第12話 ナニ、するつもりなの?

 終礼の挨拶を済ませ、即座に帰る用意を済ませた一心は誰よりも早く教室を出て食堂へと向かう。

 一日五個限定のスペシャルジャムパンを買いに努めていた頃のように廊下も全速力で駆け抜けていく。

 食堂には既に部活がある生徒達やランチを食べに来ている人達がちらほらと滞在しているが普段と比べたら随分と少ない。


 そんな中、空いている席を見つけて座って一心が夜鶴を待つこと数分。


「お待たせ~。早いね、日野」と、手を振りながら夜鶴がやって来た。


「そんなことないよ。今、来たところ」

「そっか。じゃあ、早速だけど……はい、これどうぞ」


 ずっと気になっていた夜鶴の手にあったビニール袋に詰められた沢山のカップラーメンやインスタントラーメンをいきなり渡されて一心は戸惑った。


「えっと、これは……?」

「日野への誕生日プレゼント。おめでとう」

「誕生日……ああ、そっか。今日だったな」


 一心はすっかり忘れていた。今日が自分の生まれた日だということを。


「忘れてたの?」

「一日一日が早すぎてすっかり頭から抜けてた」

「ああー、あるあるだ。前日までは覚えているのに起きたら抜けてるやつ」

「そうそう。それそれ」


 それに加えて、今日は久し振りに夜鶴に会える日という認識の方が強くて誕生日どころではなかったというのが大きい。


「よかったね。私が覚えてて」

「うん。プレゼントもありがとう。めちゃくちゃ嬉しい」

「ラーメンばっかりだけどね」


 ラーメンばかりと夜鶴は言うが一心は夜鶴から貰えるのならプレゼントは何でも飛び跳ねそうになるほど大喜びする。

 しかも、一心はラーメンが好物だ。好物を貰って喜ばないはずがない。それに、パッと見ただけでも色々な種類の味がある中で一番お気に入りの塩味ばかり。

 夜鶴に一心のことを知ってもらおうと自己紹介した時にチラッと言っただけの細かい内容を覚えていてくれたことが何よりも喜ばしかった。


「本当に嬉しいし助かるよ。ありがとう旭。帰ったら早速食べてみるね」


 本気で喜ぶ一心に夜鶴は鼻に手を当ててクスリと微笑む。


「日野って何を貰っても喜ぶよね」

「だって、旭からのプレゼントだよ。嬉しいに決まってるよ。それに、誕生日覚えていてくれたのも嬉しいし好物ばかり用意してくれたのも評価高い。旭は最高にいい彼女になるね。だから、付き合おう」

「まーた、すぐ調子乗る」

「だって、俺にとっての一番のプレゼントは旭なんだもん。旭のことください」

「はいはい。日野が私を好きにさせられたら好きにしていいよ」


 一心は硬直した。

 夜鶴はどうせ好きにさせられないし、適当に相手をすればいいや、と思って口にしたのだろうが一心の耳は聞き逃さなかった。


「そ、それって、旭のこと好きにさせられたら彼女になってくれる上に何してもいいってこと、ですか……?」

「好きにさせられたらね」

「…………スゲエ!」


 そんなことが本当にあっていいのだろうか、と一心は身体の震えが止まらない。好きにさせられたら夜鶴と付き合えておまけに何をしたっていい、というのだ。

 例えばだが、毎日、手作り弁当を作ってきてもらうことも食べさせてもらうことも可能ということだ。

 最高過ぎる未来に頑張ろう、と気合いを入れまくる一心にようやく夜鶴がたじろいだ。何を要求されるのか不安になってきたのだろう。相手は予測不能な一心だ。とんでもないことを考えられている、とおぞましくなられても仕方がない。


「ち、因みに……ナニ、するつもりなの?」

「そうだなあ」


 ぺろり、と舌を舐めながらじろりと夜鶴の身体を見回す。

 一心も立派な年頃の男子。夜鶴の高校生にすれば立派に成長している二つの膨らみにはとても興味がそそられる。


 けれど、そういうのは夜鶴を嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないし、何かを察してサッと両腕で胸元を隠すのを見れば言うべきではないだろう。

