第10話 いやらしく触ろうとするから
「そういや日野おみくじめちゃくちゃ買ってたけど結果はもう見たの」
三人で夜鶴が購入したポテトや唐揚げをつまんでいれば木陰に聞かれ、一心はポケットを漁る。
すっかり忘れていたが夜鶴の手に触れるために欲しくもないおみくじを七つも買っていた。
「二人ともいる?」
「「いらない」」
「俺も必要ないんだけど……とりあえず、開けて見るか。あ、大吉出た」
「わっ、よかったじゃん。ラッキーだね」
「当然でしょ。私が接客したんだもん」
「旭のその謎なマウントは何なの? 選んだのは日野だよね」
「確かに、旭の言う通りだ。旭に接客されたんだ。例え、大凶だろうと大吉だ」
「いや、大凶は大吉にはならないからね?」
次の結果はなんだろうか、と一心はおみくじを次々と開封していく。吉、中吉、小吉、末吉、凶、大凶と一つずつ出た。
七つも買って一つも被ることのなかった結果に木陰が笑い出す。
「す、凄すぎでしょ日野。ここの神社の種類全部引くとかどうなってんの?」
「全部適当に引いただけだけど」
何がそんなに面白いのか一心には木陰の気持ちが分からない。夜鶴は興味がないようで食事を黙々と続けている。
「そもそも、今年の俺の運勢は結局どれを信じたらいいんだ?」
「どれも無効でしょー。これだけ引いてるんだもん。神様も呆れてる」
「残念だったね。私の手にいやらしく触ろうとかふしだらなこと考えて神社に来るからだよ」
「そんな……あれは、やり取りの最中に発生するどうしようもないものだろ」
「そうだけど、最後の方はもう完全に私に触ろうとしてたじゃん。お金払うついでに手を重ねようとしてくるし。あれ、日野じゃなかったら叫んでたからね」
「つまり、俺は許してくれるから堂々と手を握っていいと?」
「どうしてそう前向きにしか捉えないの?」
ため息を溢した夜鶴は呆れたようでポテトを食べて黙ってしまった。本気で夜鶴に嫌われるかもしれないことを危惧して一心は調子に乗るのを控える。
夜鶴には極力嫌な気持ちをさせたくない。
何度も告白を断られ、それでも迫り続けてようやく夜鶴に許可をもらっている。身体的接触をしなければある程度のことまでは何をしてもいいと言われているがそのある程度のことを一心は知らない。
――俺はまだまだ旭のことを知らない。だから、一つずつ知っていかなきゃな。
夜鶴に一目惚れした一心は夜鶴の名前を知るのでさえ二ヶ月も使っている。そんな回りくどいことをしないで当たっていけばよかったと今になっては思いもしないが、それだけの時間を使用したから慣れている。
「……ゆっくりとだ。ゆっくりと旭のことを知っていこう」
「果たして節操なしの日野が我慢出来るのかなあ」
「だってえ、旭への気持ちがすぐに強くなっちゃうんだもん!」
「ほーら、早速矛盾してる」
「でも、旭のこと真剣だから……我慢するところはちゃんと我慢するよ」
「……そう。じゃ、頑張って」
笑顔を浮かばせた夜鶴に一心も笑顔で応じる。
すると、パシャっという音が聞こえた。
二人して音がした方向に顔を向ければ木陰がスマホを横向きにして構えていた。
「なに。なんで撮ったの?」
「いやー、旭の巫女さん写真は撮ったけど振り袖写真は撮ってなかったなーって。せっかくなら、日野とツーショットの方がいい写真になるでしょ」
何度も目をパチパチとさせる木陰は一心に何かを呼び掛けている。ついでに、スマホを何度も振って大きくアピールする。
それで、ようやく一心は木陰が何を伝えようとしてくれているのか察した。
「旭。連絡先教えてくれ!」
木陰が手伝ってくれなかったら今日も一心は夜鶴の連絡先を聞かずに別れ、家に帰ってから思い出して後悔していただろう。
巫女服の夜鶴に振り袖姿の夜鶴。そんなレアな姿を見て、連絡先を聞くことを覚えていられるはずがなかった。現に木陰がアピールしてくれなければ気付きすらしなかった。
「聞かれるまで随分と掛かったね。さっさと聞けっての。ん」
「……ごめん。旭と居るとそれどころじゃなくなるんだ。ありがとう」
QRコードで連絡先の交換を済ませた一心は追加された夜鶴のアイコンを早速タップした。
どこのお店かは知らないが夜鶴がクレープを食べているところに写り込むようにして入った木陰の写真だ。夜鶴は撮られていることに気付いていなかったのか頬に生クリームを付けて笑顔を浮かべている。
めちゃくちゃ可愛い――が、一心はこの写真を既に穴が空くほど何度も見ていた。木陰のアイコンも全く同じだから。
「二人とも、同じアイコンにするなんて本当に仲がいいな」
「そうだよー。旭は高校に入って始めて出来た友達だから」
「懐かしいな。この日、始めてこーと遊んだんだよね」
「スイーツ食べ放題のお店で旭がこんなに食べる子なんだって始めて知ったなあ」
盛り上がるガールズトークに華を咲かせる夜鶴と木陰に一心はなかなか割り切れない。
――俺も旭と盛り上がりたい!
