第11話 揉んでみたい

 今日は待ちに待った三学期スタートの日。

 短い冬休みが終わり、学校の始まりに嫌気を醸し出しているクラスメイトが半分以上はいる中、一心だけは目を輝かせてワクワクしていた。


「おーす……って、朝から凄い元気だな」

「やっぱり、分かっちゃう?」


 席に座りながらそわそわする一心に声を掛けたのは猫背で暗めな髪が特徴の眼鏡男子。

 名前は吉良光流きらひかる。一心の友達だ。

 光流は違うクラスだが、光流からしても一心しか学校に友達と呼べる存在はおらず、三学期初日にわざわざ隣のクラスから会いに来たらしい。


「僕は遅くまでアニメを見て寝不足だ」

「俺も旭にようやく会えると思うと目が冴えて眠れなかった」

「なるほど。だから、目がギラギラしてるのか」


 一心の隣の席は女の子でまだ登校してきておらず、空席だ。椅子を借りて座ればいいのに光流は立ったままでいる。

 いつもこうなるのだ。昼休み、弁当を食べに光流がやって来ても一心の前に座る男子の席を借りられないとなるとわざわざ移動するようになる。

 敬語を使わない女の子以外は女の子ではない、なんて理解しがたい考えを捨てれ去れば今だって座ってゆっくりと会話出来るというのに。


「しかし、分からないな。旭にはフラれたんだろう? そんな女の子にいつまでも執着してどうなる?」

「ふ、確かにフラれたが終わった訳じゃないんだな、これが。俺の頑張り次第では付き合えるようになってる」

「へえ……正月ボケは早く治した方がいいぞ」

「全然信じてない!?」

「信じれるはずがないだろう。あの難攻不落と言われる旭が一心に落とせるはずがない」

「俺のこと蔑み過ぎじゃない!?」


 中学生はバラバラになり、高校でもう一度再会することになった光流とは小学生の頃からの知り合いだ。だから、気兼ねなく言葉を交わせる仲ではあるものの、辛辣が過ぎる気がする。

 しかし、光流はさぞかし当然だとでも言うように眼鏡の奥の瞳を光らせた。


「だって、そうだろう。容姿も普通。勉強も運動も普通で特一した魅力は何もない」

「うん、そうなんだけど言わなくてよくない?」

「そんな一心がどう頑張ったらあの旭と付き合えるというんだ。既にフラれた身で」

「確かに……確かに、そうなんだけど」


 光流が理解出来ないのも当然の話だ。

 告白して見事に散ったくせに、どう頑張れば付き合えるという発想になるのか。普通なら諦めて失恋したと涙を流して終わるのがセオリーだ。


 けど、それは光流が夜鶴の秘密を知らないからである。夜鶴との恋愛は特殊なものなのだ。

 しかし、夜鶴の秘密をポンポンと打ち明けたりは出来ない。光流に理解されずとも一心は何も言えない状況にある。


「一心は馬鹿だからな。上手いこと言って期待させられただけなんじゃないのか。早く諦めた方が身のためだぞ」

「旭はそんな女の子じゃねえよ。光流は何も知らないくせに旭のこと語るな」


 何も知らない光流を責めたところで意味もないのについカチンときてしまった。


「……ああ、悪かったな。好きな子のことをそんな風に言われたら怒るのも当然だ。謝ろう」

「ああ、そうだ。俺はどれだけ俺のこと馬鹿にされても構わない。けど、旭のこと馬鹿にする奴は誰が相手でも許さない。肝に銘じておけよ」

「……羨ましいよ、堂々と言ってのけるその強さが」


 自虐的に呟く光流に一心の怒りも静まっていく。

 元はと言えば、光流は一心が騙されていいように手のひらの上で転がされていないかと心配してくれていた。

 いつまでもイライラしている訳にもいかない。


「それはさておきだ。本当に旭とは頑張り次第で関係を変えることが出来るのか?」

「ああ、既に俺の諦めない告白の賜物でその権利を掴みとったんだ。その未来も掴みとってみせる」

「ほう。で、具体的には?」

「はへ?」

「頑張り次第では一心の望んだ未来が待っているのだろう? で、そのために具体的にどう頑張るつもりんだ?」

「えーっと」


 ダラダラと一心の背中を汗が流れていく。

 一心は何も考えていない――というより、何も思い付かなかった。そもそも、異性に対してドキドキしない夜鶴をドキドキさせれば付き合える、という条件が無理難題過ぎるのだ。

