第2章 嫌音令嬢、歩み寄る

ロイドと領民


「ふわぁ……!! すごい……!!」


 私の目の前には、緑が一面に広がる野菜畑。

 静かに畑仕事に精を出す人々。

 静かな空間。

 私の求めていた理想郷がここに……!!


 領地の視察ついでに案内をと連れ出された私。

 市場のような賑やかな場所を想像していたのに、ここは想像していたよりもずっと静かで穏やかだ。


「ここは街の皆の共同の菜園場だ。町の皆で協力しあって畑を管理し、秋にできた作物の6割を領内で流通、4割を町の貯蔵に入れてもらっている。公爵家の菜園も例外はなく、作ったものは7割を邸で使い、3割を町の貯蔵庫に貯蔵している。屋敷の菜園スペースと人手ではできる量が限られているから、貯蔵分が少ない分、苗や農具やその他必要なものや労働賃金は公爵家が払っている」


 優良企業か!!

 でもそうか、なるほど。

 ちゃんとイーブンな関係になるようにして良好な関係を保っているのね。

 素敵だわ。


「旦那様」

「ん?」

「素敵です……!!」

「!?!? なっ……!? おま……!! 何言って──!!」

「このシステム、なんて素敵なんでしょう……!! 領民と一つになって生きていこうとするその姿勢、素晴らしいと思います!!」


 私がつい興奮気味になって旦那様に詰め寄れば、旦那様は「あ、あぁ……そういうことか……」と眉を顰めて小さくつぶやいた。

 どういうことなんだろう?


「まぁ、確かにそのせいか、ここは領主側と領民の距離は近いかもしれないな」

「おや、ロイド様。視察ですか?」

 ちょうど話をしていると、1人の農夫が旦那様に声をかけた。


「あぁハンス。妻になった女に案内がてら、な」

 妻になった女に、って……言い方……!!


「おや、こりゃまた綺麗なお方で……!! ついにロイド様にも春が……!! おーーーーーーい皆ぁーーーーー!! 待ちに待ったロイド様の奥様だぞぉーーーーー!!」

 ハンスと呼ばれた男性が声をかけると、私たちの周りはたちまち人だかりができてしまった。


「おぉ!! ついに!!」

「あのロイド様に奥様が……!!」

「諦めていたが、よかったなぁ……!!」


 領民に結婚諦められてたの!? 旦那様!?

「おいお前ら……」

 ギロリと睨みをきかせるが、農夫達には効いていないようだ。

 そんな彼らがなんだか面白くて、私は思わず顔を緩ませ、

「メレディアです。よろしくね」

 と挨拶すれば、農夫達は再びざわめきだした。


「ふぁー!! 本当に良いんですか!? あんたみたいな綺麗な貴族が、この無愛想なお方の妻になんて!!」

「おい……」

 すごいこの人たち。

 ラグーンの他にも勇者はこんなにもたくさんいたのね。

「こいつはただの貴族令嬢とは違う。公爵家の家庭菜園も、これが耕したんだからな」

 なんですか旦那様。そのドヤ顔は。


「奥様が!?」

「なんてことだ……」

 おおよそ貴族がするようなことではないことをしている領主の妻に、驚きの声が上がる。

「ふふ。私、土いじりってやってみたかったの。皆さんの力にもなるように、これからも頑張るわね」

 私がそう言うと農夫たちは皆歓迎してくれるようにニコニコと頷いてくれた。


「あぁ、そうだ、これの知恵で、新しい野菜の保存法ができたんだ。それにより、もう保存が効くものをメインに選ばなくても良くなった。今朝早速、早く収穫できる苗を選んで取り寄せしておいたからな」

 今朝どこかに手紙を書いていたのは注文表だったのね。

 なんて仕事が早いのかしら。

 旦那様が言うと、再び農夫達はざわめき立った。


「新しい保存法だって!?」

「なんてことだ、そりゃぁすごい!!」

「それならもっとたくさんの種類のものを育てることができるぞ!!」


 なんだかとっても喜んでくれているようでよかった。

 私がほっと胸を撫で下ろしていると、ハンスが私に向きなおり、そして深々と頭を下げた。


「奥様。こんな無愛想な旦那様のところに嫁に来てくださって、本当にありがとうございます……!! それだけでなく素晴らしいお知恵まで……!! でも、しつこいようではございますが、本っっっ当にこのお方でいいんですかい?」

「貴様……」


 本当に旦那様でいいか?

 そんなの、決まっている。

 答えはイエスだ。


「えぇ。私、旦那様の元に嫁げて、とっても幸せだわ」

「お、おい……!!」


 だって静かに暮らせるうえ、3食昼寝付き!!

 家庭菜園だってできるし、お茶会不要!!

 ここは楽園パラダイスでしかないわ!!


「も、もう良いだろう!! 行くぞ!! あぁ、新しい苗は手に入り次第持ってくる。耕すだけしておいてくれ」

「あいよー!!」


 私はなぜだか焦り始めた旦那様に引っ張られるようにして、その場を後に馬車へと乗り込んだ。

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