第13話 一緒に大人の階段を登ろうね

 急遽決まった夜鶴とのデート。

 どうやら、学校から距離はあるらしいがとっても美味しい塩ラーメンが食べられるお店があるようで一心は案内してもらう。

 それにしても、三学期初日からこうして夜鶴とデートすることが出来て、誕生日様々である。


「ここだよ」

「ここ?」


 夜鶴に案内されたラーメン屋はとてもこぢんまりとしていた。ラーメン、と書かれた旗が店の前に立てられてはいるが外装からはとてもそうとは思えない。


「なんか、ラーメン屋っぽくはないような」

「日野はまだまだだね。こういう狭いお店こそが隠れた名店なんだよ」

「旭が言うんだしそうなんだろうね」

「ま、食べてみるのが一番だよ。入ろ」


 そう言われて一心は夜鶴と共に入店する。

 想像はついていたが中も狭い。カウンター席がメインでベンチ席は二組分しかない。ややお昼時を過ぎた時間だったためベンチ席に座ることが出来たが昼真っ盛りの時間なら夜鶴の正面には座れなかっただろう。


 前と隣では随分と位置が変わってくる。

 正面だと夜鶴の完璧なお顔をずーっと見ていられるが隣からだと横顔しか見ることが出来ない。横顔も夜鶴は完璧でいつもとは違う角度からのドキドキを味わえるがやはり本命は正面からだ。


 けど、夜鶴からすれば位置などどうでもいいのだろう。メニューを渡してきた目がどれにする、と聞いている。


「何がオススメ?」

「そうだねえ。やっぱ、定番のシンプルな塩ラーメンが一番美味しいかな。因みに、私はそれにするよ」

「じゃあ、俺もそうしようかな。旭のオススメ食べてみたいし」

「そっか。すいませーん」


 声を弾ませて夜鶴は店員さんを呼ぶ。他の客は少なく、よく通る夜鶴の声は無事に届いているはずなのに夜鶴は手を大きく振ってアピールしている。

 そんな急かすようなものでもないのに、と思う反面、なんだか年相応よりも幼い行動で一心には可愛く映った。


「塩ラーメン二つで」

「あいよー。カスタムはどうします?」

「野菜マシマシ麺硬め。味は薄めでニンニク抜き。トッピングはバターとコーンでお願いします。あ、麺の量は大盛りで」

「あいよー。そっちの彼はどうします?」


 一心にはちんぷんかんぷんだった。お店のシステムも知らなければ、夜鶴が何を早口で語ったのかも追い付けていない。

 そもそも、一心がたまーに食べに行くラーメン屋にはあってもせいぜいトッピングを追加するくらいのこと。細かい注文も出来るのかもしれないが、今まで気にしたことがないのでよく分からない。