 もちろん、無理難題上等で対等したから色々と考えはした。けど、すぐにバイト三昧の日々が始まり、じっくりと策を練る時間がなかった。


 前回、夜鶴と木陰の三人で初詣に行った時も見ている感じでは夜鶴に異変が生じているようには見えなかった。というより、巫女と振り袖姿の夜鶴がインパクト強過ぎてすっかり忘れていた。


 何も答えられないままの一心に光流は冷めた眼差しを向けてくる。


「本当に大丈夫なのか? 一心には恋愛に現を抜かしている時間はないだろう?」

「確かに、そうだけど……でも、どうにかする。してみせる」

「具体策もないくせに無謀なんだから……そこまでしてまで、旭と付き合いたいんだな」

「そうだよ。何をしてでも旭と付き合いたい」

「いったい、旭のどこにそんなに惹かれたんだ?」


 一心は光流に好きな子が出来たという報告はしていた。

 けれど、それ以外は何も伝えていない。

 きっと、木陰に接触する前に光流に聞けば夜鶴の名前を何も苦労せずに知ることが出来ただろう。

 でも、何も苦労せずに手に入れた情報で夜鶴に近付くのは失礼だと思った。それだけ、一心は本気で挑んだのだ。


 その結果と一緒に映画に行くことになったことは光流に伝えていたが、そもそもの根源は言っていない。


「顔だ。顔がめちゃくちゃタイプだった」

「……は? それだけか?」

「そだよ」


 光流は肩透かしでも喰らったようにきょとんと目を丸くする。

 それから、大きなため息を吐いた。


「一つ、言っておこう。一心のそれは恋ではない」

「そんなことないだろ。こんなにも旭を好きだってのに」

「でも、顔が好きなんだろう?」

「顔だけじゃねえよ。髪も声も体も大好きだ。おっぱい揉んでみたいとも思ってる」

「おぱっ……あ、朝から何を言っているんだ!」


 一心は知っている。光流が頻繁に読んでいる本の中には女の子が半裸になったりするシーンが多く出てくることを。

 だというのに、頬を真っ赤にさせて取り乱す光流はかなり初だ。男の赤面を見たところで何も可愛くはないが。

 けれど、分かったことがある。やはり、何かしらの血液が沸騰することがあれば人は顔色に表してしまうことがあるのだと。


「だって、そうだろう。好きでもない女の子のおっぱい揉みたいとは思わないんだから。だから、俺は旭が好きだ。証明完了」

「……でも、揉んでいい状況になれば揺れはするだろう」

「はっ。俺の覚悟を甘く見てんじゃ……ねぇよぉっ」

「声を震わせているじゃないか。はあ、とにかくもう一度言わせてもらう。一心のそれは恋ではない。恋とはもっと複雑で簡単なものなんだ」


 光流に彼女はいない。むしろ、敬語を使わない女の子は女の子じゃない、などと変に拗らせているからクラスでも女の子には変な目を向けられているらしい。


「今の一心の好きは言ってしまえばテレビに出ているアイドルに向けるものと一緒だ。会いたくなるのも触れたくなるのも推しに向ける感情と同じ。それを恋とは言わないのだよ」


 そんな光流のくせに発言には謎の説得力があった。



 ――あ、旭だ。

 始業式にはどうしてだか生徒と教師が一堂に集まって校長先生の話を聞くことが多い。

 その体育館からの帰り、一心は夜鶴の姿を発見した。初詣以来の久し振りの生夜鶴に一心のテンションが上がる。


 近くには木陰が居て、声を掛けに行こうとした一心はピタリと足を止めてしまった。

 夜鶴の周りに居たのは木陰だけでなく、他にも女子が居て、そして数人だが男子も存在していた。

 そのはずだろう。別に夜鶴は男子が苦手とか生理的に無理じゃない、と口にしていた。普通にクラスメイトとして接することがあるのは当然のことだ。一心だってクラスの女子と一度も言葉を交わさない日などないのだから。


 楽しそうに話す彼等の姿を見ていれば一心は声を掛ける気が引けた。

 ――後でいいか。

 一心は夜鶴達の横を足早に通り過ぎる。

 教室について、女の子をドキドキさせる方法、とネットで検索していればピコン、と画面に通知が表示された。

 差出人は夜鶴である。


『学校終わりに食堂来れる?』


 今日もバイトのシフトをいれているが夕方からだ。

 それに、今日は午前中で帰れる予定になっている。

 つまり、時間は沢山あった。例え、なかったとしても夜鶴と会えるのならば無理をしてでも時間を作っていたが。


『大丈夫だよ』

『じゃあ、待ってるから来てね』


 夜鶴と会う約束が出来て、一心は逸る気持ちを抑えながらその時間まで過ごした。

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