不穏な言葉
「──と、いうわけで、これからまたよろしくお願いします!! お嬢様!!」
「え、えぇ……よろしくね」
子犬のようなキラキラとした笑顔を向けてくる目の前の大型犬を見上げて、私は苦笑いをこぼした。
ローグについて部屋を出ていたアルトが次に広間に戻ってきた時には、ピシッとした黒の執事服を着込んでいた。
フレッツェル伯爵家で見慣れているからか、やっぱりこの格好の方がアルトらしく感じる。
「でもアルト。私はもうお嬢様なんかじゃないからね?」
「あぁ、そうでした。お嬢様は俺がいない間にご結婚されてしまわれたのでしたね。これからは奥様とお呼び致しますね、奥様」
妙に言葉がトゲトゲしいのは気のせいだろうか。
「旦那様、アルトのこと、ありがとうございます」
私が隣で腕組みをしたまま私たちを見ていた旦那様へとお礼を言うと、アルトも旦那様へと向き直って「ありがとうございます!! 精一杯努めさせていただきます!!」と頭を下げた。
そんな子犬を見つめて、旦那様は僅かに目を細めると「あぁ」とだけ言ってからソファから立ち上がった。
「俺は少し出てくる。お前は──あの子どものことを頼んだ」
「わかりました。いってらっしゃいませ、旦那様」
「……言ってくる」
そう言ってグッと眉間に皺を寄せてから、旦那様は広間を後にした。
ん?
なんだろう。
なんか、夫婦っぽいぞ、今の。
ここにきて初めて夫婦らしいやりとりを交わしたことに感動を覚えている私のもとに、アルトが静かに歩みを進めた。
「おじょ……奥様? 本っっっ当に大丈夫なんですか?」
「ん? 何が?」
「旦那様と結婚して!! あんな……あんな急に……。しかも冷酷無慈悲と噂される人嫌い公爵なんかに……」
アルトもあの噂を知っているのだろう。
冷酷無慈悲の人嫌い公爵の噂を。
自分が出張中に幼馴染がそんな人のところに嫁いだなんて聞いたら、心配にもなるわね。
でも──。
「大丈夫よ。顔は怖いし、愛想はないけれど、とても領民思いの優しい人だから。……少なくとも、父や母や妹よりかは、私を私として見てくれているわ」
アルトはよく知っている。
私があの家でどんな扱いを受けてきたのか。
どんなに異端だったのか。
だからこそ心配してくれているのだろうけれど、でもここは、あそこよりもずっと過ごしやすいから、できることならアルトにも好きになってもらいたい。
「奥様……。……わかりました。まぁ、奥様があの状態になっても邪険に扱うどころか心配してくださっていたところを見ると、悪い方ではないのかもしれませんが……。俺はしばらく様子を見させてもらいます。大切な貴女を任せられる方なのかどうかを──」
「えぇ、わかったわ」
相変わらずの過保護っぷりに苦笑いしながら、私は答えた。
「それと……奥様、一つだけ」
「何かしら?」
突然声のトーンを落としてから、アルトが眉を顰めて口を開いた。
「エレノア様にお気をつけて」
「エレノアに?」
「はい。
いつもの癖。
三つ下のエレノアは、私の持っているものをやたらと欲しがる。
甘えて、ねだって、時には卑怯な手を使って、奪っていってしまう癖がある。
それはきっと、本当に欲しいとかじゃなくて私の反応を見たいだけなのだろうから、いつしか盗られても表情を変えない自分が出来上がっていった。
鉄仮面はそういうところからも形成されていたのだろう。
本当に、くだらないことだ。
「でも何を? 今の私、特に何も持っていないんだけど……」
「旦那様を」
「旦那様!?」
いや……。
いやいやいや。
あの子は確かにイケメン好きだけれど、まさかそんな。
「あの子が旦那様を見たのは私たちの結婚式の一度だけよ? しかもあの強面の顔を。いくらあの子でも……」
「えぇ。ですから、念のため、です。念のため、お気をつけください」
アルトの不穏な言葉に、私は「え、えぇ……」と小さく答えるしかなかった。
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