「日野はどうする?」


 こういう時は急いだ方がいいのだろうか。

 別に急かされている訳ではないが、注目されるとメニュー表を見ていても詳しいやり方が頭に入ってこない。

 最終、一心が決断を下したのは。


「彼女と同じので!」

「あいよっ!」


 夜鶴と同じのにすれば間違いないだろう、と答えておいた。用意をするために店員さんは厨房も奥へと消えていく。


「日野はこういうのに慣れてないんだね」

「恥ずかしながら」

「別に、恥ずかしがる必要はないよ。これから何度も私と来るんだしいつか慣れる日が来るでしょ」

「……また一緒していいの? 付き合えてなくても?」

「恋人じゃないと一緒にラーメン食べに来たらダメって理由はないでしょ」


 夜鶴の言う通りである。

 恋人ではなくても異性の友人同士で遊びに行くのは誰にも咎められることではない。

 始業式終わり、見掛けた夜鶴は木陰を含む女子だけでなく、男子との楽しげに話していた。

 あの中の相手とも、もしかするとここにラーメンを食べに来たことがあるのかもしれない。


「……その相手は俺だけ?」

「日野だけだね。変に好意を持たれても困るし男の子と二人で何か、ってのは未来永劫日野だけだろうね」

「っしゃ!」

「そんなに嬉しいことなの?」


 ガッツポーズした一心に夜鶴は不思議そうにして聞く。


「嬉しいに決まってるよ。旭と二人で遊べる権利は俺にしかないんだよ。世の中の男性全員に自慢出来るじゃんか」

「世の中からすればそんな価値ないでしょ」

「俺には価値がありすぎるからいいの」


 それに、異性の友人と遊びに行くことを止める権利は誰にもないけれど、一心がハラハラと心配する必要もないと知ったのだ。


「正直、ちょっと怖かったんだ。女々しいって思われるかもだけど、旭はモテるからさ。俺よりも仲のいい男子が居てもおかしくないよなって。学校でも楽しそうに話してたし」

「学校……ああ、始業式終わりね。そう言えば、あの時、私達の横通り過ぎて行ったでしょ。声掛けてくれればよかったのに」

「楽しそうにしてたのに邪魔するなんて出来ないよ」

「変なところで気を遣うよね。いいよ、そんな遠慮しなくても。日野と話すのも楽しいし誰と居るかはその時の私に決めさせるから」

「じゃあ、次は見掛けたら声掛けに行っていい?」

「いいよ。でも、恥ずかしいから自慢とかはしないで。私、自分にとんでもなく価値があると思ってる痛い女だと思われるから」

「うん、分かった」

「ん、よろしい」


 夜鶴と話していれば時間が経つのはあっという間で気付けばラーメンが届けられるようになっていた。


「お待たせしました。塩ラーメン二つ」


 大皿の皿が二つ、一心と夜鶴の前に置かれて一心はその量に驚いた。もやしやキャベツが山盛りに盛られている。コーンも大量に添えられていて麺が見えない。


「ごゆっくりどうぞ」


 店員さんはすぐに退散して厨房の奥へと消えていく。

 夜鶴に割り箸を渡せば夜鶴はパキッと綺麗に割り箸を割って手を合わせる。一心も同じようにした。


「いっただっきまーす」


 好物を前にして喜ぶ幼子のように声を弾ませて食べ始めた夜鶴を見てから、一心も「いただきます」と呟いて割り箸を夜鶴の肌みたいに真っ白なスープに差し込む。

 しかし、なかなか麺をすくいだせない。

 そこで、夜鶴がやっているように先に野菜から減らしていくことにした。もやしとキャベツを挟んで口に放り込む。野菜にも味付けがしているのかしゃきしゃきという食感と共に濃い味が口に広がり、水を飲む。


「うまああ……!」

「でしょでしょ。麺も美味しいから食べてみて」


 そんなことを言われたら早く口にしたくなって一心は野菜を急いで減らす。ようやく麺を掴めるようになって勢いよくすすった。


「うんまあああ……!」

「でっっしょぉぉぉ!」


 スープの味は薄いが細くて硬い麺にはしっかりと染み込んでいて口の中に広がる。一心の舌は神ではないので材料に何が使われているのかは不明だ。けれど、塩ラーメンとしてとても美味しかった。

 出来立てで熱々なのに箸を止められず次々と麺をすすっては間にスープだけを楽しむ。

 麺の量は大盛りですすってもすすっても容器の底が見えてこない。でも、いつも朝は何も食べない一心は余裕で完食することが出来た。スープ一滴、トウモロコシ一粒残さないで。


 女の子にしてはかなりの量で完食するのは難しいはずだが、容器を持ってゴクゴクとスープを飲み干し、けろりと完食した夜鶴には心配は杞憂だった。


「はあー食べた食べた~」


 満足したようにお腹を擦りながら歓喜の声を漏らす夜鶴の頬はスープを飲み干して暑くなったのか僅かにだが蒸気していた。

 しっかり見逃さなかった一心は机の下で拳を作って喜ぶ。

 やはり、夜鶴も何か体に異変が生じれば顔に出るのだ。今までの一心の行動言動全てに何も異変を生じさせることが出来ず、ラーメンに成し遂げられたのは悔しいが大きな収穫である。


