メレディアとロイドの勘違いは続く
何だ。
何なんだこの状況は。
私は今、ベルゼ公爵家の馬車に揺られて座っている。
隣には眉間に皺を寄せ難しい顔で前を見つめ凄んでいる夫。
その手は私の右手をしっかりと握りしめたままだ。
「あ、あの、旦那様?」
「何だ?」
「手……このままでしょうか?」
「っ!?」
私が尋ねると旦那様はハッとして私の顔を見るなり、握っていた私の手を解放し、跳ねるようにして向かいの席へと移ってしまった。
うぶか。
「すまない」
「いいえ、大丈夫ですよ」
特に嫌ではなかったし。
強面とはいえイケメン男性に手を取られて嫌な女性っているんだろうか?
旦那様の手は大きい。
男の人と手なんて繋ぐことはないし、父とも繋いだ記憶がないから、少しだけ新鮮に思えた。
父母に両手を繋がれて嬉しそうに歩く妹を、私はいつも後ろから見ているだけだったもの。
離れた右手が少しだけ寒く感じるのは気のせいだと思おう。
「……」
「……」
若干気まずい空気が漂い沈黙が続いて、やがて旦那様がゆっくりと口を開いた。
「お前は──」
「はい?」
「っ……お前は、さっき俺の元に嫁げて幸せだと言ったが、その……、窮屈ではないのか? あの条件をつけた俺が言うのもなんだが……」
これでもかというほどに眉間に皺を寄せ、鋭い眼光を私に向ける旦那様。
これはあれだ。
睨んでいるとかではなく、ただ単に相手の動向心情を注意深く見ているんだ。
この人は噂のような人じゃない。
そう思って見ていれば、自然とそれがわかってくる。
だから私は、心を楽にしてこう答えた。
「窮屈なんて全く。むしろ快適で、落ち着きます」
「落ち着く?」
「はい。ここでは一日中気を張ることもない。ただ静かに暮らすことができる。私は、ただそれだけで十分なのですから」
常につきまとうこそこそとした陰口と視線。
妹からの執拗な嫌がらせ。
両親からの圧。
何も気にしなくていい。
ただ私が私でいられる場所。
「だが、極力屋敷でおとなしく静かにするというのは──」
「問題ないです(むしろ好待遇)」
「茶会を大勢の人間を呼んで開きたいとは──」
「思いません(うるさいから)」
「俺に必要以上に関わるなというのも──」
「大丈夫です(修羅場はごめんだ)」
3つのどの条件も私にとっては苦でも何でもない。
だから安心して、愛人様を大切にしてください。
あぁそうだ、レイの手話についてもお伺いを立てておかないと。
旦那様の隠し子様ですものね。
今後の愛人様やレイとのことについて、今夜にでもゆっくり、きちんと話をしておかなければ。
私の気持ちをわかっていただかないと。
愛人様について口を出すつもりはないこと。
何なら私が離れで暮らしてもいいということ。
私はただ、静かにまったり暮らせればそれでいいのだということ。
「……」
「……」
あれ、黙ってしまった。
さっきまでよりももっと難しそうな顔をして眉間にこれでもかというほど力を込めて私を見下ろす旦那様。
一体どうしたものか。
「……お前は──」
旦那様が何かを言いかけたその時だった
ガタンッ──「ひゃっ!?」「ッ……!!」
突然馬車が大きく揺れ、刹那、私の身体は暖かいものに包まれた。
長い両手が私の頭を抱え込むようにして守り、顔は硬い胸板に押し付けられ、私は──旦那様に抱きすくめられたまま、衝撃のせいかうるさい鼓動に全神経を集中させた。
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