ロイドの過去


「レイは、マゼラと、ここの使用人、マゼラの元夫との子どもだ──」


 は?

 え、待ってどう言うこと?

 マゼラと、使用人だった元夫?

 じゃぁ……。


「あの、その夫の方は……まさかっ──」

「ってないからな!? 愛人だの殺っただの、お前は俺をなんだと思ってるんだ!?」

 なぜ私の言いたいことがわかった旦那様。 

 あれ、でも殺ってないなら、じゃぁ一体何で──もしかして……!!

 私の中で悪い予感が過ぎる。


「もしかして、死別?」

「いや、生きてる。が……俺が解雇した」

「解雇?」

 眉間に強く力を込め、旦那様はひと呼吸置いてから、再び口を開いた。


「……あれは、俺の母と関係を持っていた男の1人だ」

「!?」

 旦那様の……お母様と──!?

 待って、でも……関係を持っていた男の1って……?


 私の表情から心情を読み取った旦那様は、なんともいえない表情で私を見てから、ぽつりぽつりと語り始めた。


「父は真面目で領民思い。母は明るく社交的で、俺はそんな2人のことが好きだった。だがある日の夜、俺は見てしまった。夜中、父母が言い合う姿を……」

「喧嘩、ですか?」

「あぁ。普通の夫婦の他愛ない喧嘩ならばまだ良かったんだ」


 普通の夫婦の他愛ない喧嘩ならば?

 そんな修羅場だったってこと?


「『いい加減、男を取っ替え引っ替えするのはやめたらどうだ』と。嗜める父に母はこう言った。『こんな何もない辺境に、こんな偏屈なひと回り以上年の離れた男の元に嫁いできた私は不幸だ。私はもっとキラキラした世界で遊んでいたかったのに』と──」

「っ……!!」


 そういえば、前ベルゼ公爵夫妻は年の離れたご夫婦だったと聞いている。

 奥様は確か、16歳になって早々結婚されたとか……。


「両親の仲は悪くないのだと思っていた当時13歳の俺には衝撃的だった。だが、よくよく見れば気づけたはずだったんだ。その違和感に。表では普通に接しながらも、母は父の手を取ることも、父に触れることもなかった。笑顔は父に向けられたものではない。父ではないものたちに向けられていたのだと。そして母は、屋敷の若い使用人のほとんどと関係を持っていたことがわかった。年若い母を妻にしたことに負い目を感じていた父は、結局母を強く嗜めることもできぬまま、どんどん気を病んでいった。そして病み抜いて、俺が15になった時──自ら命を落とした」


「そんな……」

 自ら命を落とした。

 その事実に胸がぎゅっと苦しくなる。


「俺は父の死後すぐに公爵意を継いで、粛清を行なった」

「粛清、ですか?」

「あぁ。まず、実の母をこの屋敷から追放した」

「!! つい……ほう……?」


 実のお母さんって、公爵夫人よね?

 そんな人を追放なんて、できるの?


「ローグに調べさせたところ、母は領民のための金を使ってドレスや宝石を買い込み、着飾り続けていた。要は横領だな。それに不貞もあったしその上夫は自死している。追放に値するだろう。公爵家から追放し、今は修道院に入っている。そして相手の使用人たちは全て辞めさせた。そのうちの1人がマゼラの元夫だ」


 知らなかった。

 そんなことがあったなんて。

 当然だ。

 だって私は、話題に乗れるほど社交界に出てなんていないのだから。


 何も知らないまま、旦那様の気持ちを考えることなく、嫁いでしまったのだから。


「粛清の際、マゼラと話をしたんだ。彼女は、主である父や俺を裏切り傷つけたと自分を責めた。マゼラだって被害者なのに、な。夫とは縁を切って、自分は腹の子とどこかでひっそりと暮らすつもりだと話す彼女に、俺は提案した。腹の子を、皆で見守り育てながら、これからもここで働いてもらいたいと。だからレイは、俺にとって弟のような存在であり、他の使用人にとっても子や孫のような存在でもあるんだ」


 そんな理由があったんだ……。

 そして不意に、あの時のローグの言葉が蘇る。


『私たちは、あなたがいずれ旦那様を裏切り続ける存在であると……、そう考えてしまったのです。あのお方は、傷つけられすぎた。そんな旦那様を、今度こそは私たちが守らねばと……』


 あれは、旦那様のこの過去のことを言っていたのね。


 言葉というものは単調に捉えれば一つに意味にしか聞こえない。

 だけどよく考え、込められた意味を読み解けば、二重奏にも三重奏にもなる。

 私はあらためて、自分がどれだけ自分しか見ていなかったのかということに気付かされた。


「そういうわけだから、俺に隠し子なんていないし、愛人なんてものもない。これまでも、これから先も、お前ただ1人だ」


 そう真摯にまっすぐと見つめられて、心臓がドクンドクンとうるさく音を奏でたのは、旦那様の目があまりにまっすぐで真剣だったからなのだと思いたい。

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