「すっごく美味しかった。連れてきてくれてありがとう、旭」

「いいのいいの。私が日野に喜んでもらいたかっただけだし」


 一心も夜鶴と同じようにお腹を擦って確かめる。空腹だったお腹の中はすっかり満腹になっている。大満足だ。

 しかし、一点。一点だけ不安な点が一心には存在していた。


「でも、今これだけ食べて晩ご飯に旭から貰ったラーメン食べられるかな」


 一心は隣に置いた夜鶴からの誕生日プレゼントに目をやる。これからバイトがあり、晩ご飯を食べるようになるのは数時間後だ。空腹は感じているだろうが、麺を見て飽きてはいないかが不安だ。


「なにも今日食べる必要なくない? 誕生日なんだし日野の好きな物でも……って、好物がラーメンだったね」

「そうなんだよ。今、十分なほどラーメン食べて満足したし晩ご飯は違うのを食べようかなって思うんだけど、ラーメンも諦めきれなくて」

「他に日野の好きな食べ物とかないの?」

「焼き肉が好き」

「じゃあ、焼き肉食べればいいじゃん。日持ちするんだし」

「せっかく、旭がくれたんだからその日の内に食べて感想伝えたいじゃん」


 拍子抜けする理由で悩んでいる一心に夜鶴は呆れたようでため息をついた。


「じゃあ、好きにしなよ。返事はしてあげるから」

「うん、直前まで考えてみる。食べるとしたらどれを食べようかなあ……色々あって悩むな」


 袋の中には一心がこれまでに食べたこともあれば、どこで売っているのかも分からないラーメンまである。

 それにしても、本当に凄い数だ。


「これだけの数を学校に持ってくるのは大変だったよね」

「重たいものでもないし、先生にはお弁当ですって説明すれば疑うような目を向けられたけど通り抜けられたから。そもそも、校則にカップやインスタントのラーメンを持ってきてはダメです、って書いてないしね」

「そりゃ、これだけのラーメンを持ってくる生徒はいないだろうから」

「つまり、私は学校の歴史上初めての存在になったって訳だ」


 なんでもないようにしている夜鶴だが、なんでもないことはないだろう。これだけの数にはそれなりの金額も必要になるし、重たくなくてもあの娘あんなに食べるんだと周囲に晒すことになる。

 そうまでして誕生日プレゼントを用意してくれた夜鶴に一心の好きという気持ちは大きくなって――ふと、光流の言葉が頭をよぎった。


 一心のこの気持ちは恋ではなく、推しに向ける感情と一緒だとはっきり光流は言った。

 つまり、それは一心が夜鶴のことを好きではないと同じ意味になる。


 ――俺が旭のことを好きじゃない? こんなにも好きなのに?

 顔が可愛くて大好きでこれだけの量を食べても変わらないスタイルが大好きで好きじゃないはずがない。

 光流の言うことは絶対的に間違えている。

 そのはずなのに、一心は今、ドキドキしている訳ではなかった。好きという気持ちが大きくなった瞬間だというのに。


 ――本当は俺、旭が好きじゃないのか?

 よく分からない。そんなことないはずだと主張する一心もいれば、夜鶴と同じでドキドキしていないんだから好きじゃないんじゃないのと冷やかす一心も存在していた。


「……ま、難しいことは考えなくていっか。人生、楽しくいかねーと」

「なに、いきなり?」


 ぐるぐる考えが堂々巡りして、一心は思考を放棄した。

 一心の気持ちが恋でないとしてもそれは今の話だ。ちゃんと夜鶴に恋をしたと思えるようになるまで夜鶴と共に成長していけばいいだけのこと。


「一緒に大人の階段を登ろうね」

「ほんとにいきなりなに言ってるの!? おっそろしいんだけど!」


 一緒に成長していこう、という意味で言っただけなのに自分の身を守るような仕草をする夜鶴に一心は首を傾げた。





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