ずっと楽しみにしていたことが解禁される。


「それで母さん」

「分かっているわ、魔法の練習の事でしょう。ずっと言っていましたからね。ちゃんと覚えているわ。でも今日は素直にお祝いされなさい。みんな、貴方のために準備をしたのですから」

「うん、分かった」


 俺は目の前にあるケーキを一口食べる。

 うん、美味しい! 流石辺境伯の家庭だ。

 もうほとんど実感が湧かない前世だけど、その時に食べたものと遜色ないと思う。


「しかしレックス様も5歳ですか。時が経つのは早いですね」


 アリスが何か言ってるけど、アリスの見た目って変わっていないよね。

 ってかアリスって何歳なんだろう?

 前に聞いたけど、教えてくれなかった。

 ただ本を読んで知ったけど、獣人の寿命は人と同じだそうだから、見た目から20歳ぐらいかなと思っている。


「その内領民にもお披露目会をしなきゃな」


 父、アルベールがそんなことを言う。


「お披露目会?」

「ああ。レックスは我が家の嫡男だからな。いずれ俺の後を継ぐことになる。だから領民に顔を見せて、お前が将来辺境伯になるということを知らしめる必要がある」


 貴族は世襲制。余程のない限り、俺が辺境伯の地位を継ぐことが決定している。

 そのための勉強も、そろそろ始めるという話は聞いていた。


「アルベール、さすがに領民は早いわ。どれだけの広さだと思っているのよ」


 母さんが父さんに注意してくれた。そうだよね。ウチの領土に住んでいる人全員ってことだよね。

 ウチは辺境伯だから、それなりの領土を持っている。

 その全てを回りきるのは、流石に体の小さい今の俺には不可能だ。体力が持たない。


「エミリア、分かっているよ。でもシーニリスの皆には姿ぐらい見せるべきだろ」


 エミリアは母の名前。シーニリスというのは、俺たちが住んでいる街の名前だ。

 そして俺は未だ街に出たことがない。


「そうね。レックスも5歳になったことだし、外にも出していかなきゃ。それに……、みんなにもレックスの可愛さを教えなきゃ、勿体ないわよね!」


 母さんが俺を抱きしめながら、阿呆なことを言う。

 でもメイドの半数以上が頷くのは何でだ?

 残りは苦笑い、白い目で見ているのは年配の執事が多い。

 そういえば執事の中にセバスチャンという名の人は居なくて、少しショックを受けた。


「エミリア様、シィル様がお目覚めになり、泣いております」


 1人のメイドさんが会場に入ってきた。

 シィルというのは俺の妹で現在1歳。

 今は自室で寝ていたけど、どうやら起きてしまったようだ。


「あらあら、ちょっと行ってくるわね」

「いってらっしゃーい」


 母さんが途中退室したけど、誕生日会はもう暫く続いた。

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