メレディアのこれまで〜Sideロイド〜


「ふむ……そうか……。やはりあの女、あまり良い扱いを受けてはいなかったか……」

「はい。実の親であるフレッツェル夫妻も、実の妹であるエレノア嬢も、奥様を家族として見てはいなかったようですね」


 手元の資料に目を通しながら、俺は執務室でテオドールからの報告を聞く。

 あの妻のことをテオドールに調べさせてすぐに、情報はもたらされた。

 まさかこんなにも早く情報が手に入るとは思っていなかったが、早いに越したことはない。


「フレッツェル夫妻は奥様を空気のように扱い、早くどこかの家に嫁がせようと必死だったようです。よく『あの子は不気味すぎる』と話していたと、屋敷のメイドが教えてくれました」

「不気味すぎる?」


 どこがだ?

 確かに最初こそ表情は変わらない鉄面皮だったが、特に不気味などとは感じなった。

 あの女には、俺にはまだ見えていない姿があるということか?


「次に妹のエレノア嬢ですが……旦那様、聞かれます?」

「勿体ぶるな」

「はいはい。なかなか胸糞悪いですけど、怒らないでくださいね?」


 勿体ぶったかのように伺いを立てたテオドールに話を進めるよう言うと、いつも飄々とした様子のテオドールの表情がガラリと変わった。


「エレノア嬢は奥様の3つ下の妹君です。蜂蜜色の長い髪に大きな青い瞳を持つ、可愛らしい外見のお嬢様です」


 妻の妹には結婚式で一度会ったが、興味がなかったからか正直全く覚えていない。

 あの日はまさかあの条件をのむ家があるなど、まさか自分が結婚することになるなどとは思っていなくて、朝からイライラしていたし……。


 あぁ、だが……。

 あれのことはきちんと覚えている。


『初めまして、メレディアです』

 そう言って純白のドレスに身を包んだあれの姿に、思わず息を呑んだのは。

 艶やかな黒髪。

 真っ赤に熟れたまっすぐで美しい瞳。


「ん? おい待て。妹は蜂蜜色の髪に青色の瞳だと言ったな? 伯爵夫妻も確か、蜂蜜色の髪に青い瞳の色だったな? なぜあれだけが違うんだ? まさか、本当の親では──」

「いいえ、奥様の本当のご両親ですよ、伯爵夫妻は」


 そう淡々と言ってから、テオドールは腕に抱えていた資料の一枚を俺に手渡した。

 俺はすぐにその資料に目を通す。


『親子関係証明証』

 そう書かれたそれは、聖なる力を持った神官のみが使える魔法で親子関係を調べた証であった。

『メレディア・フレッツェルは間違いなく、テスタ・フレッツェルとラグニア・フレッツェルの子どもであることをここに証明す』

 そう書かれた紙には、きちんと神官の名と魔法で描かれた印が刻印され、間違いなく本物のようだ。


「夫妻も奥様──メレディア様が生まれた際には揉めたようでしてね。ですが夫人には全く心当たりがないということで、検査を受けられたようです。奥様の目と髪の色は、突然変異か何かではないかということになったのです」

「突然変異か……。まぁ、有り得なくはないな」

 数代前に同じ色の先祖がいた可能性もあるだろう。


「はい。話は少し逸れましたが、そのエレノア様の話です。エレノア様は、奥様を毛嫌いしていたご両親を見て育ったせいか、大層奥様のことを見下されているようで……。奥様に対しては何をしても怒られないことをよく分かっており、陰湿ないじめをされていたようです。奥様のドレスや装飾品など勝手に借りては汚し壊しを繰り返したり、奥様の大切にされている本を持ち出しては無くしたり、他にもたくさんの嫌がらせをしていたようです。おそらくですが、奥様に関しての悪い噂を流したのもエレノア様でしょう」


 あの女の噂は、あの女を知れば知るほどおかしなものだということに気付かされる。

 噂とはかけ離れた謙虚さ。

 心の優しさ。

 かしこさ、真っ直ぐさ。


 この屋敷を乗っ取ろうとしているだなんてとんでもない。

 愛人がいると勘違いした彼女は、あろうことか俺と、ありもしない愛人との仲を応援すると……。しかも自分が離れで生活しても良いとまで言い切ったのだ。

 必要な時だけ自分が出れば良いのだと。


 そんな考えを堂々と俺に言ってくる女が、噂のような極悪非道な女なはずがない。


「使用人も、奥様のことを自分がお仕えする方として接してはいなかったようです。着替えや入浴も手伝うことなく、洗濯も奥様のものはされず、奥様はご自身でお洗いになっていたと……」

「なんだって!?」

 あまりの状態に思わず声をあげてしまった。


 貴族女性は着替えや入浴、肌の手入れなどの身の周りのことは使用人に手伝わせるものだ。

 それを放棄しているだと?


 だが、なるほどと納得してしまう。

 あの女は貴族女性にもかかわらず、着替えも入浴も、肌の手入れも自分でする。

 最初にマゼラに、これらは1人でできるからと断っていたのだ。

 それに指。

 あんなに指が荒れていたのは、その手入れが行き届かなかった証拠。

 そして水をよく使っていた──つまり、洗濯を自分で行っていたということの証拠なのだろう。


「アルトだけが、奥様の味方だったようですね」

「アルトが?」

 なんだかよくわからないが、無性に腹が立つ。

 いや、あれを助けていたのなら悪い人間ではないのだろうが……。


「それにしても、よくこんな短期間で情報を掴むことができたな」

 使用人までもがいじめに加担していたのなら、口は硬そうだが……。

「全員が全員じゃないんですよ、こういうのは。知っていて口を出すことができず、傍観しているしかない人間だっているんです。それは、旦那様もよくご存知でしょう?」

「……あぁ……。そうだな」


 小さく返しながら、母が数々の使用人と関係を持っていたことを知っていながらも何も言えなかった者達を思う。

 何も言えない罪悪感を持ちながら働く者もいるのだ。


「どうされますか?」

「普通の貴族令嬢が、わざわざこの辺境まで嫌がらせをしにくるとは思えんし、放っておけ。こちらからは何もするな。ただし……あの女は俺の妻だ。もし仮に公の場に出る際会うことがあったとして、その時あの女を見下すようであれば──それを叩き潰すのは夫の仕事、だろう?」


 何があっても、俺がなんとかしてやればいい。

 あいつにはそれだけの借りがあるのだから。


 ほのかに生まれた別の感情の存在を、俺はまだ見ぬふりをして窓の外の僅かにオレンジ色に色づき始めた空を見上げるのだった。

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