最終話 一度終わったものは二度と同じ形では元に戻らない

水曜日。

正直に言うとそろそろ答えを出さなければならない状況である。

さくらを待たせるわけにはいかない。

彼女は最後の恋愛にするとまで言っている。

結婚を視野に入れてというよりも断言していた。

だけど僕は…。


もうひとり、彩とは何も始まってはいない。

始まってはいないが始まりかけている。

彼女を選ぶ場合はきっと僕を成長させてくれるだろう。

人生に迷った時にヒントをくれて答えに導いてくれるだろう。

人間として一段階レベルアップできる。

こんな時にも僕は自分のことばかりだった。


最後に選ぶ可能性の一番薄かった相手。

硯だ。

血の繋がらない義理の妹。

倫理に違反するわけではないが少しだけ頭を悩ませてしまう。

でも…。

硯は唯一、僕にという衝動に駆られているわけではない。

その逆で僕を

僕も硯には自然と助けになりたいと思ってしまう。

義妹だからとか家族だからとか色んなバイアスもあるだろう。

でも唯一、硯には僕からなにかしてあげたいと思ってしまう。

見返りを求めない。

心に従い硯の為に何かをしてあげたい。

そこまで思考が定まったところで僕は遅ればせながら気付く。

これが答えだと辿り着くと仕事終わりにさくらと会う約束をするのであった。


無事に仕事を終えて僕とさくらは合流する。

そのまま地元まで向うと二人の思い出の場所を訪れていた。

僕らが出会って終わった思い出の場所。

最後はここで無いと嘘であると思えるそんな場所。

「直は先に進むんだね」

その言葉に僕は一つ頷いた後にこれまでの感謝を告げる。

「中学の時に塞ぎ込んでいた僕を救い出してくれてありがとう。家に居ても嫌な想像が頭を埋め尽くしていたあの頃は、この場所から見える景色が好きだった。車も家も小さく見えて、人なんて殆ど見えない。自分の悩みすらも小さなことに思えるこの場所が好きだった。さくらはたまたまここを訪れて僕の話を聞いてくれたっけ。あの日がきっかけで僕はさくらを好きになって付き合えたんだ。何も出来なかった僕に光を与えてくれて再び歩き出す力もくれた。だから最後はこの場所で別れを告げたい。今まで支えてくれて本当にありがとう。僕はこれから別の道を歩むけど今までのことを忘れたりしない。もう会うこともきっと無い。だから最後にしっかりと感謝と別れを告げさせて欲しい。ありがとう。そしてさようなら」

最後の別れの言葉をさくらは黙って聞いていた。

もしかしたら恨みの一言でも言われると思っていた。

むしろそれを期待していたまである。

そうすることで罪悪感から逃れられると思っていた。

でも…。

さくらはそんなことを言わない。

キレイに微笑むと一言。

「幸せになってね。私は直以上に幸せになってみせるから」

最後の言葉を口にするとさくらは僕とは別の道へと向かい歩き出す。

少しだけ傷ついた心を癒やすすべもなく帰宅すると硯はキッチンで料理を作っている。

「おかえり。どうしたの?」

硯は僕の顔を見ると心配そうに口を開く。

それには首を左右に振って照れくさいその言葉を口に出す。

「僕に貰われて良いんだよな?」

硯は目を少しだけ見開くと当然のように頷いた。

「じゃあそういうことで」

直接言葉にするのも今更恥ずかしいので適当と思える言葉を口にすると硯も頷くだけだった。

そのまま夕食を食すと恒例の試飲時間がやってくる。

いつものように簡単に感想を口にすると硯は不満そうに口を尖らせた。

「まぁ…今日はいいけど…」

硯はそれだけ言い残すと自分の分のコーヒーを口に運ぶ。

僕らは恋人になったわけだが特になにかが変わったわけではない。

今まで通りの家族であり血の繋がらない兄妹のまま。

但し、そこに恋人という肩書が加わっただけ。

何も変わらない僕らの物語はこれから始まろうとしている。


後日、会社に向うと彩は何かを察したのか、それとも僕から手を引いたのか飽きてしまったのか、ただの先輩後輩の仲に戻っていた。

喫煙室でタバコを吸って話をするぐらい。

もしかしたらこれからも時々食事にぐらい行くかもしれない。

でもその時はふたりきりではないだろう。

僕と彩の恋愛は始まる前に終わっており縁がなかったのだろう。

何の後悔もないまま彩との関係にも終止符を打つのであった。


遠い未来で僕と硯は喫茶店を開いている。

休日には僕もそこで過ごすだろう。

客の中には美夢の姿もある。

別れを告げた彼女らが偶然にも客で来ることもあるかもしれない。

それでも僕らの関係はもう終わっている。

何の関係もないただの同級生。

またはただの同僚。

一度捨てて諦めたものは二度と同じ形では戻ってこない。

僕のようにそんなチャンスが来てもきっと上手くはいかない。

前へ進むためには時には切り捨てて自らの糧にする。

怒涛の数週間に渡って繰り広げた色恋話は終了して僕と硯の平和な物語はこれからも続くのであった。

                完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

中学時代の元彼女が「結局あなたが良い」と復縁を迫ってくるが、あの頃の二人には戻れない複雑な事情 ALC @AliceCarp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