 そもそも、そういう下心は隠すつもりはないが夜鶴も聞き流せるような軽いものにしていたい。下心しか抱いていないような状態で夜鶴と向き合いたくないから。


「一日一回、ハグする権利を要求するかな」

「そ、それだけ……?」


 何を想像していたのかは知らないが夜鶴は拍子抜けしたような間抜けな顔になる。


「それだけだけど、もっと凄いことでも旭はいいの?」

「や、よく考えたら一日に一回は日野とハグするとかすっごくめんどくさそうだからそれだけにしておこうか。日野のことだから、私のこと全然離してくれなさそうだし」

「ほほう、よくお分かりで」

「あー、日野とハグするとか暑苦しそう」

「寒い夜でもしっかりと旭のこと暖めてあげるね」

「ウインクしないで。今のでゾッとした」

「ドキドキした?」

「する訳ないでしょ」


 上手に決まったと思ったが、一心のウインクでは夜鶴をドキドキさせるのは難しいらしい。

 むしろ、恐ろしいと身震いさせてしまった。


「ふふ。日野とハグする日はこないかもね」


 肘をついて、手のひらに顎を乗せて挑発的な笑みを浮かべる夜鶴に一心もムキになって口答えする。


「いーや。ぜーったい、ハグするね。旭が苦しいーって腕の中で暴れるくらい抱き締めるから」

「ふーん、無理だと思うけどねー」


 この余裕ぶっている夜鶴の顔を恥ずかしさいっぱいに滲ませる歪ませる日が早く訪れることを一心は掴みたい。


「ところでさ、お腹空かない?」

「あ、何か食べる? 席、取っておくから買ってきていいよ」

「そうじゃなくて、この後時間あるって聞いてるの」

「時間はあるけど」

「そう。じゃあ、これからラーメンでも食べに行かない? 日野の誕生日だし、奢ってあげるよ」

「え、いや、悪いよ。既に沢山貰ってるし十分だよ」

「日野は私とラーメン食べに行きたくないの? ん?」


 そんなの行きたいに決まっているが、この大量のカップやインスタントのラーメンだけで本当に一心は胸がいっぱいになっている。

 これ以上、夜鶴からプレゼントを貰うのは貰いすぎな気がしてならないのだ。それに、夜鶴には欲しい物が沢山あってお金を欲している。その為に巫女さんとして働いていた。今度は自分のために使ってほしい。


「行きたいよ。でも、旭が稼いだお金なんだから旭が自分の得になることに使わなきゃ」

「じゃあ、問題ないね。この為に働いたんだもん」

「……え?」

「……やっぱ、今のなし」

「……旭は俺の誕生日を祝うために働いてくれたの?」

「都合よく解釈しないで。そんな訳ないでしょ」


 すごく早口になって否定する夜鶴に表情の変化は見られない。でも、今までにない早口は何か心情に異変が生じたからだと考えられる。


「でも、私が稼いだお金なんだから私がどう使おうと勝手でしょ? 日野はごちゃごちゃ考えなくていいから行きたいの? 行きたくないの?」

「行きたいです!」


 自分に都合がいい解釈を勝手にするが夜鶴は誕生日を祝うために巫女となって働いてくれたのだ、と一心は思うようにした。

 自分のためを思って働いてくれて。デートのお誘いまでしてくれる女の子を誰が雑に扱えるというのだろうか。

 夜鶴は一心が即答したのに満足げに頷く。


「最初からそう言えばいいんだっての」

「いや、お金が関わることなんだから一方的に貰いすぎるってのは気が引けるから」

「日野が気にするのはそんなことじゃないでしょ。もっと、時と場所を弁えての発言とか行動とかさ。プレゼントはあげたいからあげたいだけだし」

「でも、旭だって何事もなく俺が貢ぎ物作戦を実行してもドキドキしないし、むしろ遠慮がるでしょ?」

「そうだけど、今日は誕生日なんだから甘えるのが日野の仕事。分かった?」

「わ、分かった」


 夜鶴の人差し指が一心の鼻をツンツンと自分の役目を教え込ませようと突ついていく。

 どうやら、抵抗する術はないらしい。

 行くと決めた以上、一心に抵抗する気はそもそもなかったのだが。


「じゃあ、行こっか」


 こうして、急遽デートすることが決まった。

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