何か興味を引ける話題はないか、と考えてアイコンの話をしていたのだから一心も同じ話題を持ち出した。
「俺のアイコンも見てくれよ。旭とのツーショットなんだぜ!」
一心はこの前、夜鶴とデートした日に撮ってもらった写真をアイコンに設定していた。
「他の写真はないの。すっかり彼氏面してるみたいで嫌なんだけど」
「いいじゃん。将来の彼氏なんだから」
「……まあ、日野がアイコンを何にしようと自由だけど変なことは言い触らしたりしないでよ」
「大丈夫だ。俺の連絡先知ってるの学校じゃ旭と雛森ともう一人だけだからな」
学校で一心の連絡先を知る人は限りなく少ない。クラスの集合グループとかは存在しているらしいが一心は教えてもらっていないため参加していないし、一心も自分から聞いていない。
「……日野、友達少ないの?」
「この前、話した一人だけかな正確にそう呼べるのは。あ、でも、仲間外れにされてるとかじゃないよ」
「えー、日野は私と友達じゃないの?」
「うーん、雛森は友達ってよりも恋のキューピッド的な存在かな。旭のこと色々と教えてくれたし」
「そうなの?」
鋭い眼光を木陰に向ける夜鶴。変なことを教えてないか危惧しているのだろう。
「変なことは言ってないよ。旭の名前とか彼氏はいないこととかアニメが好きとかだけだから」
「本当?」
「うん。だから、知らない旭を沢山知っていきたいんだ」
「そうそう。たっくさん教えてあげなよ旭」
「教える気はない。けど、日野が勝手に知ることに文句を言うつもりはないよ」
「ん、分かった。勝手に知ってく」
そんな話をして時間を過ごす。
今日の記念に三人で写真を撮ろうよ、と木陰が提案して木陰の親戚の人に神社の門前で横並びになる。
「写真シェアしたいしグループ作っておいたから後で参加しといてね」
「美女二人と三人グループとか美味し過ぎない?」
「そうだよー。日野はいいご身分なんだよ。ね、旭」
「別に、そんなことはないでしょ。それよりも、早く挨拶しに行こ」
「もうそんな時間か。日野とはここまでだね」
「あ、じゃあ、待ってるよ。二人のこと近くまで送ってく。薄暗くなってきたし」
初めから一心はそのつもりだった。家を突き止める気はないので近くまでだが夜道は危険が付き物だ。夜鶴も木陰もかなりの美少女であるため、送れるなら送りたい。
けれど、その提案はあっさりと断られた。
「ありがたいんだけど、かなり時間掛かるんだよね。お世話になった人に挨拶しなきゃだし、着替えもあるから」
「別に、二人を待つくらい何時間でも待てるけど」
「日野って忠犬になれるね。でも、本当に心配ないよ。私も旭も私のパパが車で送ってくれるから」
「そういうこと。だから、日野も暗くなる前に帰りなよ」
「そっか……分かった。それでも、一応、二人とも気を付けてね」
楽しかった時間ももう終わる。夜鶴とももうお別れだ。久し振りに会えたからかあっという間だった。
残りの休みは毎日バイトで一心の予定は埋まっている。夜鶴と会おうとしても学校が始まるまでは叶わない。
寂しい。凄く寂しい。けど、そんな女々しい姿を見られるのは恥ずかしくて一心は作り笑顔を浮かべて手を振った。
「……日野。また学校でね。バイバイ」
どことなく、デートした日よりも夜鶴の反応が薄くて冷たい態度のように感じていたがその一言だけで一心の寂しい気持ちが吹き飛んだ。
学校が始まればまた会えるのだ。
これまで、学校に通うのに特別な理由を一心は見出だせなかった。学校に通う時間もお金もあるのならバイトしていたいと考えていたから。
でも、今はそう思わない。
むしろ、早く夜鶴に会いたいから学校に通いたいとなっている。
「うん、バイバイ」
数日後に会えるのを楽しみに一心は大きく手を振って夜鶴達と別れた。
その日の夜、一心はとても重要なことを思い出して。
「そうだ。俺、旭に新年の挨拶してない!」
早速、交換したばかりの夜鶴の連絡先に挨拶を送る。
しばらくして、夜鶴からも同じ内容が送られてきた。てっきり、疲れてもう寝てしまったかもと思っていたから嬉しい。顔も見えないのに夜鶴と会話出来て一心はついニヤニヤしてしまう。
『ねえ、イルミネーションの前で撮った写真送ってよ』
『旭もアイコンにするの?』
『違うよ。けど、二人の初めてのツーショットでしょ。頂戴』
まるで、二人の初めての思い出だから欲しいと小さい子がオモチャを買ってもらおうと駄々をこねているように耳が捉え、一心はすぐに写真を用意する。
『ありがと。おやすみ』
写真を送れば、そう返ってきた。
一心がおやすみと送っても既読はつかず、何も反応がない。すぐに眠ってしまったのだろう。
もう少しやり取りしていたかったが夜鶴も疲れていたのだろう。仕方がない。
代わりに木陰から二人だけのトーク画面にある写真が送られてきた。
それは、一心とても夜鶴のツーショット写真。加えて、巫女姿の夜鶴が恥ずかしそうにしている写真だった。
「ウオオオオ雛森様最高。雛森様最高。雛森様最高。巫女旭サイコー!」
どうにかして巫女服を着ている夜鶴の写真が欲しいと思っていたが、どう考えても撮影する時間もなくて諦めていた。
だから、一心のテンションは爆上がる。
この写真があれば、三学期が始まるまでの長い時間を余裕で乗り越えられそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます