第9話 いいねえ。嫌がってる顔も素敵だよ
「それで、雛森は俺に旭の超レア姿見せようとして連絡してくれたって結論でいい?」
「いいよ、それで。嬉しい?」
「めっちゃくちゃ嬉しいです」
「私は気分悪いけどね」
「もういい加減許してよ。日野に可愛いって言われて悪い気はしてないんでしょ?」
木陰に聞かれて夜鶴は不機嫌なままそっぽを向いた。
一心よりも夜鶴と長い付き合いの木陰にはそれがどういう反応なのか察したようでにまにまと口角を緩めては夜鶴に背中をバシバシと叩かれている。
「まあさ。実際、可愛いって言われて悪い気する女の子は少ないでしょ。質の悪いナンパとかだとうっざいけど」
「俺の可愛いは全力の本音だ」
「それを理解させられたから嫌なの」
拗ねたように口にした夜鶴に一心は首を傾げる。
「迷惑してる?」
「迷惑って訳じゃないけど、耐えないといけないでしょ。日野に可愛いって言われてニヤニヤしてたらますます可愛いとか言い出して無限ループに陥りそうだし」
夜鶴の言う通りではある。
一心に褒められて喜ぶ夜鶴を見れば一心はより夜鶴をべた褒めすることになる。無限ループの完成だ。
でも、一心には夜鶴がそれをどうして嫌がっているのか分からない。好きな子は褒めちぎりたいし、仮に夜鶴から「カッコいいね」と何度も耳にタコが出来るほど言われたとしてもその度に一心は嬉しいと感じる。
「俺も旭も幸せなら無限ループでもいいんじゃないかな。どうして嫌なの?」
聞いてみても夜鶴は答えない。
教えたくないことなのだろうか、と一心が悩んでいれば背中をトントンと木陰に叩かれた。
「疲れるんだと思うよ。旭ってよく大人びて見られることが多いから、可愛いって言われて嬉しくなっても何も感じてないようにするのが」
こそっと耳打ちで木陰が教えてくれる。
「周りが言うことなんて無視して、嬉しいなら喜ぶべきだろ」
「そうすればいいんだけど旭はめんどくさい子だからね。人の言うことをよく聞いちゃうんだよ」
「なら、俺は旭がどんな時でも俺の前では素の旭で居られるような存在になればいいんだな」
それなら簡単なことだ。常に素で居られるように一心が夜鶴の全てを受け止めていればいいだけの話である。
「出来そう?」
「余裕だね。なんせ、俺はどんな旭も好きだからな」
異性に対してドキドキしないという夜鶴の秘密を打ち明けられても好きという気持ちは微塵も変わらなかった。一日デートして一回もドキドキしてないよ、と現実を突き付けられても同じだった。
「何を恥ずかしいことを大声で言ってるの」
「隠すことでもないからだよ。ってことで、俺の前ではいくらでも可愛い姿見せていいからね。ていうか、見せてよ。もっともっと」
「なんか、その言い方すごく嫌だ」
「いいねえ。その嫌がってる顔も素敵だよ」
「眼球潰していい?」
「ごめんなさい。旭の顔が見れなくなっちゃうのでやめて下さい」
調子に乗りすぎた、と一心は指を二本立ててカクカクと折り曲げる夜鶴に腰を曲げて謝罪した。
目も耳も、鼻も口も体は大事にしなければならない。夜鶴を見るためにも夜鶴の声を聞くためにも夜鶴の香りを嗅ぐためにも夜鶴とキスするためにも。
「……はあ。なんか疲れたし何か食べに行かない?」
働いて、一心と木陰に振り回されて体力がより削られてしまったのだろう。疲労の色を顔に滲ませながら夜鶴が屋台の方に視線を向ける。口角が僅かに緩んでいて、食欲が顔を覗かせていた。
「その前にお参りしようよ」
「え~お腹空いたんだけど」
お腹を擦る振り袖美女というのもなかなか見られない光景ではないだろうか、と一心は木陰に制止される夜鶴を注視する。
「まあまあ。急がなくても屋台は逃げないから。日野は初詣って行った?」
「ずっと働いてたからそんな機会なかった」
「じゃあ、日野のためにも行こうよ」
「しょうがないなあ……お腹空いた」
満場一致ではないが、お参りに行くことになった。一心は木陰に宥めながら歩く夜鶴の後ろをついていく。
「旭ってほんとよく食べるよね~」
「お金がすぐに減る。欲しい本もグッズもあるのにお金が足りない」
「クリスマスにお正月って美味しい食べ物いっぱい出るもんね」
「それに加えて、ソシャゲのガチャもあるしお金が飛んでいく」
「なるほど。それで、私の誘いに乗ったって訳か」
「まあ、そんなところ。他にも欲しい物があるし」
チラッと夜鶴が振り返り、またすぐ前を向き直す。
「オタクは大変だね」
「こーも同じでしょ」
「お金欲しいよねえ」
「超欲しい」
同じ意見にまとまって夜鶴と木陰はお金が欲しい~と口にする。
仲良し二人組の姿はいつも遠くから見ていたもの。それが、今はすぐ後ろから見ていられることに少しずつ夜鶴との距離が埋まっていることを改めて一心は感じた。
この距離をもっと縮められますように、と一心はお参りで神様に願う。夜鶴と木陰も手を合わせて何やら必死にお祈りしている。きっと、お金が増えますように、と願っているのだろう。
――お金はな、働かないと手に入らないんだよ。
働いている身の一心は厳しい現実を飲み込んだ。
お参りを済ませてからは夜鶴の要望通り屋台を見に行くことになった。といっても三ヶ日はとっくに終わっていて数は多くない。
「神社としてお祭り騒ぎはもう終わるからね。私達も手伝いは今日まででいいし」
