第19話 独占欲ですかあ?

 木陰が先生に報告しておいてくれたお陰もあって、夜鶴を背負いながら歩いていれば先生の方から車で迎えに来てくれた。

 保健室の先生と担任の先生。それから、木陰と共に一心の背中から降りた夜鶴は車に乗って一足先に学校へと戻っていった。


 その際、一心も乗っていくかと聞かれたが格好つけるためにも最後まで走ると断った。

 スタート直後から全速力で走り、夜鶴の元へと戻るために全速力よりも全力で走り、夜鶴とジョギングをして、最後は夜鶴もおんぶして歩いた。

 その為、体力はもう残っていない。

 それでも、夜鶴のせいでギブアップした、と思わせたくなくてゆっくりとでもしっかり一歩ずつ一心は足を進める。


「……はあ、はあ……やーーーっと、帰ってこられた」


 ゴールラインを踏み越え、一心はようやく無完走した。

 順番は最後。一番だろうと二番だろうと表彰されることもないため、最後の一心を待っている者は誰もいなかった。


「ふぅ……着替えて教室でゆっくりしよう。流石に疲れた」


 本当は今すぐにでも大の字になって寝そべりたいがそういう訳にもいかない。これから授業もあるし、放課後までの時間はまだまだこれからだ。

 重たい足取りで更衣室に向かい、制服に着替える。次の授業までまだ時間があるので一心は校内にある自販機に寄ってスポーツドリンクを購入した。

 ペットボトルの蓋を開けて、半分ほどの量を一気に飲み干す。


「あー、美味い。生き返る」


 干からびそうになっていた全身に水分が行き渡り、一心の体が歓喜の叫びを上げる。

 安心するとどっと疲労感が押し寄せる。

 早く教室に戻ろうとのろのろ廊下を歩いていれば体操着のままの夜鶴と木陰に遭遇した。


「旭。大丈夫だった?」

「日野のお陰で大したことないって」

「嘘つかない」


 べしっと木陰が夜鶴の頭にチョップを落とす。

 夜鶴は頭を抑えながら木陰を睨んだ。


「何するのよ」

「旭がしょうもない嘘をつくからでしょ。日野、旭の足、捻挫してるって。幸いなことに大事には至ってないらしいけど、数日安静。走ったりすることは絶対にダメって言われてる」

「日野には言わないでって言ったばかりでしょ。マラソン中もそう。なんで、日野に言わないでっていうことを言うの?」

「だって、誰かに言わないと旭は無茶するでしょ。日野なら旭の無茶を超える無理をしてでも止めてくれると思ったから」

「それで、日野に迷惑かけるようなことを私はしたくないの」


 夜鶴は一心の迷惑になりたくなくて。

 そんな夜鶴のことが心配で木陰は一心に任せている。

 どちらも誰かを思いやっていて、本来なら称えられるべきなはずなのにケンカしそうになっていて一心は止めなきゃと思った。


「ストップストーップ。二人とも一旦落ち着こう。俺のために争わないで」

「日野こそ黙ってて」

「そうだよ。今は旭と話してるんだから」


 女の子二人からの容赦のない言葉攻めに一心は怯みそうになってしまう。

 口論になると女の子の方が強いというやつが少し理解できた気がした。

 しかし、だからといって大人しく見守るような性格の一心でもない。


「いいや、黙らない。まずさ、俺の話を聞いてよ」

「……何?」

「聞いてあげるからその後は黙ってね」

「こーは日野にキツいこと言わないで。日野に強く当たっていいのは私だけなんだから」

「あらあらあらあ? 独占欲ですかあ?」

「違う。単純にこーが日野に当たり強いの見たくないだけ」

「それを、独占欲って言うんだよ」

「……あのー、そろそろ俺の話を」


 時と場所、新密度によって一心は態度を変えて接することが出来る。

 だから、木陰に強い当たりをされても嫌だとは思わない。

 ついでに言えば、夜鶴の話を聞いていて一心も独占欲のような気がしないでもないが言えばややこしくなるので黙っておく。


「俺は旭のこと支えられるなら苦でもなんでもないし迷惑じゃないよ。だから、旭が言いにくいことを雛森が教えてくれるのは正直、助かるかな」

「……なに、日野はこーの味方するんだ。私のこと、好きなくせに」

「雛森の味方とかじゃないよ。マラソン中のこととか、今だって雛森が居なかったら俺は旭のこと何も知らずにいたから助かったってだけで」

「……あっそ。じゃあ、私のことはなんでもこーから聞いたらいいんじゃない。こーならなんでも教えてくれるよ」


 ひょこひょこと痛みを庇うように変な歩き方で夜鶴は行ってしまう。どこか悲しそうな表情を浮かべて。

 どこかで転んだりしないかと心配になり、追い掛けようとした一心の腕を木陰が掴んだ。


「今はそっとしといた方がいいよ」

「でも、旭のこと怒らせたし謝りたい」

「日野はさ、それが旭のためだって思ってるんだろうけどそれはやめときなよ。別に旭は日野に怒った訳じゃないんだしさ」

「あれはどう見たって怒ってただろ」

「日野って本当に旭の顔しか見えてないんだね」


 まだ夜鶴に告白をしに行く前のこと。

 一ヶ月間、ジャムパンを貢ぎ続けた一心が夜鶴の情報を木陰から教えてもらっている間に聞かれた。

 どうして、夜鶴の名前を知りたいのかと。


 そこで、一心は気付いた。そういえば、夜鶴に一目惚れしたことを告げていなかったことに。

 なので、ありのままを伝えれば木陰は察していたようで納得していた。


 だから、木陰は一心が夜鶴の容姿ばかりを見ていることを知っている。


「だって、俺は旭に一目惚れして好きになったから」

「うん、そうだね。けど、いつまでもそれじゃあいけないってことをそろそろ気付かないとだよ」

「それって、どういう……」

「さあ。それは、自分で考えなきゃ」


 一心にはまるで理解が及ばない。

 光流には一目惚れしたからと言えば恋ではないと断言され、木陰にはいけないと言われて一心の頭はバグりそうだ。


「さてと。そろそろ、私は旭の様子見てこなきゃ。無茶してないか心配だし。じゃあ、またね、日野。今日は旭のために本当にありがとう」

「ああ、うん。旭をよろしく」


 木陰は小走りで廊下をかけていく。

 なんというか、品のある走り方でつい美しいと感じてしまった一心は首を横に振る。


 ――いかんいかん。俺は旭が好きなのに他の女の子に見惚れてちゃダメだろ――。


「……俺って、本当に旭のことが好きなのかな……?」


 絶対に夜鶴への気持ちは揺らがない絶対的な自信が一心にはあった。

 けれど、今この瞬間だけは自分の気持ちを疑った。



「あぁ……今日は大変な一日だった」


 区内マラソンに向けて、走る練習を積み重ねてきた。そして、今日はマラソン当日だったというのに練習よりもどっと疲れた気がする。

 今日はバイトをいれてなくて本当によかった、と布団に倒れながら一心は心底そう思う。


 気を抜けば疲労で意識が飛びそうになり、スマホの電源を入れて夜鶴へ連絡を送る。


『足の具合はどう? 無理はしないでね』


 木陰は夜鶴は怒っていない、と言っていたが結果的に木陰の味方をするようなことになってしまい、せっかく一心のことを考えてくれていた夜鶴に不快な思いをさせてしまったのではないかと一心は後から気付いた。

 夜鶴を怒らせてしまったし、返事はないかもしれない。

 そう思いつつも夜鶴のことが心配で送らずにはいられなかった。


 手持ち無沙汰になり、一心は画面をスクロールして夜鶴とのやり取りを見返す。

 その中で、クリスマスイブに撮った写真を発見した。


「やっぱり、旭は可愛いなあ……」


 つい心の声が漏れてしまう。

 すると、昼間の話を嫌でも思い返してしまった。

 一目惚れはそんなにいけないことなのだろうか。


 確かに、一心が夜鶴を好きになった原因はロマンチックとはほど遠いのかもしれない。困難を乗り越えた訳でもなければ、幼い頃から長年思いを募らせていた訳でもない。一目見て、可愛いと好きになった。

 でも、夜鶴への思いは誰にも負けてないつもりだ。


 なのに、光流には恋ではないと断言され、木陰にはダメと言われ、悶々としてしまう。


「あー、ダメだ。考えれば考えるほど分からなくなる。頭痛い」


 光流に言われた時点で難しいことを考えるのはやめよう、と決めたのに木陰に言われてまた考えてしまう。一つの真理に辿り着けやしないのに。


「あーーー分かんねえ」


 枕に顔を埋め、足をバタバタと動かしていればスマホが震えた。

 確認すれば夜鶴からの返事がきていた。


『特に異常なし。元々、こーが大袈裟に言っただけでお風呂も余裕だった。おやすみ』

「お風呂!」


 途端に思い返す、背中に押し付けられていた夜鶴の胸の感触。


「あれは、ヤバかったなあ……破壊力抜群の威力だった。あんなの武器にされて攻撃されたら何も反撃なんて出来そうにない……」


 数秒、思い出に浸っては邪念を振り払うように一心は頬を殴る。今は夜鶴の胸に想いを馳せるよりも夜鶴の足が重傷じゃなかったことを喜ぶべきだ、と自分を戒めるために。


「とにかく、明日だ。明日の朝、旭に会うためにも早く寝ないと」


 目をつむり、枕と布団に全身を預ける。

 体力の残っていない一心はすぐに夢の世界へと落ちていった。

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