「新年が始まってもう五日だからな。早い」
「そんなこと話してないで早く買いに行こ」
よっぽどお腹が空いているのだろう。うずうずと夜鶴は待ちきれない様子で今にも駆け出しそうにしている。
「私、そんなにお腹空いてないから買ってきていいよ。ここで待ってる」
「そ。日野は?」
「旭と一緒に居たいから行く」
「そう言うと思った。じゃあ、行こ」
木陰に待機してもらい、一心は夜鶴と買い物に行く。一番先に向かったのはポテトの屋台だった。
「昨日からずっと食べてみたかったんだ。でも、昨日は疲れてそれどころじゃなかったんだよね。お仕事するのって初めてだったし」
「そうなんだ」
「うん。こう言っちゃ悪いけど、巫女さんのお仕事ってそんなに難しくないんだと甘く見てた。こーからも簡単な内容だよーって教えられてたし。けど、自分の行動にお金が発生するんだって思えばすごく緊張したし、体力も削られてた」
「初めて働くってなるとそうなるよね。俺も最初の数日は家に帰れば死んだように眠ってたよ」
「だよね。私も昨日はお風呂に入ってすぐに寝ちゃった」
一心達の通う高校は校則が緩い。先生に許可を取らずともバイトしていいことになっているし、服装も奇抜なものでない限り制服を着崩したりするのも可能だ。
一心は高校生になるとバイトをすると中学生の頃から決めていたが、夜鶴はそうでもなかったらしい。
「私は二日しかお手伝いしてないけど、後でお金貰えるし今日はたくさん食べるぞー!」
食べることとなれば本当に夜鶴は嬉しそうだ。いきなり、ポテトを塩味とコンソメ味とバター醤油味の三種類を購入した。
そのまま、隣に並んでいた唐揚げの屋台で唐揚げを十個買っていく。
「なんか、週末の仕事終わりに居酒屋でサラリーマンが頼むようなメニューだね」
「こういう脂っこい女の子は嫌い?」
「ううん、全然。お酒が飲める歳になったら一緒に飲みに行きたくなった。行こうね」
「はいはい、その時まで日野が私のことを好きで居れたらね」
お酒が飲めるようになるまで後数年は掛かる。それまで、一心が夜鶴を好きで居れたら一緒にお酒を飲みに行けるらしい。
「旭の巫女姿と振り袖姿を見れた上に将来の約束も出来るとか今日はなんていい日なんだろう」
「あ、日野。これ持ってて。飲み物買ってくる」
一緒にお酒を飲みながら、酔っ払った夜鶴が火照った顔で甘えてくるところを想像して鼻を伸ばしていれば夜鶴から荷物持ちを任されて一心は現実に戻ってくる。
「じゃ、こーの所に戻ろっか」
コーラを買ってきた夜鶴と一緒に荷物持ちと化した一心は木陰が待つ場所に戻った。
「お帰り~。何を買ったのかな~……って、週末のサラリーマンが居酒屋で頼むようなメニューじゃん。女子高生としてどうなの」
「いいでしょ、別に。好きなんだから。せっかく、こーもつまむかなって思って買ってきたのにあげないよ」
「うーん、特別欲しい訳じゃないから何も言えない……」
「じゃあ、食べなくていい」
「いいよ。一人で食べて太っても知らないけどね。どうせ、旭のことだからお正月はお餅いっぱい食べたんでしょ?」
「日野と半分こするもーん」
「え、俺?」
「嫌なの?」
本音を言えば、一心はそこまでお腹が空いている訳ではない。本来、一心は男子にしてはあまり量を食べる方ではないのだ。
今日は、バイト先の先輩から昨日、家で沢山作って余ったからと貰ったお餅をお昼に食べてきていて、今もまだ胃は満足している。
けれど、ほんの少しだけ悲しそうな夜鶴を見れば断れるはずがなかった。断ったところで夜鶴は一人で容易く完食してしまうのだろうけど。
「まっさかー。今のは俺でいいのっていう驚きの反応だよ。是非とも半分こさせてください。食べさせてあげるサービスも付けて」
「それは嫌。赤ちゃんじゃないんだから自分で食べて。食べさせてあげる余裕ないし」
「バブーバブー」
「バブーバブー言っても無駄」
「バブゥ……」
「期待しても」
どうやら、まだ夜鶴に食べさせては貰えないらしい。加えて、可愛く甘えても夜鶴には効果がないことを知れた。
可愛い系で攻めても無駄という貴重な情報を手に入れて、一心は唐揚げを一つ口に放り込む。
肉汁が溢れだし、鶏肉は柔らかくて口の中で溶けていく。まだまだ熱くて、ハフハフと口が勝手に動いた。
「ウマ……」
夜鶴も同じように唐揚げを食べてはハフハフしている。実に美味しそうに食べる姿に食欲を刺激されたのだろう。
「ごめん、旭。やっぱり私も食べたい」
「初めからそう言えばいいの。ごめんなさいは?」
「ごめんなさーい」
「ん、よろしい」
その瞬間。一心は衝撃の光景を見た。
潔く謝った木陰に夜鶴が唐揚げを食べさせてあげている。
「はい、あーん」
「あーん。美味しいねえ」
当たり前のようにやり取りする姿に一心は体が震え始めた。
「俺はダメなのに雛森はいいの? 雛森は赤ちゃんだったの?」
「何言ってるの。女の子同士だから普通でしょ」
ぶつぶつと呪詛のように呟きながら一心はなるほど、と理解した。
「これが、性別の差、か……」
絶対に変えることの出来ない差に一心は本気で木陰のことが羨ましくなる。
――いつか必ず旭にあーんしてもらうんだ!
一心は強く決心した。
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